表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/12

19.ユキア、レムスへ

読んで頂きありがとうございます。

この章から読まれた方は、是非【ユキア・サガ 航海① ネフシュタンの魔片 第一巻 第1章】から読んで頂けますと、幸甚です。


 聖エレミエル号が、神聖ロムルス皇国の首都レムスへ出航する午前9時にあと15分に迫った。

 賑やかな活気に満ちた港と違い、渺茫たる海原は、生憎と静かに薙いでいる。

 風が戦とも吹いてない所為で、港湾労働者達は早くも汗だくの様相になってきた。

 こういう時の為、どの船にも風属性の術士を帯同している。

 黒いとんがり帽子を被り、茶褐色の長衣の上に緑の外套を羽織った男が2人船内から現れた。

 その後直ぐに、皓いとんがり帽子を頭に乗せ黒い長衣の上から黄緑の外套を羽織った美しいエルフォ(エルフ)族の女術士が登場する。

 男達は、女術士を真ん中に脇を固め、船の中央大帆柱の後方に並ぶ。

 どうやら女術士が(リーダー)らしい。

 温良で柔和そうな面立ちだが、その双瞳は凛然として冴えている。

 3人の年齢は30台前半と言ったところか。

 朝餉を終え暇な乗客達が、甲板上の卓子を囲み、好奇心丸出しで術士達を凝視している。

 オレとザザはトゥルケットを飲みながら、卓子の上で聖書を開いていた。

 チュチュはオレの腰の道具入れの中から、頭と前脚をちょこんと出して、気持ちよさそうに眠っている。

 が、思わぬ場面に出くわしたので彼等を注視した。

 お手並み拝見ってとこか。

 オレはとんがり帽子と緑色系の外套から、3人は風属性の精霊術士だと見当をつけた。

 3人は異口同音に呼吸を合わせて詠唱鵜する。

「「「風の精霊よ、変幻自在なる風の恵みを我等に賜らんことを」」」

 詠唱を終えた3人の面前に、緑の閃光が四方八方に弾け、緑透色のリベルが出現した。

 続けて3人は「「「我が聖霊よ、いざ参らん!」」」

 それぞれ杖を一振り。

 突如、術士達の頭上で一陣の風が旋回して疾り抜けて行く。

 と、ボンッ。という音と共に、風の精霊達が幻界からやってきた。

 3人の風の聖霊は体長10フィート前後で、眼は翠玉(エメラルド)の煌めいている。

 その風姿からヒト族なら10代後半の少年少女に視える。

 が、実際はそれよりはるかに高齢だろう。

 女術士には少年の精霊が、男達の術士には少女の精霊が、それぞれの左右にある羽を羽搏き寄り添っていた。

 女術士の精霊の羽は皓く、形は燕の翼に似ている。

 眸と同じ色の長衣に金色の帯が目立つ。

 口髭の男術士の精霊の羽は鳳蝶のようだ。

 黒い長衣に緑のスティバリ(ブーツ)を吐いている。

 顎髯の男術士の精霊の羽はトンボと同じに見えた。

 皓い長衣に、緑のフラール(スカーフ)を巻いている。

 3人の術士達は杖を振り術を詠唱した。

「風の精霊達よ、踊り、舞い、歌え! ゼー・ヴィント・テンツァー!」

 風の精霊達は,陽気な声音を奏で、中央大帆柱の後ろで円を描き遅り出す。


「「「海風よ踊ろうよ。

 優しく、柔らかに。

 ヒュー。ヒュー・ヒュールルラ。

 海風よ舞ってみよう。

 元気に、楽しんで。

 ビュー、ビュー、ビュールルラ。

 海風よ歌おうよ。

 陽気に、喜んで。

 ゴォー、ゴォー、ゴォールルラ。

 海風よ、踊れ! 舞え! 歌え!

