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第六章

癒やしのあとに最初に発せられた言葉は、感謝でも安堵でもなかった。


それは、抗議として響いた。


いや、もっと正確に言えば、もう先延ばしにできなくなった事実の確定だった。少し前まで、そこにあったものはあまりにも露骨に身体だった。毒。苦痛。壁際に座る三人の生きた娘たち。そして、石の上に横たわるアヤノ。死がすでにその指先で彼女へ触れかけていながら、なお掴みきれなかった直後の人間だけが持つ、あの薄く恐ろしい顔色をしていた。そういう瞬間だった。だからこそ、マレクは、自分の役目を知る者として理解していた。ここで沈黙するのは節度ではない。譲歩だ、と。


彼は、ちょうどいい瞬間まで待った。


まだ儀式そのものに口を挟んだとは言われず、しかし逆に、あとから「不運な一件」として丸め込むには遅すぎる、その境目まで。少し脇に立ち、相変わらず乾いていて、よく整っていて、ほとんど動かない。だがその背筋の張り方と肩の持ち方だけで、いま彼がどれほど怒っているかは分かった。


「ヴァルガルド使節団に対し、ホウセイ神殿の内側で襲撃が行われた」


彼はそう言った。


「正式に和平が確認されたあとに。護衛のもとで。あなた方の管理下で。外交の言葉で言うなら、これは不愉快な事件では済まない。私の側には、もはや言葉以外で返す権利がある」


声は上がらなかった。


怒鳴りではない。取り乱した人間の調子でもない。


それがかえって、重かった。


爆発ではない。


癇癪でもない。


抗議文、軍の移動、条約の破断、そういうものが後でどういう文章にされ、どういう口実になっていくかを知り尽くしている男が、その場で口にした宣告だった。


若い祭官たちはすぐに緊張した。


一人は反射のように顔を上げた。意味のある反論があるからではない。ただ、ここでそんな言葉が発せられたこと自体に身体が先に反応したのだろう。もう一人は唇を強く結んだ。起きたことそのものより、それをここで、そのままの形で言われたことに耐えられない顔だった。三人目は目を逸らした。罪悪感からではない。ただ、状況の輪郭があまりに明瞭すぎて、正面から受け止めるのが苦しかったのだ。


セイゲンは壁際に座ったまま。


ミライは立ったまま。


どちらも、マレクを遮ろうとはしなかった。


その時点で、もう答えは出ていた。いまこの場で、怒る権利があるのは自分たちではないと、少なくとも彼らは知っている。


彼の視線はアヤノへ向いた。


彼女はまだ起き上がっていなかった。石の上に身を預け、死の色そのものではなくなっていても、まだ顔つきは薄く、苦痛が通り過ぎたばかりの身体の持つ脆さを隠せていなかった。目は開いている。意識もはっきりしている。だが、その全身にはなお、ついさっきまで彼女の血が三つの別の身体を通ってこちらへ引き戻されていた、その痕跡が残っていた。壁際には三人の娘たちが座り、ちゃんと生きている。ただそれだけの光景が、この部屋の空気をまだ微かに震わせていた。彼女たちは死ななかった。ならば、彼女たちのやり方は成り立ったのだ。ならば、ホウセイのこれまでの理屈の多くは、この半刻のあいだにすでにひび割れている。


マレクは続けた。


「我々の側は、この事態を三つのうちのいずれかとして受け取ることになる。すなわち、神殿内での統制喪失。あるいは、あなた方の名のもとに、あなた方の知らぬ力が動いていること。もしくは――これが最悪だが――あなた方が存在を知っていても、なお抑えられない力が内部にあるということだ。どれも同じくらい悪い」


若い祭官の一人が、ついに堪えきれず声を出しかけた。


「あなたは――」


「もう十分だ」


彼が言った。


マレクは振り向きもしなかった。


「いえ、十分ではない。ここで彼らに最初の言葉を与えれば、失敗はたちまち“痛ましい一件”の顔をし始める」


「そしてここは」とミライが静かに言った。「正当な抗議を、役に立たないほど大きな言葉にまで引き延ばす場所でもありません」


マレクはそこで初めて彼女を見た。


「役に立つ和平というのは」と彼は言った。「背中に毒針を受けたあとでも、なお役に立つものでなければならない」


ミライは視線を逸らさなかった。


この場に来るまで彼女がまとっていた、神殿らしい滑らかさは消えていた。権威も距離も、柔らかい曖昧さも、いまはもうない。その下にあったものだけが出ていた。意志と規律だ。慰めにはならない。だが、目は逸らさない。それだけのものだった。


