18.聖女ルチア
読んで頂きありがとうございます。
この章から読まれた方は、是非【ユキア・サガ 航海① ネフシュタンの魔片 第一巻 第1章】から読んで頂けますと、幸甚です。
初めてその奇態な生物を見た時当然ザザはオレに訊いてきた。
「一体どこでこの珍獣を拾ってきたのでござるか?」
「街はずれの教会の近くで。たまたま偶然」
とザザにユキアは答えを与えていない。
「かなりちっちゃなダックスフンドが翼を生やしていて、口を開けば、ワンッ! なのに、虹彩が盾に割れているところと、甘える時喉をゴロゴロ鳴らすところは、寧ろ猫っぽいでござるし……」ザザは首を捻り「怪異な珍獣でござるな」
「だろ?」オレも同意して「だから保護して一緒にいることにしたんだよ」
ザザはそれについてはすんなりと受け入れたが、気になる点があったらしい。
「されど、なに故ユキア様は、チュチュと名付けたのでござるか?」この問いにオレは少々動揺してしまった。
「や、あー、まぁなんとなく?」
答えにならない答えとオレの何かを誤魔化す言葉つきにザザは訝しんだようだが、それよりチュチュへの関心が勝った。
翼や、爪、金色の瞳に緋色の虹彩、その他あちこち調べていたが、チュチュが牙をむき低く呻ったので、急ぎ手を引っ込めている。
その唸り声は、猛獣のそれに比肩するものがあった。
ーーレムスへの出発を翌日に控えた朝。
この日の朝餉は、リストランテから取り寄せることに。
「チュチュを独りで部屋を出ることは出来ないというオレの判断によって。
もしチュチュを残して部屋で吼え哮るようなことになれば、宿や他の宿泊客に迷惑をかける。
何しろ珍しい生物なので、人目を引いて騒ぎになることをオレは避けたい。
人語は話せないが、特異なことにチュチュはそれを理解することは出来る。
「カメリエーレが朝餉を部屋に運び入れ料金の支払いを済ませてから、外に出て行くまで寝台の中に潜り込んで静かに待っておくこと」
オレに言われるとその通りにできる。
「よーし! チュチュ出てきていいぞ!」オレに呼ばれると、嬉しそうに尻尾を振って出てきた。
その後俺から、プロシュート・クルードやビーム肉の炭火焼を食べさせてもらい、満足そうに毛繕いをしていたチュチュだったが……。
「今日は夕方近くまで出掛けるから、ザザとチュチュは留守番をお願いします。
オレが伝えると、
「キューン、クゥーン……」
チュチュは如何にも寂しそうで辛そうに悲し気な鳴き声で、オレから離れようとしない。
オレはチュチュに「ごめんな、今日は駄目なんだよ」
それでも「キャン! ヴーッ!」と吠え呻って離れようとせず、膝の上からオレを見上げている。
「チュチュが行くならオイラも!」
相乗りしてきたザザにオレはチュチュを抱き上げ「ごめんな」と再度謝って預けた。
本心としてオレは、寧ろチュチュを連れて行きたいという気持ちはあったーー無論ザザは駄目だがーーけれど、今日はエステルが案内してくれる場所に行く為、チュチュが入れない可能性がある。
観光案内ってことだから、人も多いだろうし。
チュチュをあまり人目にも触れさせたくない。
人語を理解しているから、今日エステルとオレが会うことを知っているチュチュは一緒に行きたいんだろうな。
きっと。
何とか自分も同行をと粘るザザと、その掌の中から、逃れだそうとするチュチュをどうにか振り切って、オレは宿を後にした。
オレは風に乗って飛ぶように疾く駆けて行く。
エステルと待ち合わせしている、マグダレナ・マリア教会へと。
約束の時間は、午前9時。
万が一にも遅れて、エステルを待たせることはあってはならないし、赦されない。
そう肝に銘じ、オレは昨日起こったことに思いを巡らせる。
その教会で昨日洗礼、堅信、初聖体と、切望していた秘蹟を授けて頂くという念願が叶った。
聖術を操る為のリベルの呼び出し方教示して頂き、それに成功し、遂に水属性を獲得している。
こうして俺は、陽、陰、火、風、土、水、全ての属性を操る者となった。
昨日はそれだけで終わったわけではない。
正式にはどう呼ぶべきかいまだ不明の生物との邂逅。
小さなカニンヘンダックスフンドが二枚の翼を生やして飛翔する生き物……。
エステルにチュチュと名付けられたその珍しい生き物は、人語は理解できるのに、話すことは出来ないから幻獣ではない。
その姿を現した時には、エステル、マグダレナ夫人、モヨリ司祭もいたが、初めからチュチュはオレに関心を持っていたのは何故なのか?
