第三章
出発前に、やはり噴き出した。
おそらく、予想しておくべきことだった。あまりに長く緊張が形を保ったまま続き、ここ数日、あまりに多くのことが静かに、理性的に、ほとんど正しい顔で語られすぎていた。そうなれば、その滑らかな表面の下で、どうしても別のものが溜まる。特にカイラの中では。彼女はもともと、痛みを黙って、しかも行儀よく抱えているような状態にひどく向いていなかった。
彼が戻ったのは遅い時間だった。もう一度の会議を終えたあとだった。移動経路、随行の人数、転移が崩れた場合の合図、先方に対する最初の挨拶の文言、相手の領域で許されるふるまいの線引き――平時であれば外交と呼ばれるものを一つずつ確認する場だった。だが実際には、それはただ一つのことしか意味していない。公式に平和が結ばれていても、それがどれほど簡単に、また殺し合いの口実へ戻るかを、誰もがよく知っているということだ。
扉の前に立った時点で、もう声が聞こえていた。
怒鳴り声ではない。取り乱した叫びでもない。むしろその逆で、抑えられている分だけ鋭い熱だった。人がまだ顔を失ってはいないのに、すでに理解のためではなく、傷つけるために言葉を使い始めている時の声だった。
最初に聞き分けたのはカイラの声だった。
「いや、あんたが何を言っても納得しないわ。そういう目で見るのも勝手だけど、別にあたしは気にしない。向こうで何か一つでも狂ったら、あんたじゃ彼を止められない」
彼は扉を押し開けた。
二人とも窓際に立っていた。リラは少し離れた場所にいた。おそらく、もっと前に割って入ろうとして、もう無理だと分かったのだろう。カイラは張りつめたままじっとしていた。あの動かない怒り方は、彼女が本当に頭にきている時だけだ。手を振り回さず、逆に一本の線のように固まる。アヤノはその正面に立っていた。まっすぐで、冷えていて、あまりに整いすぎているせいで、かえって危うかった。
扉の音に二人とも顔を向けた。だが、それで何かが和らいだわけではなかった。彼が入ったのが遅すぎた。言葉はすでに、第三者の存在で止まる段階を越えていた。
「彼を“止める”義務なんて、私にはありません」
アヤノの声は平坦だった。だからこそ危うかった。
「彼は物じゃない。あなたが安心するために、無傷で連れ戻して見せる荷物でもない」
「話をずらさないで」カイラが切り返す。「私が言ってるのは、神殿があんたの過去や、“聖女”だの何だのを使ってきた時、あんたが一瞬でも遅れたら、それで終わるってことよ。一瞬で十分」
「それを準備させる権利が、自分にあると思ってるんですか」
「自分でできないなら、あるわね」
リラが静かに言った。
「カイラ……」
「いや」カイラは彼女のほうを見もしなかった。「言わせる。だって、みんなここで綺麗な顔してるじゃない。“立派な決断”だとか、“新しい段階”だとか。そんなもの、どうでもいい。実際は単純よ。私は、向こうで何かあった時、こいつが彼を守れるかどうか分からない。それが気に食わないの」
その瞬間、アヤノの表情が変わった。大きくではない。けれど、部屋の空気が変わるには充分だった。
「私は、あなたに許可されて行くわけじゃありません」彼女は言った。「あなたが“十分に信用できる”と判断したから行くわけでもない。そもそも、彼のそばにいるために、いちいちあなたを通さなくてはいけない理由がない」
カイラは短く、乾いた笑いを漏らした。
「便利な話ね。彼が強く出れば“近さ”になって、私があんたを揺さぶろうとすれば“余計な支配”になる。都合がいい」
「ええ、都合がいいです」アヤノは即座に返した。「彼に対しては、自分で選んでいるから」
カイラは強く息を吐いた。笑いに似ていたが、そこに愉快さはなかった。