「事実は否定しません」とミライは言った。「ただ、言葉の規模を問題にしているのです。いまここであなたが、ホウセイ全体を統制不能で敵対的なものとして固定してしまえば、むしろ今回の襲撃を望んだ側を助けることになる」


「こちらが十分に厳しく固定しなければ」とマレクは返した。「助かるのはやはり同じ側だ。なぜなら彼らは理解する。あなた方の壁の内側で、我々に手を出し、毒を使い、聖女を殺しかけたあとでも、全部まとめて“内部の不幸な一件”として処理してもらえるのだと」


彼は、やり取りそのものは聞いていた。


だが、意識は何度もアヤノへ戻った。


彼女はまだ横たわっていた。けれど無力ではなかった。むしろ、すでに会話の中に入っているのが分かった。身体はまだ追いついていなくても、頭はもう戻っている。そこが、彼には妙に痛かった。痛みと死の縁から戻ったばかりなのに、もうまた形を取り戻そうとしている。その速さが、尊く、強く、そして不愉快なほど彼の中の何かを揺らした。


彼は長いこと、アヤノを内側でひとつの形に置いていた。


物としてではない。


依存する存在としてでもない。


そんな粗雑な見方を、自分にすら許したことはなかった。


だが、課題として。


守るべきもの。導くべきもの。危険から運び出すべきもの。そういう形では、確かに見ていた。


そしてその見方が、いま目の前でひどく危うくなっていた。


なぜなら、たとえまだ石の上にいても、たとえまだ顔色が戻りきっていなくても、アヤノはすでに“守られているだけの存在”ではなかったからだ。聞いている。見ている。選び始めている。自分の線を、もう持ち始めている。


若い祭官の一人が、いら立ちを隠せず言った。


「我々は、いましがた彼女の命を救ったばかりです」


マレクは、ようやくそちらを向いた。


「違う。“我々”ではない。彼女は、ここで救われた。あなた方が居合わせた場で。だが、もし今この瞬間から主語を曖昧にし始めるなら、責任も同じように曖昧にする気なのだと、私は受け取る」


その祭官の顔が、瞬時に赤くなった。


そこでようやく、セイゲンが口を開いた。


「そこまでだ」


声は低く、そして疲れていた。


だが、その疲れには重みがあった。部屋は即座にそれへ従った。マレクさえも黙った。封じられたのではなく、これは“終わり”ではなく“次へ進めるための停止”だと分かったからだろう。


老いた主祭はゆっくり顔を上げた。


「外交上の評価は、正しい。完全にだ。それをここで争えば、愚かか、臆病か、そのどちらかだ。だが一方で、その評価をそのまま最終形にするのも、まだ早い。我々自身が、まだそこへ届いていない」


「では誰がそこへ届く」と彼は訊いた。


セイゲンは彼を見た。


「生き残って、なお自分に嘘をつかぬ者たちだ」


響きは嫌いだった。


あまりに神殿めいていて、少しも快くない。


だが中身は正しかった。


彼らは確かにまだ途中にいた。襲撃は起きた。裂け目は露わになった。聖女は生き延びた。けれど、これが敗走寸前の一派の痙攣なのか、それとももっと深い内部戦の最初の露出なのか、その最終的な名づけはまだできない。


ミライがゆっくりアヤノへ近づいた。


見ているのは彼でもマレクでもなく、アヤノだった。


「話せますか」


アヤノはわずかに顔を動かした。


「話せる」


声は細かった。だが折れてはいなかった。


「なら」とミライは言った。「あなたは、これを“争いの対象”としてではなく、その中心の一人として聞く権利がある。ホウセイは割れています。それはもう知っているでしょう。けれど今や、その裂け目は解釈や儀式の違いでは済まなくなった。内部の一線が、露骨な排除へ移った。しかも狙われたのは、私たちではなく、あなたです」


「私が生きているから」とアヤノは言った。


「ええ」とセイゲンが答えた。「あなたがいま生きているという事実そのものが、もはや彼らの説明を壊すからだ」


彼は、アヤノが起き上がろうとするのを見た。


先に動いたのは、自分だった。


背と肩を支え、身体が余計に軋まないように手を添える。ほんの一瞬、彼女の重みがほとんど丸ごと腕へ乗った。その一瞬が、必要以上に彼を揺らした。白い石の部屋。毒の残り。外交の怒り。そういうものの中で、その重さだけが妙に親密だった。アヤノは助けを受け入れた。抵抗せず、だが“当然の権利”のようにも扱わず。ただ今は支えが要るから、そうしただけ。そこがかえって彼には重かった。


