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第十一章

女たちの棟の朝は、空が本当に白みきるより先に始まる。


誰かが明け方前に起きろと命じるからではない。ただ、この世界ではそういうものだった。女たちの時間は、男たちの使う時間よりも、少し早く、少し密で、少し横にずれて流れる。廊下にはまだ夜の冷えが残っている。裸足の裏に触れる石は、湿り気を含んで冷たい。召使いの娘たちはすでに水を運び、寝具を替え、土の甕の蓋を開け、厨房の隅で粥のための鍋から最初の湯気を立てていた。この区画に常に暮らす女たちのための朝だった。


男は、ここでは稀だった。


禁じられているわけではない。扉が封じられているわけでもない。衛士も、下働きも、治療師も、ときには魔術師も、使いも、必要があればここを通る。だが、それは“用事”としての出入りにすぎない。機能として入ってきて、機能として去るだけだ。自然な常在ではない。廊下の幅も、寝室や湯殿の並びも、布や油や乾燥した薬草、櫛などをしまう小部屋の位置さえ、すべてが同じことを前提に作られていた。女は幼いころから女たちの中で育ち、男が日常にいることをほとんど前提にしない世界。


彼と一緒にいるようになるまで、カイラはそれを妙だと思ったことがなかった。


それまでは、世界とはこういうものだと思っていたし、それ以外にありようがあるなど考えたこともなかった。少女たちは早いうちに別の区画へ移される。父の声や男の足音を、日々のものとして覚える前に。そしてその先には、女しかいない。年上の女。年の近い女。まだ小さな子どもたち。運がよければ、何かを教えてくれる女。運が悪ければ、見張るためだけの女。男は日常の中にいる人間ではない。いつだって外から来るものだ。命令。選定。評価。危険。出来事。


たぶん、そのせいだった。


彼女が若いころから、他人の意志の方向へ自分の人生を折り畳まれることを、あれほど強く嫌ったのは。


その日は、彼女がいちばん早く目を覚ました。


不安で目が覚めたわけではない。物音に起こされたわけでもない。ただ、眠りがあまりに早く切れてしまい、戻る気になれなかっただけだ。リラはまだ眠っていた。顔を枕に埋め、片手を頬の下へ入れて、眠っている時でさえ誰かを庇おうとしているみたいな格好で。アヤノは、逆にもういなかった。たぶん先に稽古へ行ったのだろう。あるいは最近よく顔を出す書庫へ。彼もまた、いつものように明るくなる前に起きていた。身体より先に思考が目を覚ます時に、じっと横になっていることを嫌うように。


カイラだけが、残った。


しばらくは寝台の上に座ったまま、天井を見ていた。梁のそばのひびは先月より少しだけ長くなっている。廊下では、召使いの娘が二人、小声で話していた。一人は、湯殿の洗い草がまた足りなくなったと愚痴をこぼし、もう一人は、厨房が洗濯用の煮湯に持っていく量をまた増やしたのなら、今度はそちらが脂っぽい湯で女主人たちを洗えばいい、と返していた。


どうでもいいような話だった。


そういう、どうでもいい話ほど、妙に記憶へ触れることがある。


カイラは上体を起こし、夜のあいだに重く絡んだ髪をかき上げた。それからそのまま、すぐには立ち上がらずに止まった。女の棟の朝の音を聞くだけで、昔が戻ってくることがある。女たちの大部屋。低い寝台。古い木と、湿った布と、乾ききらない髪の匂い。身体が多すぎるのに、どの身体も本当には自分のものではないような感覚。


この世界では、女は何も教えられない。


そこが、いちばん嫌だった。


知識を与えられないこと自体ではない。知らないままで育つことには、すぐに慣れる。もっと嫌なのは、その扱い方だった。何が正しいかは教えないくせに、何が“不正”かだけは、恐ろしいほど正確に罰する。耐えろとは言わない。だが、逆らえば痛い。黙れとは言わない。だが、声を荒げれば食事を減らされ、眠りを削られる。従順を“教える”のではない。ただ、不一致を不快にし続ける。そして、そうしてできた服従を、のちには“女の本質”と呼ぶ。


