第十章
変化は、触れ回られたりはしなかった。
そもそも宮廷という場所は、本当に重要なことほど、大げさに宣言しない。壁に布告を掲げることもない。言葉の形へ綺麗に固定することもない。転換などという顔を与えることもない。すべては、まずはごくわずかな習慣のずれとして始まり、それが繰り返され、やがて新しい“当たり前”になる。ひと月も経てば、まるで初めからそうであったかのように語られる。
彼はそれを、言葉からではなく見て知った。
間だった。
ホウセイから戻って以降、重い儀式の前に、魔術師たちがほんの少し長く相談するようになったこと。娘たちは、もはや一人ではなく、二人、三人、時に四人と連れてこられるようになったこと。大きな治癒や、長距離の転移を準備する時には、なおさらだった。そうした術のあと、彼女たちはもう“空になった殻”のように運び去られるのではなく、ただ疲弊した人間として扱われていた。座って、水を飲み、自分の足で寝台まで歩き、半日眠る必要のある人間として。
彼はそれを見た。
見るたびに、同じ二つの感覚が彼の中に生まれた。
一つは、ほとんど身体的な安堵だった。つまり、古い方法はやはり戻りうるのだ。ホウセイは、望む望まぬにかかわらず、ヴァルガルドに政治的な揺さぶりだけではなく、実際的な手順まで渡してしまったのだ。こちらでも、力はもう“一人から最後まで抜く”のではなく、複数から薄く、配分して取られ始めている。身体は身体のまま残る。使い切られた空の器にはならない。
だがもう一つは、あまりに都合がよすぎる、という感覚だった。
エドランにとって。
卑小な意味ではない。策としてではない。もっと厄介な意味で。人間らしさ、あるいはせめて残虐さの減少というものが、この世界に入ってくるのは、しばしば倫理的な衝撃からではなく、まずは実利を伴うからなのだということの、またひとつの証拠として。
“女は死んではならない”ではない。
“資源は全部失わないほうが長く使える”だ。
“それが正しい”ではない。
“そのほうが得だ”だ。
それでも、以前よりはましだった。
世界が、露骨な生贄から離れる一歩を踏むのなら、その動機が効率であれ何であれ、その一歩は一歩だ。彼は、そういう考え方そのものに吐き気を覚えた。だが、その力を否定はできなかった。
その日も、彼はそれを見た。
小さな治療塔の前、中庭の一角で、三人の娘が儀のあとに出てきた。疲れ果て、顔色は悪い。だが生きていた。そのうち一人は、肩を貸そうとした侍女を苛立たしげに振り払い、自分で歩いていった。遅くはあっても、自分の足で。具合が悪いことは自分でも分かっている。だが、まだ自分の意志まで手放すほどではない。そういう歩き方だった。
彼は柱の陰に立ち、それを見ていた。
「また、良くなったものを、あんまりいい顔で見ていない」
アヤノが言った。
彼は振り向いた。
彼女はもう稽古着に着替えていて、髪はまとめられ、木剣を脇に抱えていた。乾いて、整って、いかにもこれから剣の時間に入る人間の顔をしていた。彼女が今のこういう姿で彼の前に立つのを、彼はひどく強く感じるようになっていた。美しさというよりも、そこに“軸”がはっきり見えるからだった。誰かの弟子でも、聖女でも、救われた者でも、彼に従う者でもない。ただアヤノとして、彼がまた考えの中で止まっているのを見つけてしまった人間の顔だった。
「“前よりまし”は、“良い”とは限らない」
彼は言った。
「分かってる」
「それでも、今の言い方だった」
「それも本当だから」
アヤノは近づいてきて、彼と同じ方向を見た。娘たちはもう扉の向こうに消えていた。
「前なら、一人は死んだまま運ばれていた」
彼女は言った。
「今は三人とも、自分の足で歩いていった」
「その前に、そんなところまで使わないのが理想だ」
「うん」
彼女は落ち着いて答えた。
「でも、私たちが今見ているのは“理想の世界”じゃない。実際にある世界だよ。その中で、これは重要な変化」
彼は笑った。楽しさのない笑いだった。
「だんだん、何人もの統治者を見てきた人みたいな話し方になってきたな」
「あなたはまだ驚いてるんだよ」アヤノは言った。「世界が動くのは、“正しさ”だけじゃないってことに」