 風の精霊といつまでも!」」」


 風の精霊達に誘われ、爽快な風が聖エレミエル号の全ての帆布を、力強くはらませた。

 オレ達3人を服ぬ観客達は、3人の精霊術士達に賞賛の拍手を贈る。。

 素晴らしい術の連動だったと、オレとザザも認めていた。

 全長330フィートを超える巨大帆船ともなれば、巨体を運ぶ風も並という訳にはいかない。

 それ故、術士が3人もいたってこと。

 例えば、右側の術士が2人より早く先行してしまうと、最初は左側に進むが、やがて他の2人の風力に負け、今度は右方向に走っていく。

 結果、真っ直ぐに航行できない。3人の術士の息がぴったり合っていたからこそ、3つの風が一つになったのだ。

 精霊術士達は、帽子を取って観客達にお辞儀をしている。

 船長が「ヴェンナ、ありがとう。これで予定通り出航できる。

 後は暫くゆっくりしていると良い」精霊術士の頭に労う。

「正午前には、メッサーナ海峡に着くでしょう。その前には」ヴェンナは杖でリベルを帰幻させ「魔獣、幻獣の襲撃に備え、防衛戦隊を率いて警護の任に就きます」

「よろしく頼む」船長は敬礼。

 ヴェンナはちらりとオレを見て「私達が出るより適任の方がいらっしゃいますが」そうでしょう? 瞳で語り、笑みを湛えている。

 オレは右手人差し指を自分に向けた後、その手をぶんぶん振って笑う。

 一仕事終えたヴェンナ達は、船内の船室に戻って行った。

 船長は銀の懐中時計が午前9時なったのを確認すると「出航っ!」と号令する。

 聖エレミエル号は、シュラークーサエ港から出航して、首都レムスに向かう。

 然し「メッサーナ海峡か」オレはそこに魔獣や幻獣の住処があることを勿論知っていた。「北側のクルクス島側の海底と、南側のロムルス本島側の岩山島の洞窟に、それぞれ幻獣、魔獣がいる」