彼女は幼いころから、扱いにくいと言われていた。


声が大きかったからではない。むしろ、子どものころの彼女は無口だった。ただ、あまりに早くから、あの顔をするようになっただけだ。真っ直ぐ見る目。年上だからというだけで相手の正しさを受け取る気のない目。そういう目を、小さな娘が向けるのは良しとされない。叫びよりもよほど人を苛立たせる。


本格的に罰を受けた最初は、ひざまずくのを拒んだ時だった。


男が選びに来た。誰の顔だったかは、もうほとんど覚えていない。覚えているのは、頭を下げさせようと後ろから押さえてきた監督役の手の重さだけだ。首筋にかかった手。無理やり床へ向けられようとする身体。それに、子どもじみた、ただ動物的な拒絶で抗ったこと。自分で選んでいない形に、身体を折らせてはならない、と、その時は言葉にもならない確信だけがあった。打たれた。ひどい痛みではない。痛みそのものが目的ではなかったからだ。そこから先は、もう“少しやりすぎた子ども”としては扱われなかった。“直すべき性質”として扱われた。


“直そう”とされたのは、それから何年もだった。


一貫したやり方で、ではない。そこがむしろ厄介だった。


どう立てとも、どう目を伏せろとも、どう黙れとも、どう身を預けろとも、誰も正面から教えない。だが、言葉にされない規範から半歩でも外れると、それだけはすぐ分かる。目が真っ直ぐすぎる――その夜の食事はなし。行けと言われたところへ行かない――明け方に水をぶっかけられ、一日中立たされる。年上へ鋭く言い返す――洗濯場で一週間、いちばん汚い仕事。熱い湯気と灰汁で、指先の皮がめくれた。


一度は、丸二日、物置に閉じ込められたこともある。


ほとんど光のない、がらんとした小部屋に。


横になることも許されず。


水差しと、固いパンの欠片だけを与えられて。


理由は、笑ったからだった。ある監督役の女が、“女の従順さは生まれつきの賜物だ”と言った時、あまりにも馬鹿らしくて、笑ってしまった。


笑い方は、たしかに感じが悪かった。楽しい笑いではなく、刺すような笑いだった。それは自分でも分かっている。だが、そのことで後悔したことは、一度もなかった。


物置は湿っていた。埃と鼠と古い亜麻仁油の匂いがした。二日目には脚が震えて、壁に肩を預けなければ滑り落ちそうになった。その時、彼女の中に初めて一つの考えが形を持った。


そうだ、あいつらは身体を屈服させることはできる。


だが、そのために人を半ば壊れるところまで追い込まなければならないのなら、“女は本来従順だ”などという言葉は初めから嘘だ。


あるのはただ、他人の意志を、お前の上に十分長く押しつけることだけだ。


たぶん、あの時からだろう。彼女が“世界の正しいあり方”についてのきれいな言葉を、一つも信じなくなったのは。


カイラは立ち上がり、薄い上着を羽織って廊下へ出た。朝の空気にはまだ夜の冷えがあったが、厨房はもう生きていた。開いた戸口からは、粥と湯気と、少し焦げた乳の匂いが流れてくる。床には細い光の帯が伸びていて、壁際では、まだ幼い娘が二人、裂けた裾をどうにか隠そうと必死になっていた。


「見つかったら、干し場の釘に引っかけたって言う」


一人が囁く。


「二人とも同時に?」ともう一人。


「大きい釘だったって言えばいい」


カイラは思わず鼻で笑った。


二人とも飛び上がるほど驚いた。まるで、今まさに見張り役に売られるところだとでも思ったみたいに。


「そんな顔しないで」


カイラは言った。


「もし聞かれたら、“最後の林檎を巡って殴り合った”って言いなさい。そのほうがまだ生きてる感じがする」


片方は、こらえきれず吹き出した。もう片方はまだ怖がっていたが、さっきほど必死ではなかった。


カイラは、そのまま歩き去った。


気分が良くなったわけではない。だがこの城では、だいたい、気分は急によくなったりしない。ただ、完全に耐えがたいところから、少しだけ離れるだけだ。


彼が戻ってきたのは、昼に近かった。


王との会話のあと。あの静かで、ひどく澄みすぎたやり取りのあと。エドランが、戦争の名の下なら、自分にはもはや受け入れられないような代価ですら、理にかなうものとして飲み込める人間なのだと知ったあとの顔だった。彼はいつも通り整っていた。だが同時に、どこか空だった。内側の生きている部分が一段奥へ引いて、外側だけがまだ形を保っているような、そういう顔。