彼は彼女を見た。
「それ、責めてるのか?」
「違う。観察」
彼女は、彼にもう一本の木剣を差し出した。
「行こう。このままそこで、構造への瞑想的な憎悪を育て続けるつもりなら止めないけど、たぶん背中に悪い」
「それはよろしくない訓練法だな」
「体幹には最悪」
彼は木剣を受け取った。
二人が向かったのは、大きな中庭ではなく、北側の壁際にある小さな稽古場だった。その時間帯にはほとんど人が来ない。風が石壁と木の柱のあいだを抜けるたび、乾いた小さな音が立つ。話が、話として始まらない時にはちょうどいい場所だった。
最初の数分は、ただ動いた。
本気の速さではなく、勝ち負けのためでもなく、稽古がいつの間にか言い争いへ変わってしまう時の、あの熱もない。間合いの確認。足の運び。身体に残った記憶。彼が上から打てば、アヤノは流して外し、返してくる。彼女が線で入れば、彼は受けてずらす。木と木の短い音。踏み込み。返し。回転。
リズムが整い切ったところで、アヤノが口を開いた。
「もう起きてしまったことなんだと思う」
彼は彼女の打ち込みを払い、少し下がり、下から手元を返した。アヤノはそれをうまく逃がした。
「何が?」
「私たちが、思っていたよりも、もうずっと強く世界に触ってしまったってこと」
彼はすぐには答えなかった。ひとつ踏み込み、彼女に位置をずらさせ、鍔元で軽く絡めて離した。
「“私たち”って言い方が、どこまで正しいか分からない」
「どうして?」
「お前が選んでないものも、たくさんあった」
アヤノは短く、少しだけ苛立ったように息を吐いた。そして今度は、少し前より速く打ってきた。危険なほどではない。だが性格は入っていた。
「それ、今の私には、あまり言ってほしくない」
彼は受けた。
「何が?」
「あなたが、できるだけ丁寧に、私の意志を“たまたま巻き込まれたもの”のほうへ戻そうとする、そのやり方」
そこで彼は、初めて本気で彼女を見た。
アヤノは怒鳴ってはいない。だが、まっすぐだった。
「召喚の話はしてない」
彼女は横へ流れ、肩への打ち込みを返しながら続けた。
「ホウセイで私が何をされたかとか、ここで私に何が起きたかとか、そういうことじゃない。そのあと。私が自分で決めたことの話。私が自分で言ったこと。自分を治すために、一人を死なせるのを拒んだこと。ホウセイの前に立ったこと。そして今ここで、儀が変わり始めていること。それは、あなたが見たからだけじゃない。私がそこにいて、傷ついていて、それでも“自分のために一人殺すな”って言ったからでもある」
木剣が、乾いた音を立ててぶつかった。
彼は少し踏み込みすぎた。アヤノはそれを鋭く弾いた。
「私は、あなたの“影響”の中に偶然紛れ込んだ変数として扱われたくない」
彼女は言った。
「それもまた、私の意志を奪うやり方だから。ずっと礼儀正しいけど」
彼は一瞬、動きを止めた。
傷ついたからではない。
あまりに正確だったからだ。
それから、ゆっくりと木剣を下ろした。
「分かった」彼は言った。「なら、“私たち”だ」
アヤノも剣を下げた。
二人のあいだには、まだ数歩の距離があった。会話には近く、触れるには遠い距離。
「そのほうがいい」
彼女は言った。
「いい」
彼も頷いた。
二人は少し黙った。ただ息を整えていた。
やがて彼が尋ねる。
「どのくらい強く、だと思う?」
アヤノは少し首を傾けた。質問そのものより、そこで正直に考えなければならないことを好む時の、あの癖だった。
「もう元には戻せない程度には」
彼女は答えた。
「ホウセイは知ってしまった。聖女が、公然と平和を選び、それでも自分であり続けることがありうるってことを。ヴァルガルドも知ってしまった。力の取り方はもっと別の形がありうるってことを。女を毎回殺さなくても、まだ成り立つってことを。しかも、それは目に見えている部分だけ」
「見えてないほうは?」
アヤノはかすかに笑った。
「両方の側が、扱いにくい前例を抱えることになったってこと」
彼は頷いた。
そうだ。まさにそれだった。
勝利ではない。革命でもない。改革ですら、まだない。