()れば、ザザは点頭して「聖エレミエル号は武人と術士総勢5名で、防衛戦隊を構成しているでござる。

 隊長は、あのヴェンナという精霊術士とのことでござった」

 いつの間にかザザは確り情報収集している。「まず間違いなく、北側の航路を選択するでござろう。

 そこには今、幻獣の海馬がいるでござるが、こちらから何か仕掛けない限り、殆どの場合害は無いでござる故」

 再び南へ下り、アグリケントゥムから、ゼケシタ周りでテュッレーニア海を行く航路もある。

 が、大周りになる上に、テュッレーニア海には、コル・ス島を奪われたガリアス王国の海軍賊が目を光らせている。

 だから、一番安全な航路はザザの言う通りだった。

 ただ、オレには懸念があった。

 聖エレミエル号は今回が初航海の上、あまりに巨大だからだ。

 もし、海馬の縄張りに接触したら、危険性を排除できないだろう。

 嫌な予感がする。

 北側の海底には、海滅時代にカリュグディスという魔獣がいたことが知られている。

 この魔獣が口を開くと、海面は大きく激しく渦巻き、あらゆるものを引き摺りこんで喰らい尽くしてしまったという。

 が、この魔獣は海滅時代後期頃に退治されていた。

 伝承によれば、時の神聖ロムルス皇国の皇帝に依頼を受けた、外つ国の武人達によって海底から引きずり出され斃されたという。

 正体は、口を開けば100フィート、全長330フィートを軽く超える海龍だった。

 その後 この海底には、様々な魔獣や幻獣が現れては退治され、また別の魔獣や幻獣が現れては退治され、と繰り返してきた。

 幻獣の海馬がいついてからは、今のところ問題となったことはない。

 南側の岩山島洞窟は、今も人間を襲うスキュラという魔獣が住みついていて、恐れられている。

「南側の魔獣は今も人を襲っているでござる故、こちらの航路を回避するのは当然でござろう。

 然れば、特に問題もなくレムスに到着すると、安心しておいて良いでござるな」

「スキュラか……、あれは本来魔獣じゃない。クライイース川の美しい乙女だったんだ。

 その美貌の所為で、スキュラに求婚する者は後絵お立たなかったみたいだな。

 けど彼女は、その全てを断っていたらしい。

 ある時、海神と名乗るグラウコスからも求婚されたけど、拒絶した。

 海神は、魔女キルケーにスキュラを口説き落とす方法がないかと頼った」

 オレは聖書を閉じ、トゥルケットを一口。

「ところが、キルケーはグラウコスに恋してしまった。

 然し海神は「海に木の葉が、山の頂きに海藻が生じようとも、スキュラが無事で生きている限り、私の愛に変わりはないでしょう」とにべもない。

 逆上したキルケーは魔術でスキュラに呪いをかけた。

 ある日スキュラが川で腰までつかると、醜悪な魔物や怪物達が現れ、吠えたてられ、逃げようとしても敵わず、遂に腰から下の半身は、魔物共に乗っ取られてしまう。

 そういう訳で、スキュラは魔獣とされてしまったんだ」

「幸村武伝に書かれている話故、オイラも知ってるでござる。

 悲劇でござるな。

 ユキムラ公は、神聖ロムルス皇国の皇帝から、カリュグディスとスキュラの退治を依頼された際、スキュラの方は断ったという話でござった」

「悪いのはスキュラ本人ではなく、魔女キルケーと魔物、怪物達だから、退治するのではなく、呪いを解く方法を探すよう具申している。けど、それは未だに発見されていない」

「魔女キルケーはも、もうとっくの昔に死んでいるでござろう。

 然れば、呪いを解く術を得ることは、至難の業でござるな……」

「どうかな。人がほぼ永遠の命を得ることができない訳じゃない。

 魔居キルケーなら、それを知っていた筈。

 何とかしてやりたいな。

 安全に航海できるように。

 スキュラ自身の為にも」

「永遠の命って、伝説の法術『錬金術の賢者の石』でござるか?

 伝説の話でござる故、あてにはできぬでござろう」

「錬金術はオレも伝説だと思う。

 でも他に方法はある。

 わからないのか?