最初にそれを見抜いたのは、もちろんリラだった。


何も聞かずに、ただ立ち上がる。


アヤノも、見ていた。けれど彼女はいつも違うふうに現れる。動きではなく、視線が深くなることによって。


カイラは、それを見て、ほとんど身体的に、自分にはもう“理性的で、やさしくて、支える側”ではいられないのだと悟った。なりたくないからではない。ただ、あまりに深く別の知識を抱えているからだ。人間はときに、言葉で大事にされるよりも、自分自身から引きずり出されるほうが先に要る。彼女はそれを知っていた。


それでも昼のあいだは何も起きなかった。


暮らしは続いた。


召使いたちは、またシーツのことで揉めていた。厨房では誰かが鉢を割り、それが“濡れた手から勝手に滑った”のだとしばらく言い張っていた。別の部屋ではアヤノが本を読んでいた。何分もページをめくらない時は、読んでいるのではなく考えているのだと、もう彼女たちは知っていた。リラは、明日着せるためでもなく、彼の上着の裂け目を縫っていた。まだ他にも着られるものはあるのに。カイラは窓辺に座り、外を見ているふりをしながら、部屋のすべてを聞いていた。


夕方になって、ようやく彼女には分かった。このぬるい水の中みたいな時間の中へ、このまま浸かっていることはもう無理だ、と。


政治の話はしたくなかった。エドランのことも、合理のことも、ホウセイの裂け目のことも、実利に従ってやわらかくなっていく残酷さのことも。どれも本当だ。だからこそ、今は聞きたくなかった。あまりに筋が通りすぎていた。


灯りが二つだけになった頃、カイラは自分から彼のところへ行った。


喧嘩でも、挑発でもない。ただ近づき、隣へ座り、後頭部に手を置いて言った。


「もういい」


彼が彼女を見る。


「何が」


「その顔。触れられはするのに、誰も届けないみたいなそれ」


彼女は身を寄せて、彼に口づけた。


やわらかくではなかった。怒っているみたいな口づけでもない。ただ、苛立ちを抑えたまま最短距離で進むような口づけだった。結局いつも最初に、自分がこの沈黙を壊さなければならない。そのこと自体への、ほとんど生理的な不満がまだ少し残っているみたいな。


彼は、すぐには応じなかった。


そしてその一拍だけで、カイラの中の古いものが反応した。


すぐに返ってこないなら、また相手はどこか別のところへいるのだ。自分よりも、別の内なる規律のほうが優先されているのだ。そういう感覚。


それは、あまりに幼いころと似すぎていた。だから彼女は、それをそのままにはできなかった。


彼女はもう一度キスした。今度はもっと深く。応じさせるように。後頭部に置いていた手を、首筋へ、胸へ、さらに下へと滑らせる。そこでようやく、彼は一つ大きく息を吐いた。やっと身体が戻ってきた、そういう吐息だった。


リラがすぐに顔を上げた。


アヤノも。


だが、誰も驚かなかった。


そこがいちばん大事だった。


別の人生なら、別の世界なら、この瞬間に、人は羞恥や道徳や“許されるかどうか”を持ち込むのだろう。ここにはなかった。もっと単純で、もっと重かった。彼は彼女たちを欲していた。彼女たちも彼を欲していた。見せるためでも、証明するためでもなく、ただ、それがもう長いあいだ、言い訳の要らない関係になっていたからだ。