アヤノが座ったことで、部屋の中心が少し動いた。


横たわる者は、どれだけ強くても、周囲にとっては“扱う対象”になる。


座る者は違う。


そこに、また意思が戻る。


アヤノは、セイゲン、ミライ、そしてマレクの順に見た。


「つまり」と彼女は言った。「私は“象徴として必要だから”狙われたんじゃない。生きていて、自分で選べる存在になったから、邪魔になった」


誰もすぐには答えなかった。


言い方が、あまりにも正確すぎたからだ。


最初に頷いたのはマレクだった。


「そうだ」


それがまた、彼には妙に引っかかった。


内容ではない。


この種の点で、マレクとアヤノがすぐに同じ地面へ立てることが。


自分だって同じことを思っていた。だがそこへ届くまでには、もっと長い経路が必要だった。彼はアヤノについて、まず感じて、それからようやく言葉にする。マレクは最初から乾いた線で置ける。その違いは役に立つ。だからこそ、癪にも障った。


ミライもまた、その言葉の鋭さを受け止めていた。


「そうです。だからこそ、これ以上は以前のように曖昧な沈黙へ戻れません。あなたが生きて、話せるなら、ホウセイは“生きて話す聖女”をどう扱うかを、公に決めなければならない。それもすぐに」


「私が、あなたたちの“公の顔”になりたくなければ?」とアヤノは訊いた。


「それでも決めねばなりません」とセイゲンは言った。「ただ、その時にはもっと悪い条件で」


沈黙がまた落ちた。


今度は論争の切れ目としてではない。


次に来る一手を皆が見てしまい、そのどれもが気に入らない時の沈黙だった。


マレクが腕を背後で組み直した。


「この段階で、私の側には即時退去を要求する権利がある。いますぐ。あなた方の内部決定など待たずに。正直に言えば、それがいちばん簡単な答えだ」


「ですが、いちばん賢い答えではありません」とミライが言った。


「たぶんそうだ」


「たぶん、ではなく、そうです。あなた方が今ここで密かに去れば、ホウセイの内部には“起きたことを最初に定義する権利”が残る。聖女は耐えられず退いた。儀式にも、真実にも、自分の世界にも。いくらでもそういう話にできる」


アヤノは少し眉を寄せた。


「それが、そんなに重要なの」


「重要です」とミライは言った。「ホウセイでは、最初に“言ってよい形”として認められたものが、そのまま現実になることが少なくないからです」


マレクが彼を見た。


「彼らは、すでに公的な確認を考えている」


そこで彼は、ようやく次の流れを理解した。


理解した瞬間に、嫌悪が来た。


考えそのものが狂っているからではない。


むしろ、あまりに理にかなっているからだ。だからこそ危険だった。襲撃が起き、内部の裂け目がむき出しになり、どちらも最初に“何が起きたか”を言葉で確定しようとしている。ならば、生きた聖女を公に出し、生きた和平を同時に示すという手は、確かに合理的だ。


だが、その合理性がそのままアヤノの身体へ載ることが、彼にはたまらなく嫌だった。


たぶん、顔に出たのだろう。


アヤノはそれを見た。


「そんな顔しないで」と彼女は、小さく彼だけに言った。


彼はすぐには返せなかった。


「どんな顔だ」


「また私を“横たわったまま扱う”顔」


それは、あまりに的確だった。


彼は、まさにそう見ていた。もう座っているのに。もう言葉を発しているのに。それでもなお、どこかで“自分が決めて運び出すべき対象”として見ていた。


その間にも、部屋は続いていた。ミライはすでに時間の問題を話し始めている。セイゲンは負傷した護衛の件を確認している。若い祭官たちは静止しているように見えながら、すでに全員が内部の裁きの一部になっている。だが、そのどれもが、彼には急に二の次に思えた。