 オレ達はそれと闘ったこともあっただろ?」

「うーん……あっ! わかったでござる。

 確かに連中は、陽光を浴びない限り、隠れていれば、ほぼ永遠の命でござる。

 吸血鬼(ヴァンパイア)、盲点でござった」

「その通り、魔女キルケーが生きている可能性は残ってるんだ……」

 聖エレミエル号はザザが推断していた通り、北側の航路を進んだ。

 午前11時を過ぎた頃、ヴェンナ率いる防衛戦隊が現れる。

 腰に大剣を装備し、剛弓を手にした男武人が一人。

 同じく剛弓を持ち、鉾槍を背負った男武人が一人。

 この二人は左舷中央付近で前衛に立つ。

 後衛の真ん中にヴェンナ。

 その両脇を、純白のローブの上から、紺碧の外套をまとう男聖術士と、同じ出で立ちの女聖術士が固めた。

 神聖ロムルス皇国、国営会社オスティア商会船籍の聖エレミエル号の防衛戦隊に、異端視されている者、則ち魔術術士は入隊は出来ない。

 客として乗船することは出来るが。

 本来ならば術士は、全て聖術士で」揃えたいところであった筈。

 が、ザザから入手した情報によれば、ヴェンナはモノマキアの法術女王で、無敗のまま王座を返上しているらしく、それが隊長に抜擢された故由だろうと、オレは沈吟していた。 

 二人の聖術士は、それ煽れ聖書の詩篇から選んだ聖句を詠唱して、リベルを現出させる。

 ヴェンナは「風舞い!」と唱えた。

 緑と黄の閃光が弾け、リベルが呼び出される。

 どうやらヴェンナは、風を起こした時二人の男精霊術士の水準(レベル)に、自らの水準を落とし、合わせていたようだ。

 たった一言でリベルを出現させたのだから。

 オレとザザは、逆賭していた以上に、ヴェンナは高位の精霊術師だと悟った。

 ヴェンナは「シュトルム!」と聲を発す。

 一陣の旋風と、ポンッ、という音と共に、風邪の精霊が再び現れる。シュトルムはヴェンナの左肩に腰かけて羽を休める。

 暫くすると聖エレミエル号の左前方に、幻獣達の群れが見えた。

 海馬の一群がこちらを警戒しして(いなな)く。

 黄色の(たてがみ)、碧玉色の毛並みが美しい。

 馬と違い前肢は鯨の(ひれ)とよく似ていて、尻尾は無く鯱と同じ形の尾鰭となっている。

 眼は真珠の耀きを持つ。

 聖エレミエル号の中央甲板には、防衛戦隊と船長、オレとザザ、格闘士のグリス・グルトン、数名の武人、術士の姿があった。

 船長は「砲撃用意っ!」と大声で命じる。

 船の左舷60門と船尾楼の3門が、一斉に砲撃準備を速やかに完了した。

 その火薬の匂いは、海馬達にも届いてしまうだろう。

 幻獣達は尾鰭を海面に、バシャン! バシャン! と威嚇していた。

 が、その匂いをかぎ取ってしまったこと。

 自分達の縄張りに侵入したとみなし「突撃だーっ!」と叫びながら、聖エレミエル号に襲い掛かってきた。

 オレは、聖エレミエル号の船体が大きすぎた為、海馬達の縄張りに侵入するんじゃないかと思っていた。

 嫌な予感が的中。

 船長が「撃てーっ!!」と号令すると準備していたすべての砲門から、

 ドドドドドドドドドドドーン! ドドドドドドドドドドドーン!

 と砲弾が海馬に向かって行く。

 男武人も剛弓で応戦する。

 術士達も詠唱にそれぞれ入っている。

 ヴェンナは「風の神よ、鋭き刃となって敵を斬れっ!」

 シュトルムが復唱すると、ヴェンナの杖からまさしく風が鋭い刃となり、物凄い速さで海馬達に切りかかる!

 男聖術士は「神よ、大天使ミカエル名において我にその力を授け、聖なる光の火弾を放つ御力をお与えたまえ!」

 杖の先から光の弾丸が発射される。

 女聖術士は「父よ、主の名において願い奉ります。僕に共に戦うもの全ての者を守るため、聖なる鉄壁を与えたまえ!」

 杖の先から防衛戦隊全員に、光の耀きが降り注ぐ。

 防衛戦隊の防御力を上げたのだ。

 然し海馬達には防衛戦隊が何をやっても、殆ど効果はなかった。

 何しろ海で最速の幻獣なのだ。

 避けられたり、潜られたりして、攻撃が当たらない。

 海馬の1頭が「我等の縄張りに入ってきて、砲撃してくるとはどういう了見かっ!」と船体に体当たりして回転すると、尾鰭を叩きつけてくる!

 海馬達は「突撃ーっ!」と叫びながら特攻してきた!

 その衝撃に船体は揺らぎ、砲撃も聖エレミエル号の懐に入った形になり、距離が近すぎて役に立たない!

 5人の防衛戦隊では、海馬の一群を相手にしきれない!

 さすがにこのままでは、船体が持たない可能性があると思い、オレはヴェンナのもとに近付き「援護したいんだけどいいかな?」と訊いてみた。

 ヴェンナは「勿論っ!」杖を振りながら叫ぶ!

 オレは「闘、者、在」から刀、結の印につなげ二字を切り「爆炎烈波ノ術」と問え、深く息を吸い込んでから思い切り吐き出した、

 それは豪炎となり、海馬達に襲い掛かると、同時に周辺の海域を沸騰させた。

 海面は、ぼこぼこと泡が立ち「熱いっ!」「あ、ちぃーっ!」と海馬達は船への襲撃を諦めざるを得なかった。

 海馬達は、こちらを睨んでいるが、住処に戻るよう余儀なくしてやった。

 オレは、防衛戦隊の5人や船長の賛辞とお礼を聞きながら、観客達の驚嘆、感嘆の拍手に少々照れる。

 ザザは一言。「お見事でござる」

 グリス・グルトンは「なんだ。お前は術士だったのか」とオレの肩をポンポンと叩き「ご苦労さん」と労ってくれた。

 オレは、必死で笑いを堪える。

 それから、全ての乗客達を加えて、昼餉を楽しんだ。

 いつも通り、何事もなく。

 蒼穹から流れ落ちてくる陽光は、とても優しい。

 昼餉を終えた後も、オレ達は甲板上の卓子を囲んで寛いでいた。

 卓子には、トゥルケットとルムウベッタ入りのセッボリーネが給仕されている。

 因みにルムウベッタ入りのセッボリーネのリセッタは、昨夜の食事の時ローザに依頼して、今朝の朝餉の時に入手していた。

 神聖ロムルス皇国レムスへ向かう船旅は、シュラークーサエでの忘れられない数日間の大切な記憶を、オレの心に繰り返し思い起こさせる。

 洗礼、堅信、初聖体を授けて頂けたこと。

 お陰で、レムスに到着すれば、念願の聖ペトロ大聖堂にいける!