最初に引いたのはカイラだった。


そして、それ自体が彼女にとって一つの解放だった。ただ横たわって、誰かの重みに身体を開くことだけではない。自分から近づいていけること。自分から選び取れること。拒めば罰が来る世界ではなく、同意しなければ何も始まらない場所で、自分から手を伸ばせること。


彼はすでに裸だった。リラが近づいてきて、そのまま隣へ座り、背に手を滑らせる。リラは、カイラの火を消そうとしたことが一度もない。ただ受け入れる。そういうところがある。誰かの愛し方の形を“自分にとって丸いもの”に整えず、そのまま燃えさせる。そこが彼女の力だった。


アヤノが立ち上がったのは最後だった。


反対側へ座り、しばらくはただ見ていた。それから、不意にカイラの顎を取って短く口づけた。まっすぐに。ためらいもなく。そこに、遊びも、慰めも、説明もなかった。


その瞬間、カイラの胸の奥で何かが揺れた。


性的な意味だけではなかった。


もっと個人的なものだった。


あの大部屋で育った子ども時代には、女の身体に触れることは、妙に曖昧なものだった。女たちの中で育つから、身体は近い。寒ければくっついて寝る。怖ければ手を握る。髪を梳かし、火傷を冷やし、冷えた足を温める。けれど、その触れ合いが“必要”から半歩でもはみ出すと、すぐにそこへ恥がやってくる。嘲りか、叱責か、罰か。


だからこそ今ここにあるものは、奪われていた権利が手元へ戻ってくるような感じだった。役目としてではなく。準備としてでもなく。誰かに選ばれる前提としてでもなく。ただ、生きていて、欲して、触れてよい身体として。


カイラは最初に横になり、彼を引き寄せた。


きれいな誘いではなかった。間もなかった。彼女は今、長く火を入れられることを望んでいなかった。むしろ逆だった。いちばんまっすぐで乱暴なやり方で、自分がここにいて、自分の身体は古い世界のものではなく、拒んだら罰が来るための器でもないのだと、確かめたかった。


彼は、ほとんどすぐに入ってきた。


カイラは鋭く息を漏らした。あまりに素直な快感に、自分で自分を噛みそうになるほどだった。彼女にはいつもそういうところがある。いいものほど、最初に少し怒りに似た形で身体へ来る。身体のほうが先に自分を知っているみたいで、それが腹立たしいのだ。


彼はリラにするよりも強く動いた。カイラもそれに応えた。腰をぶつけ返し、肩を掴み、彼の中に残っている整いすぎた部分を、もっと肉のほうへ引きずり下ろそうとするように。リラはそばに座り、彼女の腹を、胸を、喉を撫でていた。息がいちばん激しく通る場所を、ちゃんと知っている手つきで。アヤノは肩口へキスを落とし、首へ、こめかみへ、それから下へと移り、彼が中にいるそのあいだに、彼女の脚のあいだへ手を入れた。


カイラは、その組み合わせにすぐには耐えられなかった。


大きく反り、彼の肩へ爪を立て、もう片方の手でアヤノの後頭部を掴んだ。引き寄せたいのか、声を押さえたいのか、自分でも分からないままに。身体は、一瞬で形を失った。きれいな震えではない。もっと生で、もっと密な崩れ方だった。


その最初の波が抜けたあとで、彼女の口から出たのは、喘ぎでも、笑いでもなかった。


「ずっと、言われてた」


彼女は途切れ途切れに言った。


「最初から曲がらないなら、もっと長く折るって」


声は途中で擦れた。


部屋が静かになったのは、言葉の意味に皆が怯えたからではない。ただ、それがいまの彼女のいちばん奥から出てきたものだと、誰にでも分かったからだった。


彼は止まった。


すぐに。


リラはそのまま彼女の横へ滑り込み、頬へ口づけた。アヤノも手を離さなかった。むしろ、そのまま指を絡めて少し強く握った。


カイラは目を閉じた。


恥ずかしかったのは、言ったことではない。涙だった。


あまりにも馬鹿らしい。何年もずっと、怒りや、精度や、強さや、弱さへの軽蔑で自分を固めてきて、それが、裸で寝台の上で、たった一つの正確な連想から涙になるのかと思うと。だが、もう出てしまったものは止められなかった。怒りや笑いなら止められる。これはだめだった。