「分かった。つまり、彼にされることなら受け入れる。でも、私に言われるのは我慢ならないわけだ」
アヤノは一歩だけ近づいた。わずかな距離だったが、もう二人のあいだにほとんど余白は残っていなかった。
「はっきり言います。私は、厳しさも、命令も、管理も受け取れます。でも、それを受け取る相手は一人だけです。そして、それはあなたじゃない」
そこで彼は、もう駄目だと分かった。こういう言葉は、一度出ればもう元には戻らない。
カイラの顔色は変わらなかった。ただ目だけが、一瞬で冷えた。
「そう」
その一言は静かだった。
「よく分かった。あんたの中では、彼が縛れば親密さで、私が言えば余計なお節介になる。ずいぶんきれいな仕組みね」
「あなたの不安を、ただの支配欲だなんて言うつもりはありません」アヤノは言った。「でも、それで何を言ってもいいことにはならない」
「じゃあ、よく聞いて」カイラの声は低かった。「私はあんたが信用できないんじゃない。向こうで“聖女”として見られた時の、あんたの反応が信用しきれないの。あんた自身が、まだ全部は分かってないでしょ」
「分かってないからこそ、自分で立ちに行くんです」
「で、そこで遅れたら?」
「それでも、あなたに管理されるよりはましです」
「やめろ」
彼はそう言った。
ようやく、二人とも黙った。
落ち着いたわけではない。ただ、声の高さがひとつ下がっただけだ。彼は二人のあいだに入った。見せつけるようにではなく、単に、さっきまで空気しかなかった場所を自分の身体で埋めた。
リラもすぐに、その沈黙の隙を使った。後ろからカイラの背に手を置く。止めるためではなく、身体に思い出させるために。今すぐ殴りかかる必要はない、と。
彼はまずカイラを見た。
彼女は目を逸らさなかった。
「お前は、言い方が間違ってる」彼は言った。「でも、中身まで全部間違ってるわけじゃない」
カイラの口元がわずかに動いた。何か返しそうで、やめた。
次に彼はアヤノを見た。
「お前もだ。こいつの言葉を全部“支配したいだけ”と受け取ったのは違う」
アヤノの顎がかすかに固くなった。
「分かっています」彼女は言った。「でも、それでも、私がすでに失敗しているみたいに話されるのは受け入れたくない」
「だからといって、こいつの不安を汚い権力欲みたいに扱っていいわけでもない」
そこでようやく、彼が求めていた種類の静けさが部屋に降りた。和解ではない。納得でもない。ただ、これ以上同じ高さの言葉を続けることはできない、というだけの沈黙だった。
最初に目を逸らしたのはカイラだった。負けたからではない。ただ、この先を今続けても意味がないと分かったからだ。
「いいわ」彼女は言った。「言うべきことは言った」
アヤノも半歩退いた。
「聞きました。それで今は十分です」
それが、この場で望める最大限だった。
リラはほとんど聞こえないほど小さく息を吐いた。
彼は三人を見渡し、急に、彼女たちのあいだに張られているものの密度を思い知った。脆いのではない。むしろ密すぎるのだ。だから、少し引っかかるだけで深く痛む。
「今日はここまでだ」彼は言った。「明日は転移だ。この部屋の中で、これ以上戦争を増やしたくない」
カイラは短く頷いた。もう彼もアヤノも見ず、先に部屋を出ていった。リラは一瞬だけその場に残り、疲れたような、それでも感謝の混じる目で彼を見、それからアヤノを見た。何も言わずに。そのまま彼女も後を追った。
二人きりになった。
アヤノは窓辺に立っていた。さっきまでのように露骨に緊張しているわけではない。ただ、一度外へ出たものをまた内側へ戻した人間の静けさがあった。
「こうなるつもりじゃなかったんです」彼女が言った。
「分かってる」
「でも、言ったことを後悔はしていません」