 そう思うだけで、心魂が喜び躍り出しそうだった。

 その刻が待ち遠しい!

 そこには独りで行こうと考えていた。

 が、どんな口実をレイとザザに話そうかと悩む。

 自分の信仰を二人に押し付けることは絶対にしない。

 強引に何かを押し付けるのは、エゴだから。

 オレは、エゴがいつの間にか醜悪に肥大化して、危険な思想、思考に変貌していくことを熟識している。

 二人が同じ信仰の道を歩んでくれたなら、それは勿論嬉しい。

 でも、2人が自らの意志で心から望んだ道でなければ、全く意味をなさないとオレは思う。

 だから、謎に満ちたチュチュとの出会いの詳細は、ザザにしなかったように、レイにもしない。

 言えば、教会に行き秘蹟を授けて頂いたことを、話さなければならなくなるから。

 シュラークーサエの最後の一日。

 エステルを教会まで送った後、影暮れノ術を唱えた。

 文字通り、自らの影にその身に隠し、影から影へと隠れる忍術。

 その後糸杉の影に移動した。

 理由がどうあれ、海賊としての一歩を踏み出したオレと、エステルとは、生きて行く世界があまりにも違う。

 だからあの時、

「またね」

 と言えなかった。

 それでも、

「さよなら」

 とは言いたくなくて。

 結局、姿を隠して立ち去る選択をした。

 冷静に振り返ると、目の前から忽然と姿を隠したオレを、きっと呆れたに違いない。

 すると、恥ずかしさで貌中が紅潮していく。

 エステルへの気持ちは、恋というものなのだろうか?

 だとすれば、初恋は多分、自分でも早熟だと思うが5歳の時だったと思う。

 サナーレ山の麓で、手裏剣と苦無の稽古をしていた幼い女の子がいた。

 女の子は陰陽座に入座していなかったから、4歳くらいだったと思うけど、その後一度もあってないのでどこの誰なのか、今も分からない。

 その女の子は、陰陽座に入座している、6歳、7歳位の男の子達から苛められていた。

「陰陽座に入座してもないのに、手裏剣や苦無の修行とか、お前生意気なんじゃないか?」

「女子のくせに、武器の修行しても無駄だろ? 月の者のくの一みたいに医療忍術を学べよ。

 武術で女子が男に勝つのは無理なんだから」 

「そうだよ。だから女子は武術より忍術を磨く方がいいに決まってる」

 女の子は男の子達に何を言われても怯むことなく、白雪の様な肌の面輪にうっすらと朱を浮かべながらも、修行を続けていた。

 その技は凄まじく、距離の違う樹々に取り付けた的の中心を、1か所も外してない。

 女の子の態度と、自分達以上に腕が立つことに腹を立てたのだろう。

 男の子の一人が、彼女に向かってI足を向けた時、オレは怒鳴った。

「男であろうと、女であろうと、何歳であろうと、何の修行であろうと、するしないは、自由じゃないのか?

