第四章
彼らはすぐには神殿の奥へ通されなかった。
まずは転移の間で、ほとんど儀礼に近い短い応酬があり、その後で、ひとりの若い祭官が前へ出た。まだ若すぎて重みはないが、儀礼的な礼節のなかで足をもつれさせない程度には訓練されている。彼は、どうぞこちらへ、と案内した。形式上は敬意のしるしだった。だが実際には、行き先よりも歩調を彼らの側に握らせるための、柔らかな拘束だった。ここではすべてが、彼らの速度、彼らの光、彼らの順序で進むのだ。
彼はアヤノの隣を歩いた。半歩ほど後ろには、交渉役の男がいる。エドラス・ケルヴィンが寄こしたその人物は、やはり無駄ではなかった。名をマレク・タレンという。顔立ちは印象に残らず、記憶力は良く、声は低く目立たない。そのくせ、彼がひとつ言葉を置いたあとには、場の意味そのものが少しずれてしまう。そんな男だった。こういう人間はたいてい好かれない。だが、相手が隠したまま済ませたいものを、行間から引きずり出すことにかけては、誰よりも役に立つ。
案内されたのは、聖所でも謁見の間でもなかった。片側が開いた長い、明るい部屋だった。白い石。細かな透かし模様の格子。重々しさを避けた明るい木の卓。水を張った浅い鉢。香は焚かれていたが、強く主張するほどではなく、わざと風に薄めたようにかすかな痕跡だけを残している。
この部屋のすべてが、同じことを語っていた。
我々は糾弾しない。対話する。清く、落ち着き、すでに正しい場所にいる。
老人と女は、そこで待っていた。
近くで見ると、二人はさらに“正確”だった。大きくも恐ろしくもない。ただ、隙が少ない。
老人の名はセイゲン・アロト。東院を束ねる高位導師のひとり。表向きは政治に関わらぬ立場にあるが、実際には、どこまでが信仰で、どこからが国家の意志であるか、その境目を決める側の人間だった。背筋のまっすぐさは、気を張って保つものではない。長年、自分の周囲に秩序が先に立ち上がるのを当然としてきた人間の姿勢だった。
女の名はミライ・セノ。厳密な意味での神官ではない。むしろ、教義そのものを損なわずに外の世界と話すために神殿が持つ顔、そういう種類の権威だった。整いすぎた顔。あまりに制御された美しさ。そのせいで、表情はもはや感情ではなく道具に見えることがある。
エドランの国の名はヴァルガルド。
この神殿国家は、ホウセイと呼ばれていた。
彼はその音を耳の奥で転がしながら、この国では“正しさ”や“あるべき秩序”に近い響きとして使われても不思議ではない名だ、とぼんやり思った。偶然かもしれない。だが、ここでは偶然もたいてい長く磨かれてから偶然の顔をする。
席が勧められた。
彼はアヤノの正面ではなく、隣に座った。マレクは彼の右。卓の向こうにセイゲンとミライ。角でも中心でもなく、あくまで“会話”に見える配置だった。やはり、形は綺麗に整えられている。
最初に口を開いたのはマレクだった。
「ヴァルガルドを代表して、ホウセイの招待と、公式に結ばれた平和の条件が保たれていることに感謝します。まず確認したいのは、この場を、あなた方がいかなる性質のものとして望んだのか、という点です」
いい切り出しだった。脅しにもならず、譲歩にもならない。何を話すのかではなく、そもそもこれは何なのか、と先に枠を問う。
ミライがわずかに微笑んだ。
「戦争が、当人たちの理解より先に人を別々の側へ置いてしまった――そういう者同士の会談として、です」
マレクはそれを真面目に受け取ったように頷いた。
「美しい表現です。ただ、おそらく、あまり正確ではありません」
セイゲンは口を挟まなかった。アヤノを見ていた。
飢えたような視線ではない。失われた宝を見つけた者の目でもない。もっと厄介だった。返ってきた神像を前にして、その内に以前の“力”がまだ残っているかを確かめようとする視線だった。
「ならば、より正確に言おう」
ようやく彼は口を開いた。声は乾いており、少しかすれていたが、老い特有の揺れはなかった。
「我々は、罪を争うためにあなた方を呼んだのではない。結ばれた平和を覆すためでもない。条件を示すためでもない。我々が確かめたいのはただ一つ――平和へ至った決定が、“聖女”の意志への暴力によって形づくられたものではないか、ということだ」
彼はすぐには応じなかった。