「それも分かってる」
彼女はまっすぐ彼を見た。
「あなたは?」
彼はすぐには答えなかった。
「もっと早く戻ればよかった、それだけだ」
それで十分だった。楽になるほどではない。だが、その夜のあいだにもう一つ余計な結び目を作らずに済む程度には。
翌朝、見た目だけならほとんど穏やかだった。
あくまで“見た目だけ”だ。本当に穏やかな朝など、こういう日には来ない。ただ皆、余計なことを許さないくらい、やることに追われているだけだ。準備は早かったが、慌ただしくはなかった。随行は結局、最小限に絞られた。数名の護衛。異国の礼の中で顔を保てる男――そのため公式には外交交渉役と呼ばれているが、実際の役目は一つしかない。どの瞬間に礼儀が礼儀でなくなるのか、先に嗅ぎ取ること。そして二人。
カイラはもう反対しなかった。それだけでも珍しかった。ただ、出発直前に彼へ歩み寄り、目を合わせることもなく、肩の帯を乱暴に直した。まるで、彼を責められない代わりに、革に八つ当たりしているようだった。
「戻ってきなさい」
「戻る」
彼はそう答え、その手首に触れた。
それから、ようやくカイラはアヤノを見た。長く。柔らかさはないままで。
「あなたも」
アヤノはその視線を受け止めた。
「ええ」
そこに温かさはなかった。だが、前日の刺のような鋭さも、もうなかった。今の二人には、それで十分に誠実な和平だった。
最後に彼を抱きしめたのはリラだった。しっかりと、全身で。護衛や使節の前でだからといって、控えめなふりをすることもなかった。それから離れ、今度はアヤノを同じように抱きしめた。数秒だけ、強く。腕を解いた時、リラの顔にはもう、静かで透き通るような集中しか残っていなかった。
「また人に語らせないで」
彼女はアヤノにそう言った。
アヤノは頷いた。
それから彼らは歩き出した。
転移陣は下の広間にすでに整えられていた。魔術師たちは縁に沿って立ち、集中しすぎた時特有の、ほとんど空白に近い顔になっている。床に描かれた線の内側にはまだ淡い光しかなかったが、それでも石の下で何か静かに力を溜めているのが分かった。護衛が後方につき、交渉役の男は袖を整えながら、異国へ行く顔ではなく、異国の意思へ踏み込む顔を作っていた。
最後に円の中へ入ったのは彼とアヤノだった。
始まる直前、ほんのわずかに、アヤノが予定より近くに立ったのを彼は感じた。寄り添ったわけではない。ただ、普通の目では分からないほどの僅かな距離を詰めた。身体は気づく。彼は横を向いた。
「まだ逃げたいか?」
低く尋ねると、彼女の口元がわずかに揺れた。
「もう、そこまでは」
「嘘だな」
「ええ」アヤノは言った。「でも、全部じゃありません」
光は一気に立ち上がった。
眩しすぎるわけではない。ただ白く、濃く、空間そのものが一瞬だけ固体になったようだった。いつものように、内側を引っ張られる感覚が走る。もう嫌っても受け入れてもいる、嵐の船酔いのようなものだ。世界が縮み、消え、組み直された。
そして彼らは神殿に立っていた。
第一印象は、腹立たしいほど正確だった。
明るい。
荘厳だ。
少し、やりすぎている。
困窮や絶望から祈るための場所の造りではない。権力を見せつける宮殿の造りとも少し違う。ここにあるのは別の意図だった。あらかじめ敬虔さを感じさせるための設計。高い天井は重さを感じさせないまま持ち上がり、白い石にはところどころ金の筋が走り、柱はその高さに対してほっそりとしすぎている。上から落ちてくる光は、まるで一人ひとりの顔が本来よりも清く、意味ありげに見えるよう計算されているみたいだった。
少しだけ、くどい。
少しだけ、あまりに“それらしい”。