 まだ陰陽座に入座してもないのに修行するなんて、誉めてもらえることだと思う。

 ユキアは、3歳の時から忍術、武術の修行に励んでいる」

 年下で自分達より実力があることに加え、国主の長子であるオレに反抗できない苛めっ子達は口を曲げたり、尖らせ足りして姿を消す。

 女の子は「若様ありがとうございまする」可憐な微笑の中に凛と冴えた双瞳をオレに重ねて、深々とお辞儀した。

 手早く手裏剣や苦舞を片付けると、目礼して立ち去った女の子の美しさを、おぼろげながら今も記憶している。

 その記憶があったからか、オレは美女を見たり、話したりすると、人並みにドキドキすることはあったが、恋愛感情をはっきり認識することは無かった。

 強いてあげるなら、雪龍ビオリス姉妹にそれと近い感情を持っていると思う。

 けど、恋愛感情というより、憧れているという表現の方が近い。

 雪龍ビオリス姉妹とあって、その美しさに心が動かない男は皆無だろう。

 でも、今回はどうやら違うみたいだ。

 オレは」エステルに恋愛感情を抱いているんだと思う。

 だから、2人で過ごし楽しかった、あの一日を思い出すと、自然に笑みがこぼれる。

 あの日、姿を消したオレに向かって、エステルが言ってくれた言葉、本当に嬉しかった。

 同時に切なさが、胸を締め付けて……。

 だけど、やっぱりオレとエステルは生きる世界が違う、とオレは嘆息を落とす。

「全くどうしたでござるか?」ザザが突っ込んでくる。「貌を赤くしたり、にやけたり、溜息ついたり、なんかキモいでござるな」

 然し、オレは勿論その心中は明かさない。

ーー生涯の宝物になる思い出になった。

 そう己に告げる。

 オレは誓う。

 絶対に忘れないと。

 救ってくれたあの曲を。

 天使のように抱きしめてくれたあの声色を。

 咲き誇る白薔薇みたいなあの笑顔を。

 オレの眼の御加護を願い、祈りを捧げてくれたあの優しさを。

 冷めたトゥルケットの味は、いつもより苦いとオレは思った。

 海賊になると意を固め、決然と踏み出した最初の船旅が、レムスに到着したことで終わりを告げた。

 オレはザザと共に、旅の間世話になった礼を、聖エレミエル号の船長と乗組員に伝え、それからロ-ザとランブラに、心から感謝を込めて伝えていく。

「約束を忘れないでください。ローザは少し早口で心配そうに「助けて頂いたお礼と、お誕生日のお祝いが、まだ残ってます」

 ローザはセルモの番号を書いた紙片をオレに渡し、再会を改めて約した。

「そうだなぁ……」オレは頭に浮かんだものを列挙していく。「美味しい肉料理、ルムウベッタ入りのパン、年代なんて気にしなくていいから、ラクリマ・クリスティーが飲みたいなー」

「「はい、船長! 喜んで承ります!」」

 美人姉妹は聲を揃えて敬礼した。

 オレはチュチュを腰の道具入れに入れて、ザザと一緒に船梯(タラップ)から下船した。

 オスティア新港では、銀虎の獣人に変化したレイが、安堵と嬉しさを満面に湛えてオレ達を迎える。

 早速馬車に乗り込んで、オスティア街道を上り、宿へ向かう。

 レイは一目見るなりチュチュに心奪われ、道中でずっと抱いて優しくなでて離さない。

 チュチュもレイが気に入ったらしい。

 喉をゴロゴロ鳴らし続けていた。

 当然ながらレイもチュチュとの出会いや名前の所以を訊いてきたが、ザザの時同党詳細を語らずに済ませる。

 宿に到着するまでの間、格闘士グリス・グルトンとの出会い。

 凪になった時の精霊術士達の様子。

 幻獣海馬との闘いの話。

 ルムウベッタ・セッボリーネの美味しさ等、面白おかしく楽し気に語った。

 目的地に着くと、オレはそのひっそりとした飾り気のない入り口が気に入って、

「何だか秘密基地っていうか、隠れ家っぽいというか、いい感じだな!」

 緋隻眼が耀く。

 レイとカメリエーレに案内され客室に入ると、キラとキョウが、3人掛けのディヴァーノに向き合って姿勢正しく座り、オレ達を待っていた。

 オレとザザは、想像してはいたものの、あまりにも似ている二人に、驚愕して絶句。

 目線をキラとキョウの間で、何度も往復させるオレとザザ。

 何しろ、2人に異なる点はその服装と、瞳の色くらいしかないのだから。

 「ユキア殿、久方ぶりでございますね」キョウは妖麗な微笑を魅せた。

「あー、キョウ久しぶり」オレは我に返り「もう知ってると思うけど、レイを巻き込んでしまって申し訳ない」

 キョウは「気にされることではありませぬ。妾はレイの意志を尊重します故に」優しく応じる。

 客室に入って、オレは左側手前にある書斎と三つの寝室ーー一番奥はレイが使用していたーー、右側奥にある寝室ーーここを自分の部屋に決めるーー、台所、浴室、バグノ等、全て確認してから、満足してソッジョルノの奥側、独り掛けのディバーノに身を沈めた。

「これなら長期滞在も大丈夫だ。キラ、良い宿を手配してくれてありがとう。

 さすがだな」

 レイはキョウの横のオレ側に、ザザはオレの正面に腰かける。

 「ユキア様とチュチュとの出会いは」レイは思量しながらも確たる言い方で「偶然ではなく、必然ではありますまいか?