もっと国家にとって厄介で、人間にとっては少しだけ救いのあるもの――前例だ。
制度にとって、制御できない意志の次に嫌われるもの。たった一つの事例であっても、見てしまった以上、そこに戻れなくなる。
「エドランは、代価の大筋を知った」
彼は言った。
「しかも、それを“恐るべきこと”というより、“戦時には許容しうる費用”として受け入れた。それでもなお、実際のやり方は変えた」
「新しいやり方のほうが、人道的で、しかも実際的だから」
アヤノが言う。
「そうだ」
「その二つの言葉が、ここで同時に成り立ってることが気に入らない?」
彼は、少し笑った。
「そうだ」
「私は別に嫌じゃない」
彼は、少しだけ眉を上げた。
アヤノは木剣を持ち直したが、まだ構えには入らなかった。
「どうしてだと思う?」
彼女は言った。
「世界って、たいてい“純粋な倫理”だけでは動かないから。動くのは、継ぎ目。ちょっとだけ正しいことが、ちょっとだけ得でもある時。人が“聖人”でなくても、あまりにひどいことをやめられる時。古いやり方が、残酷なだけでなく、計算としても最善じゃなくなった時」
「ずいぶんと醒めた言い方だな」
「神殿の中で育って、そのあとヴァルガルドの宮廷まで見た人間なら、たぶんこんなもの」
彼は反論しなかった。
そこにもまた、真実があったからだ。
「でも、あなたが今ひっかかってるのは、そこじゃない」
アヤノは言った。
「何だ?」
彼女はまっすぐ見た。
「私たちに、ほんとうにそこまで世界を変えていい権利があるのか、ってこと」
彼は、ゆっくり息を吐いた。
そうだ。
まさにそこだった。
代価だけではない。エドランの合理だけでもない。儀の変化だけでもない。その上にさらに、もう一つあった。そもそも自分たちは何者なのだろう、という問いだ。異界から来て、すでに別の倫理を抱えている一人。神殿の中で育てられ、その構造を今や自分の存在で壊しつつあるもう一人。そんな二人が、ここまで他人の世界に触れてよいのか。それはまた別の種類の暴力ではないのか。ただ、もっと賢くて、もっと柔らかいだけの。
彼はもう一度、木剣を持ち上げた。
打つためではない。ただ、身体を動かしながらのほうが、考えは少しだけ誠実になるからだ。
「あるのか?」
彼は問うた。
アヤノもまた構えを取り直した。
「分からない」
彼女は答えた。
二人は再び交わった。
今度はもっと近く、もっと詰めて。気を逸らす余地の少ない距離で。彼が胴へ入れば、彼女は流して返す。彼女が手元を狙えば、彼は横へずらす。木と木の音が少し速くなる。あいだの空気が細くなる。
「でも」
二、三度の速い打ち合いのあいだに、アヤノが言った。
「私たちには、もう“何もしていない立場”は残ってない」
彼は受け、左へずれた。
「どういう意味だ」
「もう関わった。もう変えた。もう、“別のやり方がある”と見せてしまった。そのあとで、“私たちにそんな権利があったのか”って問うことはできても、それで何もなかった場所へ戻れるわけじゃない。あとは、その事実が起きてしまったあとで、まだ何も起きていないみたいな顔をするかどうかの問題」
彼は、その打ち込みを本当なら受け損ねていたはずだった。アヤノが最後にほんの少しだけ遅くしてくれたから、肩を掠めるだけで済んだ。
「つまり、慎みの問題じゃない?」
「自己欺瞞の問題」
アヤノは言い直した。
よかった。
あまりによかった。
彼は、自分の中で何かがその言葉に抵抗しながら、同時にそれへ縋りつくのを感じた。アヤノはそういう女だった。何が美しいかではなく、何を聞いたあとではもう通り過ぎられないかを、嫌なほど正確に言う。
「俺たちのことを、嫌う者が増えるのが怖くないのか」と彼は聞いた。「敵だからじゃなく、“不都合な前例”そのものだから」
アヤノは急に踏み込み、彼の身体ではなく、木剣の鍔元を打った。角度を崩すために。
「もう始まってる」
彼女は言った。
彼は、ほとんど笑いそうになった。
「そうだな」
彼は認めた。
アヤノは一歩下がった。
「問題は、嫌われるかどうかじゃない。それが、新しい当たり前として定着するのが先か、私たちが先に消されるか」
その言い方には飾りがなかった。