「最悪」


彼女は息のあいだからそう言った。


「うん」


アヤノが静かに返した。


リラは何も言わない。


ただ、髪を撫でていた。


それが、いちばんよかったのだろう。どんなに適切な言葉でも、過去は消えない。だが、三つの身体がただそこにあり、そのどれもが彼女を“直そう”とも、“なだめよう”とも、“位置へ戻そう”ともしていない。そのこと自体が、もうまったく別の経験だった。


彼は彼女に口づけた。


今度は、とてもやわらかく。


さっきまでとは違う仕方で。


そこに哀れみも、下に見る感じもなかった。ただ、これもまたお前だ、と認めるキスだった。この弱さも、涙も、ここにある記憶も。その全部を先に整えて見やすい形へしなくても、お前は欲しいのだと伝えるキスだった。


カイラは目を開けた。


顔は濡れていて、腹が立つほど生きていた。


「ここで急に“いい男”になるのは、やめて」


彼女は言った。


そこでようやく、リラが小さく笑った。声の奥に、ほとんど見えない幸福を含ませて。


「もう遅いですね」


アヤノが言う。


「なってる」


「じゃあ、それを大ごとみたいに扱うのだけはやめて」


カイラがぶっきらぼうに言った。


彼はしなかった。


ただ、もう一度彼女の中へ入った。今度はさっきよりゆっくりと。深く。あの荒い勢いのままではなく。カイラはそれを、譲歩とも、扱いやすい優しさとも受け取らなかった。むしろ今の自分に必要なものがちょうどそこに来たと分かったみたいに、その動きを受け入れた。生きていることを荒く確かめるための交わりではなく、一度ほどけてしまった身体を、一人で拾い集めなくてよい形として。


そのあいだ、リラは後ろからぴたりと背を合わせるように身体を重ねていた。カイラはすぐに、その熱を感じた。彼女が認めたがらないほど深く好きな、あの熱だ。アヤノは前に残った。開いた顔で、静かに、視線の置き場になっていた。


彼と、自分の背へ密着するリラと、自分をまっすぐ見ているアヤノ。


その形が、突然ひどく正確に思えた。彼女が子どものころ持たなかったものの、ほとんどそのままの形で。頑固であることと罰せられることのあいだで、どちらかを選ばなくていい世界。尖っていても、従わなくても、扱いにくくても、そのまま折られなくてすむ場所。


二度目に達した時、カイラの中を通っていったものは、最初とは違った。


もっと静かで、もっと重い解け方だった。


稲光みたいに走る快感ではなく、長いあいだ筋肉の中に沈んでいたものが、ようやく手を離す感じ。それが終わったあと、彼女はアヤノの肩に額を押しつけたまま、自分の中に一つだけはっきりしたことを感じていた。


もしこれが、昔から彼女たちに“乱れ”だの“はしたない”だの“恥知らず”だのと言って禁じられてきたものなのだとしたら、では彼女は今まで、それより誠実なものを一つも知らなかったのだ、と。


それからしばらくして、彼らはもっと完全に入り混じった。リラは彼の下にいて、アヤノはその横に寄り、カイラはもう息を整えながら彼の胸や腹へ口づけを落としていた。さっきまでの崩れ方からは立ち戻り、少しずつ、あのいつもの鋭さへ帰りつつある。彼女は長く“ほどけたまま”ではいられない人間だった。


けれど、部屋の中の温度はもう変わっていた。


ただの欲情の熱ではない。


過去が消えたわけではない。だが少なくとも、しばらくのあいだだけは、過去だけが自分の身体の説明にならなくなる。そういう密度の熱だった。


やがて、灯りが少しずつ弱くなっていった。廊下では、誰かが裸足で水を取りに走り、角の箱に足をぶつけて、小さく悪態をつく声がした。そんな細かな生活の音が、この棟にはいつもある。


カイラはその中で、三人のあいだに挟まれるように横たわっていた。裸で、力をほとんど使い切っていて、いつになく静かだった。

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