 ユキア様と同色の緋毛と虹彩、加えて人語が理解できるのは、何らかの結びつきがあると、レイには思えてなりませぬ。

 何れにせよ、守るべき生き物かと。

 あまり人目に触れさせぬが良いでしょう。

 奪い取ろうとする者が、いるやもしれませぬ故」

「妾も同感です」キョウが手を伸ばすと、チュチュは尻尾を振りながら身を預ける。

 キョウはチュチュに、敬意を示すかのように優雅な会釈をした。

 オレは「キラ、チュチュが何の生物か知らない?」

「残念だけど、私は知らない。

 人語を理解し、空を飛ぶ翼を持ち、犬みたいに吠え、猫みたいに喉を鳴らし、虹彩が緋色で縦に割れている摩訶不思議な生物が、精霊や、幻獣と同じく人語を話さないのが、逆に奇妙奇天烈だと思う」

 レイも「キョウは存じてはおらぬか?」

「はて……妾にはお答えできませぬ」

 キョウはどこか謎めいた響きを含んだ言い回しをする。

「チュチュの奴、オイラ以外の者にはなつくでござるな。

 これではオイラとチュチュが、犬猿の仲みたいではござらぬか。

 全く戯けた犬もどきでござる」

 自分には、チュチュが機嫌よく抱かせてくれないからだろう……とオレは見抜いていた。

「ヴゥー……グルルルっ……」透かさず牙を剝いてチュチュは唸る。

「ウキッ! 犬と言ったのではござらぬ! 犬もどきと言ったのでござる。

 可愛くないでござるな」

 そんなザザに、レイが質す。

「ところでお主、バルセルン以降ユキア様の警護とお世話を任せたが、万事抜かり無かったであろうな?」

「勿の論でござるよ」ザザは得意満面で「身の回りのお世話から、宿や食事の手配まできっちりやらせて頂きましたでござるっ!」

「一度寝坊したけどな」オレは横を向き小さな聲でぼそっと零した。

「何たる体たらくかっ!」レイの瞳に見る間に怒りの炎がメラメラと熾った。「拳骨1発じゃ足りなかったか」

 ザザが弁解を始める。「いやあの時は船から久しぶりに下船して、宿のふんわりとした寝台の気持ちの良い寝心地に、ついうっかりして……」

「言い訳にもなっておらぬな」レイは、バッサリ切って捨てた。

 ところが「ウキッ! お主なんで上から目線でござるか?もうパークスの席次は関係ないでござるよっ!」と逆切れするザザ。

「今頃そこか!?」とオレがツッコミを入れる。

「いや、オイラこそ、そこじゃなくて」ザザは激しい語勢で言い返す。「ユキア様からもレイに行って欲しいでござる!

 他にカエルム便の手配をしてくれて助かったとか、レイに言って欲しいでござるっ!」

「その程度のこと、誇る程のことではあるまい」レイが突き放す。

「ウキキッ! 他にもまだあるでござるよっ!」ザザはレイの低評価に反発して、胸を張り口走った。「ユキア様の逢引(デート)を、オイラ影となって警護の任務も遂行したでござる!」

 レイは耳に飛び込んできたその熟語を疑い「あっ、逢引だとっ!? そ、それは真か!?」

 狼狽しつつも両の眼を三角に尖らせ恐ろしい血相で詰め寄る。

「あれ? ザザ……」

 オレは緋隻眼に殺気を漂わせた。

 くしゃみみたいにチュチュが判を鳴らす。

 ザザに、余計なことをと言いたいのだろう。

「いや、あのぅ……そのぅ……、まぁこのぅ……、おぉふぅ……」ザザはしどろもどろ。

ーーチャキィィィーン!