その文の中心が“聖女”という語にあるようでいて、実際には別のところにあると分かったからだ。平和へ至った決定。彼らが確かめに来ているのは、身体の自由でも、移動の自由でもない。決定の自覚だった。
最初に話したのはアヤノだった。
「その確認を望むなら、まず私を“聖女”と呼ぶのをやめてください」
ミライがわずかに首を傾ける。
「それは役割の名であって、個人を奪うための呼び方ではありません」
「あなたたちの役割は、いつも個人を奪うためのものだった」
アヤノは静かに言った。
そこでミライは、少しだけ笑い方を変えた。幅は変わらない。ただ精度が上がった。
「ならば、声は確かにご自身のもののようですね」
セイゲンは彼へ視線を移した。
「あなたは? この会談の趣旨に異存はないのか」
彼が答えるより先に、マレクが言った。
「アヤノ殿が、平和に関する自身の意志を自由に表明できるかどうか。その確認に会談の目的が限定されている限り、異存を述べる理由はありません」
ミライはマレクに目を向けた。
「何でも穏当に聞こえるように整えるために連れてこられた方、という理解でよろしいですか」
「ええ」とマレクは平然と答えた。「そしてあなたは、そう見えるものを実際より少し鋭くする役目の方でしょう」
カイラなら喜びそうな応酬だった。
ミライはほんの短く息で笑った。
セイゲンは反応を示さなかった。彼の関心はアヤノだけに向いている。
「では、はっきり答えなさい。そなたは、この平和を、自らの選択として認めるか」
沈黙が落ちた。
アヤノがためらったからではない。こういう問いは、意味だけでなく、どう発せられたか、その音まで後に残る。ここでは、言葉をぞんざいに落とすことはできない。そこにいる誰もが、のちに思い返すのは意味だけではなく、声の平坦さや、揺れの有無や、その前の呼吸なのだ。
彼はアヤノを見た。
彼女は静かに座っていた。背はまっすぐで、手は卓の上。握りしめてもいなければ、隠してもいない。白い光のせいで、その顔はほとんど動かないように見えた。だが彼はもう、この静けさを知っている。冷えではない。答えの内側に自分を正確に立てるときの、ぎりぎりまで整えられた集中だった。
「はい」
アヤノはそう言った。
セイゲンはまばたきすらしなかった。
「たとえ、その平和が、そなたをホウセイの外に留め置くことを認めるとしても?」
「はい」
「たとえ、それが、ヴァルガルドがそなたを手元に置く権利を認めるものだとしても?」
そこで初めて、彼が口を挟んだ。
「その言い方には気をつけてもらおう」
ミライはすぐ彼のほうを見た。
「どうして? それもまた、講和の含意の一つでは?」
「違う」彼は言った。「その平和の意味の一つは、彼女が誰かに受け渡される対象ではないということだ」
セイゲンは今度は彼を見た。
「それでも、彼女はヴァルガルドにいる」
「それでも、あなた方の所有物ではない」
彼は答えた。
マレクが柔らかく言葉を添えた。
「我々の所有でもありません。この点は、全員が共有しておいたほうがよい。少なくとも、あなた方が覆すつもりはないと述べた平和のためには」
ミライは水の鉢の縁を、爪でかすかに叩いた。
「平和に都合がいいことと、それを血で支えた人々に納得されることは、必ずしも同じではありません」
「誰のことを言っている?」
彼が問うと、ミライはまた、あの軽い表情を浮かべた。彼女のほとんどの硬さは、おそらくその薄い笑みの裏に隠れている。
「私たち全員のことです。あなた方だけが戦の代価を知っている顔は、なさらないほうがいい」
アヤノが静かに言った。
「その代価があるから、私は戦争を続けたくないんです」
セイゲンは彼から目を離し、再びアヤノに向き直った。
「それは、戦争を生き残った一人の人間としての言葉か。あるいは、戦争が不利益だと見なした上での判断か」
よい打ち方だった。
宗教的な人間は、皮肉ではなく、概念の分断で切ってくる。哀れみと信仰、信仰と忠誠、忠誠と真理。そのあいだに線を引き、こちらがどこで揺れるかを見ている。
アヤノもそれを理解していた。
「両方です」彼女は言った。「でも、一つだけ選べというなら、“人間として”です」
「人は弱さゆえに平和を望むことがある」セイゲンは言った。「疲れゆえに。恐れゆえに。それだけでは、その平和が正しいとは言えぬ」
「誰にとって正しいんですか」
アヤノの問いは、挑発の形をしていなかった。むしろ、丁寧に切り開かれた細い裂け目だった。彼はそこを教義で塞ぐか、開いたままにするかを迫られている。