リベルを呼び出そうと、チュチュがオレは印を組む者、則ち忍者だということを知っていたとしか思えない動きをしたのは、何を示唆しているのか?
事実は、チュチュがリベルを呼び出す理を熟知していることを示しているが、それはオレに何を語っているのか?
更に大きな謎とオレは衝突していた。
リベルに記された、あの見たこともないおそらく神聖文字を、オレは何故理解できたのか?
通常、リベルに表示される文字は、術者の母国語の筈。
新約聖書のコリントの信徒への手紙1、第14章に記述されていることがオレの脳裏に浮かぶ。
ーー異言を語る者は、ひとに向かってではなく、神に向かって語っています。それは誰にもわかりません。彼は、霊によって神秘を語っているのです。
てことは、昨日堅信の秘蹟を授けて頂いたことで、聖霊を与えられたからだろうか?
いや、それなら堅信の秘蹟を授けられた者は、皆そうなる筈。
同じく14章で
ーーわたしは、あなた方の誰よりも多くの異言を語れることを神に感謝します。
と聖パウロが言っているのだ。
あの神聖文字こそ、その異言ではないかとオレは想到している。
更に昨夜あまり眠れなかったオレだが、その原因は秘蹟を授けて頂いた喜び、チュチュやリベルの謎だけが起因していた訳ではない。
もう一つオレの心魂を激しく揺さぶる出来事があった。
歌声の人、エステルとの正式な再会ーーなんとなれば、エステルは神への讃美歌と祈りを捧げている姿を、オレに目撃されていることを知らないーーという出会い。
絶佳の美少女エステルは、オレの為に清澄な美声を奏で、素晴らしい讃美歌を歌ってくれた。
オレは、生涯昨日のエステルの歌声、その姿、全てを忘れることはない。
今こうして教会に向かっているのは、エステルの母、オレの代母、マグダレナ夫人の一声があったからだ。
そのお陰で今日、エステルがシュラークーサエを1日観光案内をしてくれるという幸運に恵まれている。
教会へと続く深緑に挟まれた小径の先にブーゲンビリアの生け垣に囲まれた教会が緋隻眼に飛び込む。
今日も天気は晴天で、心なしか檸檬の馨が風に乗って、爽快な一日になりそうな予感。
約束した時間までに、待ち合わせ場所の教会前に到着するのは、問題なさそうだ。
オレは、ほっとしたが、同時に緊張もしている。
任務以外で異性と一日過ごすのは、生まれて初めての経験の上、相手は白皙美麗のエステルなのだから。
一度立ち止まって呼吸を整え、清爽な空気を深く吸い込み、晴れ渡る青空を見上げた。
ゆっくり息を吐いて、緋隻眼を教会に戻す。
教会の門から出てくるエステルの姿が眩しい。
ただそれだけで、どうしてだか胸の奥で切なさが溢れ、一方では ときめき喜悦が入り混じって行く。
足が勝手に教会へと急いだ。
※※※※※
「チャオ!」
軽く会釈したエステルが掌を広げて小さく手を振る。
その仕草が可愛くて、オレの心臓はもうドキドキ!