 レイは鞘から刀を抜こうとする冷然とした金属音を響かせた。

「ちょっ、待ったでござるっ!」ザザは大慌てで「いや、あの時チュチュが宿の窓から飛び出して、ユキア様を追いかけたでござるから、オイラはその後を追って捕らえたでござるが、チュチュが何故かユキア様を追いかけることを諦めない故、結果そのまま警護の任に就いたでござる。

 そしたら、ユキア様がオイラの見知らぬ見目麗しい絶美の佳人と……」

 それを知ってオレは緋隻眼をチュチュに突き刺した。

ーーどうして追いかけてきたんだよっ!?

 と訴えている。

 レイは「二人共、今の状況を甘く考えすぎているっ!」と大喝一声!

「ロックへの刺客が、パークスから二組放たれ、ラティウム都国と神聖ロムルス皇国の情報収集に月の者が動いている状況下で、其奴等と我等が出くわせば、その場は凌げても、いずれは我等が国抜けをしている以上、どこで何をしていたか、情報をくれてやるようなもの。

 そうなれば、いつどこから刺客が襲って来るやもしれぬというのに、あ、逢引とは怪しからぬっ!」

 いつもの冷静沈着なレイの姿は無く、激昂して烈火の怒りをばら蒔く。

「ザザ、お主は今件について、詳細な報告書を提出致せっ!」と一刀両断し、返す刀で「ユキア様如何なる事情で、どんな相手だったのか、何れ訊かせて頂きまする。

 今の我等は目立ってはなりませぬ。 

 少なくとも我等の船が完成し、海賊として堂々と旗揚げするまでは。

 ユキア様もザザもしかと心得て頂きたい」

「ごめんなさい」オレは謝罪した。言い訳はしない。「レイの言う通りだ。

 だからこそ、一刻も早くロックと会って仲間にしたい。

 騒がせてしまって申し訳ない」

「申し訳ありませぬ」レイはオレの左隣に正座して両手をつき、悄然と低頭する。「身の程を弁えず言の葉が過ぎました」

 冷静さを取り戻そうと、レイは自分を責めているのだろう、オレにはそう観えた。

「レイ、ありがとう」オレの心魂に熱い感情がぐっとこみ上げてきた。「今後もオレが正道から足を踏み外した時は、忌憚なく指摘して欲しい」

 オレの願いに、レイの双瞳が潤んでいる。

 かくして、オレ達の絆の輪は、それぞれの色に輝きを増し加え、強く、堅く結ばれていく。

「オイラもごめんなさいでござる」力なく肩を落としたザザはしょんぼり。

「や、悪いのはオレだ。

 レイとザザに罪はない。

 だから二人共謝る必要はない。

 そもそもオレの個人的な行動が起因なんだから。

 悪いのはオレ。

 今後は個人活動についてもっと慎重に判断する」

 元気なくオレが反省していると、チュチュはキョウの手から離れた。

 オレに寄り添い、その頬をペロペロ舐めて慰めてくれる。

 いつの間にかキラが、皆にトゥルケットと、タルトゥーフォという名のジェラートを、一人一人に給仕していた。

「このジェラートは美味しいのよー!」キラはさり気無く、その場のぎこちない雰囲気を繕う。「レムス生まれのジェラートなんだ。絶品です!」

 オレはまずトゥルケットを一口味わってから、ジェラートを食べてみた。

「美味いっ!」オレはにっこり。「チョッコラート味だけど、ほんのり何か酒の味がするな。

 シュラークーサエで食べたジェラートも美味しかったけど、甲乙つけがたい」

 キラの絶妙な気配りで、面々は笑顔で囲まれる。

 然も、珈琲をトゥルケットにしているところが心憎い、とオレは詠嘆した。

 海賊のオレが、一番好きな珈琲だから。

「レイ、そろそろ報告してはいかがですか?」キョウがレイに水を向けた。「ロックの情報をユキア殿も気になっているでしょうから」

「ユキア様、ロックからの最後の連絡はいつ頃でしたか?」

「二年位前かなー? 最年少で少尉になったっていう知らせだった。

 だからそれ以来、海軍で忙殺の日々を過ごしているんだろうと思うけど、ロックの居場所は分かったのか?」

読んで頂きありがとうございます。

駄作ですが、批評も含め、ご感想を頂けると喜びます!

評価✩✩✩✩✩やブクマをして頂けると更に喜びます!

長い物語ですが、様々な要素で楽しんで頂けるよう努力してます。

これからの物語も是非読んで頂けますように・・・。 m(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