この場所は、入ってきた者にすぐ理解させようとしていた。ここは聖なる場所だ、と。ここでは議論するのではなく、頭を垂れるのだ、と。
彼はその第一印象がすでに気に入らなかった。
だからこそ、なおさら注意深く辺りを見た。
迎えがいた。
群衆でも、軍勢でもなく、ちょうどよく計算された人数だった。荘厳さは出るが、露骨な威圧にはならない程度の数。数名の神殿護衛。淡い色の鎧をつけていて、戦うためというよりは儀礼のために磨かれたような造りだった。二、三人の官吏らしい者。聖職者ではなく、言葉と結果のあいだに立つことに慣れた顔をしている。そして、その前にいる者たち――ここで実際に重みを持つ者たち。
白と金の衣をまとった老人。年齢に似合わず背筋がまっすぐすぎる。
長い淡色の装束をまとった女。整いすぎた顔立ちが、もはや美しさではなく道具に見えるほどの。
それから二人の男。武人でも神官でもない。大きな仕組みが、自分では汚れずに世界へ触れるために使う慎重な手のような存在。
隣に立つアヤノの中で、何かが一つの芯にまとまったのを彼は感じた。壊れるのではなく、凝縮されるように。
彼らはアヤノを見た。
それはすぐに分かった。
仕草ではない。そこは全員、訓練が行き届いている。
視線だった。
人がまだ顔へ統制を戻す前の、ごく短い瞬間。そこにだけ、むき出しの反応がある。自分たちの“聖女”が生きている。自分の足で立っている。白を着ていない。独りではない。そして、壊れてもいない。
最初に一歩進み出たのは老人だった。
「聖女アヤノ」
そう彼は言った。
“アヤノ”ではなく。“あなた”でもなく。“聖女”。
最初の一声で、もう一つ目の打ち込みは終わっていた。名ではなく役を置く。そのやり方があまりに正確だった。
だがアヤノは、彼が何か言うより先に答えた。
「お間違えです」彼女は静かに言った。「私の名はアヤノです」
よかった。
本当に、それでよかった。
老人の顔色は変わらなかった。だが彼の目に、ほんの一瞬だけ、前夜のカイラにあったものと同じ種類の苛立ちが浮かんだ。自分の線で始まるはずの会話が、最初の一歩でずらされた時の目だった。
老人の隣の女が笑った。美しく。空虚に。
「ご健勝のお姿を拝見できて、何よりです。平和が結ばれてからというもの、さまざまな風聞が形を取りまして」
そこで初めて彼が口を開いた。
「平和を歪めるのは、たいてい風聞ではなく、それを利用する側です」
隣の交渉役が、ほとんど聞こえないほど浅く息を呑んだ。護衛は動かない。だが女の後ろにいた男の一人は、彼を見て、ほんの少しだけ生きた興味を露わにした。噂では聞いていたが、それでも実物を見ると確かめたくなる。そういう目だった。
老人はその視線を彼へ移した。
「あなたが、我々が知るにはあまりに遅く、そして知りすぎることになったもう一人の英雄ですかな」
彼はわずかに笑った。
「あなたが、彼女の代わりに長く話しすぎてきた人間ですね」
こちらも、さすがだった。誰一人、顔を変えなかった。だが神殿の空気は少しだけ冷えた。空気そのものではない。最初の礼がひび割れ、その下に本当のものが早くも覗いたせいだった。
アヤノは彼の隣に立っていた。触れてはいない。それでも、その気配ははっきりと感じられた。張りつめた弦が、まだ音を立てていないだけのように。白い光の中で、彼女の横顔は落ち着いて見えた。落ち着きすぎているほどに。だが彼はもう、その静けさを知っていた。空白が凍っているのではない。記憶が、目にも声にも出ないよう、ぎりぎりのところで押しとどめられている時の静けさだ。
そして今、そこに立つ彼女を見ていると、彼の目には、かつてここで何かに祭り上げられた者の姿ではなく、誰かの“聖”をそのまま肩に載せられた時の重さを、よく知ってしまった女の姿だけが残った。