アヤノがたった一言で、彼自身の中のもっと厄介なものを引きずり出したからだ。


彼女は、守るべき存在である。


それは本当だ。


だが、それだけではない。


そして彼女が生き延びるたび、話すたび、選ぶたび、その“それだけではない”が大きくなる。彼にとっては、それが嬉しくもあり、同時に居心地の悪い真実でもあった。


マレクは、なおも自分の線を最後まで押し通した。


「私の側は、こう記録する。襲撃は起きた。標的は、聖女アヤノという“新しい立場を担う生きた存在”だった。ホウセイ内部には、旧来の召喚の論理へ戻るために殺人も辞さぬ線がある。そしてそれにもかかわらず――」彼はセイゲンを見た。「あなた方の統治線は、まだ我々に時間と信頼を要求している」


「そうだ」とセイゲンは言った。


「ほとんど侮辱的なほど大きい要求だな」


「そうだ」


マレクは目を細めた。


「少なくとも、自分たちが小さなものを求めているふりはしないらしい」


その短いやり取りの中に、不思議とそれまでの応酬よりも本物の会話に近いものがあった。要求の重さを自分で認める者とは、まだ話せる。たとえその重さがなお忌々しいものであっても。


ミライが彼へ向き直った。


「あなたは?」と彼女は訊いた。「何を選ぶのですか。即時退去ですか。公的な確認ですか。それとも保留ですか」


彼は、まずミライを見た。


次に、アヤノを見た。


そして理解した。以前のようには答えられない。


“私が決める”。


“連れて帰る”。


“いま必要なのは計算だ”。


そういう答え方は、もうできない。


アヤノはここに座っている。弱っていても、生きていて、すでに会話の中にいて、自分の意思を持っている。


「俺は」と彼はゆっくり言った。「単純な答えが終わったのは、彼女が“一人殺してしまえば早い”というやり方を拒んだ瞬間だと思ってる。あの時から、ここで起きていることは、もう俺一人が線を引いて運べる類のものじゃなくなった」


それは、自分で思っていたよりも重く響いた。


正直すぎたからだ。


マレクが短くこちらを見た。その眼差しには、一瞬だけ苛立ちと評価の両方があった。彼ならもっと硬い答えを好んだだろう。だが同時に、彼も分かっているはずだった。ここまで来て、アヤノをただ“保護対象”へ戻すことは、外交的には便利でも、もはや現実に合っていない。


ミライはそれを受け止めた。


セイゲンも。


アヤノは何も言わなかった。だが、肩のわずかな緊張がほどけたのを、彼は見た。少なくともこの言い方は、彼女にとっても受け入れられるものだったのだ。


そして、それが今はいちばん重要だった。


ホウセイの同意よりも。


マレクの怒りよりも。


次の会議の段取りよりも。


初めて彼が、彼女から“自分の意思を持つ人間である権利”を公然とは奪わなかった、そのことが。


若い祭官の一人が、なおも言い募った。


「だが、生きた者の個別の意思をそのまま許していれば、世界の形など保てないではないか」


アヤノがそちらを向いた。


座っている。顔色もまだ完全には戻っていない。それでも、その一瞬の彼女は、彼らがどうしても公の場へ出したがらない種類の存在に見えた。壊れやすくもなく、清らかに飾られてもいない。ただ、危険なほど明瞭だった。


「生きた人間に、自分の意思がない時だけ成り立つ“世界”なら」とアヤノは言った。「それは世界じゃない。ただの、先送りにされた殺しだよ」


今度の沈黙は、さらに長かった。


その返答は、単に不快なだけではない。


終わらせてしまう種類の答えだった。


そこで彼は理解した。ここから先を動かすのは、襲撃そのものではない。癒やしでもない。アヤノが、公然と、しかも迷いなく、自分の意思を持つ者として語ってしまった、その一点なのだ。


それが、ホウセイにとって本当に危険なことだった。


そして和平にとって、本当に重要なことでもあった。


この先、必ず次の協議がある。


その協議は、もはや“襲撃が起きたかどうか”を争う場にはならない。


生き延びた聖女がいる。


その聖女は、一人の娘を殺して早く済ませることを拒んだ。


そしていま、自分の意思を持つ者として話している。


この事実をどう扱うのか。


次は、その話になる。


マレクの怒りは、この場に公式な重さを与えた。


セイゲンの疲れは、遅すぎた誠実さのように残った。


ミライの硬さは、外の戦ではなく内側の崩れから神殿の形を守ろうとする意志として立っていた。


そしてアヤノは、少し前まで死の色を帯びて石に横たわっていたその身体で、もう一度、この場の意味そのものを自分のほうへ引き寄せていた。


彼には、そのことが恐ろしく、そして同時に、どうしようもなく正しく見えた。


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