セイゲンは教義を選んだ。
「人が己の位置を知り、欲望の混沌によって世界が壊れぬ秩序にとってだ」
ミライの目がわずかに動いた。彼女にとってさえ、それは少しばかり直線的すぎたのかもしれない。
逆にアヤノのほうは、その言葉を聞いてかえって静かになったように見えた。
「では、私もはっきり言います」
彼女は言った。
「私は戦争に反対です」
今度は、マレクでさえごくわずかに体のどこかを動かした。怯えではない。その一言が、この空間ではもはや単なる返答ではなく、記録される発言だと悟ったからだ。
もっとも、セイゲンはここでも目に見える反応を示さなかった。
「それは、死者が哀れだからか?」
「はい」
「それとも、ホウセイの正しさに、もはや確信がないからか?」
ここで初めて、彼の声に宗教者らしさが露わになった。大仰さとしてではなく、慈悲と信仰、信仰と忠誠、忠誠と正しさを切り分けずにはいられない硬さとして。
アヤノは即答した。
「人の命を“資源”として語ることに、目的さえ大きければ平気になってしまう。その速さを、私は見すぎました。だからです」
その言葉のあと、明るい部屋が少し狭くなったように感じられた。
ミライはアヤノを見た。その視線には、もう象徴を見る目だけではない、別の注意が混じっていた。柔らかくなったわけではない。ただ、想定していたよりずっと複雑な変数として見始めたのだ。
「では仮に」ミライは静かに、ほとんど日常の話のように言った。「戦争のほうが平和より有利だとしたら? 道徳ではなく、国家という意味で」
マレクはすぐに口を挟んだ。
「その問いは、自由意思の確認を目的とした会談の最初の三十分には、あまり相応しくないように思われます」
「逆です」ミライは言った。「不快な問いの前でこそ、意志はよく見える」
彼は言った。
「あるいは、相手を、あらかじめ望んだ罪悪感の形へ押し込みたい時にもな」
ミライは視線を彼へ移した。
「まだ、そのすべてがあなたを中心に回っているとでも?」
「いいや」彼は答えた。「あなた方が、これをまた“彼女のことではない何か”に戻せると思っている、と見ているだけだ」
マレクの顔はほとんど動かなかったが、彼には分かった。今の言葉は、ちょうどいい位置に落ちた。
セイゲンは彼と議論を続けなかった。再びアヤノへ戻る。
「では、最後にもう一度。ホウセイとヴァルガルドのあいだに結ばれた平和を、そなたは自らの意志による決定として認めるのだな」
そこで彼女は、彼らが聞きたがっていたその言葉を、しかしおそらく期待していた形とはまるで違う仕方で口にした。
「はい」
アヤノは言った。
「この平和は、私の意志による決定です。私は戦争に反対です。それは、どちらの側に召されたかを忘れたからではありません。あなた方がかつて私に負わせた役割を、裏切ることの重さを知らないからでもない。ただ、戦争の代価が、語る者ではなく、語られもしないまま死ぬ者たちに落ちていくことを、今はあまりに知りすぎているからです」
ミライが、ごく静かに息を吐いた。
セイゲンは組んだ手の上に目を落とした。
マレクは微動だにしなかった。だが彼には分かった。必要なことは起きた。勝ちではない。譲歩でもない。ただ、刻印が残ったのだ。彼らが聞いたのは、強制された答えでも、覚え込まされた文言でも、怯えた慎重さでもなかった。これから彼らは、この声そのものを前提にして動くしかない。
そして彼自身も、ようやくこの場の肝心なところが見え始めていた。神殿側は、ここで平和を破る理由を探しているわけではない。少なくとも、今この場では。彼らが欲しかったのは別のものだ。アヤノが、この平和を一時の裂け目ではなく、自分の決定として受け止めているかどうか。それを確かめ、そのうえで、この平和を自分たちにとっても扱える形に変え、民衆へ、制度へ、自分たち自身へ説明していけるかどうか。そのための確認だった。
その考えがようやく形になった時、ミライが初めて、皮肉を捨てた声で言った。
「よろしい。では、私たちは少なくとも、ここへあなた方を招いた理由に対しては、必要なものを聞けたようです。あとは――これとどう生きていくか、ですね」
回廊の向こうは、不快なほど明るかった。風が細い吊り飾りをかすかに揺らし、その乾いた小さな音が、あるはず以上に長く耳に残った。