「おはよう。少し早く到着しようと思ってたのですが、君の方が早かったようですね」
オレは、エステルと目が合わせられない。
小径を挟んで広がる糸杉の林に緋隻眼を逃す。
と、その先で何かが一瞬動いた気がした。
緋隻眼を凝らすが、気の所為だったらしい。
「昨日の約束は忘れたのかな?」エステルの蠱惑的な瞳がキラッと耀く。
「明日からは、敬語はやめてくださいってお願いしました。
同い年なんだから。
敬語を使うたびに、罰を出すことにしましょうか?」
エステルも敬語を使っているが、本人は全く気付いてない。
「や、あー、ごめんごめん」オレはエステルのツッコミに動揺してしまう。「そうだったよね。気を付けます」
「ます?」エステルはさらにツッコむ。
「あ、や、今のは無しでお願いします」
「ん? ます?」
エステルは横目でオレを睨むが。瞳の奥は笑っていて楽しそうだ。
「あー、やっちまった」と頭を掻くオレ。
エステルは朗らかにくすくす笑う。
それから小さく咳払いして、
「今日は是非案内したい場所があるから、まずはそこへ向かってもいいですか?」
と提案してきた。
「あ、うん。わかった」
オレはぎこちなく答えてしまう。
一刹那、2人の視線が交差する。
エステルは容色を朱に染めて俯き、無言で市街に向かって歩き始めた。
オレもどうすればいいかわからず、うつむいたまま歩く。
異性だとはっきりしている相手と、二人っきりで時を重ねたことがオレにはまだ1度もなかい。
だから、戸惑ってしまう。
そんなオレ達に、蒼穹から太陽の光が降り注ぐ。
少し甘酸っぱい爽風が優しくなでていくれる。
※※※※※
「あぁーもぉー、柄にも照れちゃってるでござるなー」
オイラは、教会正面に広がる林の中で、糸杉の枝に腰かけ「ユキア様下向いて歩いたら危ないでござるよ! 全くもぉー、ござるござる!」
ーーあなたの言ってる、ござる、ござるとか、全然意味不明ですが
とでも言いたげに、オイラのお腹に装備されている革の道具入れーーいつもは腰の後ろに装備してるでござるがチュチュが前方を見れるように移動させているでござるーーから、、頭と前脚を出しているチュチュがくしゃみをするみたいに、しかめっ面で、くしゅんと鼻を鳴らす。
「何で機嫌が悪いでござるか? そもそもこうなったのはお主の所為ではござらぬか?」
ことの経緯は、ユキア様が宿の客室を出た直後に遡る。
ユキア様が出掛けた後、チュチュは器用に3階客室の窓を開け放ち、その姿を追って飛び出したのでござる。
並の人間なら大慌てするところでござろうが、そこはオイラ、躊躇うことなく、その窓からチュチュを追って跳躍する。
チャクラでいくつか足場を作りながらチュチュを追い、見事捕獲に成功!
市街を行く人々は、空から降って来た少年に驚愕し、一体何事かと取り巻いてきた。
然れども、オイラは平然と周囲の人だかりを気にせず、腰の道具入れを前に回し、チュチュを入れると人垣を破って疾走する。
その後は、チュチュが頭で示す方向に進んでユキア様を発見。
糸杉の林にこっそりと隠れている、という次第。
「何でござるか?」オイラは、曰くありそうに自分を見上げるチュチュに「オイラ別に羨ましくないでござる。
確かにあの女性は凄く綺麗な方でござるが、オイラだって心に決めた女性が……あっ、おぉ……危ない危ない」
オイラは口が滑りそうになって焦ったでござる。
思い人の話は誰にも言わずにいたからでござる故。
ーー別にその話の続きを聞きたくないし……そう言いたいのか、チュチュは半眼の何とも言えない顔付きでしらっとオイラを見ているでござる。
「あいや、その眼は何でござるか!?」オイラにチュチュの真意等見抜ける筈もなく「あの女の人より美人なのかって? いや、人にはそれぞれ好みというものがあって、そりゃオイラには、この世で一番美しく可憐に見えるでござっ……あっ、おぉ……なんとかギリでござろう」