だからこそ重かった。
彼は、完全に剣を下ろした。
アヤノも同じように。
二人は向かい合って立った。どちらも少し熱を帯びていたが、疲労からではない。この稽古自体はまだ本当の速さには届いていない。ただ、会話が動きの中に深く入りすぎていた。
風が壁沿いを抜けた。
どこか遠くで、鳥が鳴いた。こういう話にはあまりに普通すぎる音だった。
「後悔してるか?」
彼がそう問うと、アヤノは意味ではなく、まず問い方のほうを理解した。だから即答した。
「してない」
「ホウセイも。あの言葉も。儀式も」
「してない」
「私たちのせいで、ここまでずれたことについても」
そこで彼女は少しだけ間を置いた。
言葉を濁すためではない。きちんと重さを持たせるための間だった。
「代価は悔しい」
彼女は言った。
「血も、死者も、それを通らないと分からなかったことも。そこは、悔しい。でも、そのあとで世界が動き始めたこと自体は、後悔してない。だって、もう一つの道は“何もしない”ことじゃないから。古い秩序だけを唯一のものとして残してやることだから」
彼は彼女を見た。
そして、はっきりと分かった。彼女の中でいちばん大きく変わったのは何か。
以前のアヤノの強さは、規律に近かった。
今の彼女の強さは、自分自身との一致に近い。
やわらかくはない。幸せそうでもない。痛みがないわけでもない。だが、一致している。それはどんな仕組みにとっても、ただの頑固さよりずっと厄介なものだ。
「お前、前よりずっと危険になったな」
彼がそう言うと、アヤノは目を細めた。
「褒めてる?」
「観察だ」
「なら、たぶんそうなんでしょうね」
今度は、彼女のほうから近づいた。
もう間に剣はない。
「あなたは」
彼女が言った。
「自分自身にとって、前より扱いにくくなった」
彼は笑った。
「それも褒めてるのか?」
「それも観察」
二人はかなり近くに立っていた。
稽古のあとには独特の匂いが残る。木。肌。温まった汗。冷たい石。風。その混じり方の中で、人は、自分が生きていて、限られているのだということをよく知る。理念でも役割でも象徴でもなく、声と、身体と、意志を持つ一個の存在だということを。
「まだ思ってるんでしょ」
アヤノが言った。
「自分は、隣を歩くより、先に引っ張ろうとしすぎるって」
彼はすぐには答えなかった。
なぜなら、その通りだったからだ。
「そうだ」
やがて彼は言った。
アヤノは頷いた。そう言うだろうと、最初から分かっていたみたいに。
「じゃあ、別のことにも慣れて。私は、あなたがよく見える時に前へ出たがること自体は、嫌じゃない。嫌なのは、それを、私の意志もそのまま自分の軌道の中にあるみたいに扱うことだけ」
そこだった。
また同じ場所。
ただし今度は、痛みでも、口論でも、防御でもない。
彼は言った。
「慣れるようにしてる」
「知ってる」
「進み具合は?」
アヤノは、そこで初めて、抑えたものではなく、少しだけ温度のある笑みを見せた。
「遅い。でも、もう絶望的ではない」
彼は今度こそ、本当に笑った。
小さく、短く。
だが、ちゃんと笑った。
その時になってようやく、こういう会話が自分にどれほど必要だったのかを理解した。政治そのものの話ではない。エドランの代価の話でもない。儀の変更でもない。自分たちが、もう世界から抜き取ることのできない因子になってしまったのだということを、互いに確認するための会話。英雄としてではなく、救世主としてでもなく、ただ、別の可能性をあまりにはっきり示してしまった人間として。
アヤノは木剣を持ち上げ、彼の剣を顎で示した。
「もう一本やる?」
「それは挑発か?」
「違う。確認。こういう話のあと、あなた、たまにすごくよく動くか、びっくりするほど鈍くなるかのどっちかだから」
「励まされてる感じがしないな」
「正直でいようとしてるだけ」
彼はもう一度、木剣を構えた。
そして彼女の前に立った。さっきよりも分かっていた。この話は終わったのではない。ただもっと深いところへ沈んだだけだ。これから長く、二人の中で働き続けるだろう。世界をどう見るかだけではなく、その世界の中で、どう隣に立つかまで変えながら。