チュチュはそれを無視。「グルルルルッ……」と呻って前方を見ている。
「はいはい、分かったでござるよ。ユキア様の後を追うでござる」
オイラは、小猿のように軽快な身のこなしで、糸杉の枝から枝へと飛び移りながら、ユキア様の後を追う。
やれやれそういったことは理解できるのねと言いたそうに、チュチュはオイラに溜息をついた……。
「ウキッ!」とオイラ、イラっときたでござるが……。
※※※※※
オレ達は一旦市街に入り、エステルの案内でイオーニア海に向かう。
会話はまだぎこちないオレ達だったが、並んで歩いていた。
「エステルは多忙な人みたいだけど」オレは考量しつつ「昨日はオレなんかの為に時間を使ってくれてありがとう」
「お礼なんていらないの」エステルはかぶりを振り「私の方が、お礼を言いたいくらいなの。
こいう機会がないと、行きたいなと思ってた場所にいつでも行けると思って、なかなか行けなかったりするから。
でもね、正直言うと男の人と二人で一日過ごすのは初めてだから、私緊張してるかも」
エステルは「だから、お洋服とや髪型とか、とっても迷っちゃった」はにかんで下を向く。
オレに合わせようとしたのだろう。
今日のエステルは緋色に金色の模様が美しいアーピト・インテロに、桃色の髪は一つに束ねていた。
「オレに合わせてくれたのかな? 洋服も髪型も似合ってると思う」オレの飾り気の無い真っ直ぐな言葉に、エステルは恥じらいながら、少しだけコクンと頷く。
「ていうか、実はオレも仕事以外で女の人と一日過ごすのは初めてだから、凄く緊張してたりする」
オレは赤心を素直に伝えた。
「えーっ! 海賊なのにっ!?」エステルの心の聲が行き成り飛び出た。「海賊と言えば、金銀財宝、お酒、賭博、女の人でしょ?」
オレは造次顛沛、全ての思考が吹っ飛んでしまう。
まさか自分が海賊だということを、エステルが知ってるとは全く考えてもみなかったから、当惑しながら呆然と立ち尽くすオレ。
「ユキアがこのシュラークーサエの到着した日の午後には、緋髪、緋の独眼、緋の眼帯、緋の武具を身にまとった20歳前の海賊の話で大騒ぎだったのよ?
その海賊は、聖エレミエル号を襲ったクレブリナ海賊団から舟を守り撃退したけど、誰からも見返りは求めなかった。
今、その海賊はシュラークーサエに滞在してるって。
それはユキアあなたのことでしょ?」
エステルは確証を持った口振りだ。
が、オレは想定もしてなかった話題にどう答えるべきか、簡単に言葉を紡げない。
そんな様態のオレにエステルは「もしかして、海賊だってことをしられたくなかったの?」と質問を重ねる。
「んー、できればその方が良かった」その後をついていく、苦渋に満ちたオレの顔容は暗い。
オレの表情は、エステルの二つの問いに一度で応じてた。
「どうして?」エステルは然も意外そうに言う。「ユキアは海賊だとしても、他の海賊とは違うじゃない。
海賊が海賊に襲われた人々を救ったなんて、世界中でも初めてのことじゃないかな?
然もその見返りを、聖エレミエル号の乗客、乗組員、クレブリナ海賊団から狙われていた美女、ギルド・アルカのモンテ・ブカ親子から、何も求めてないなんて。
そんな海賊が現れたことを、私も含めて、驚きながらも喜んでいる人は多いのよ?」
「でも、海賊だということは事実だし、そんなオレの代母になってくださったマグダレナ夫人や、モヨリ司祭に申し訳ない。
せめてきちんと正直に、自分の言葉で伝えておくべきだった」
オレは、エステルが人通りの少ない道を、意図的に選択していることに気付いている。
それでもすれ違う人達は、例えるなら咲き誇る白薔薇を思わせる絶美の佳人エステルに目を奪われてしまっていた。
ただ、その後でオレを見た人が驚いた貌をしたり、微笑んだりするのを、奇異に感じながらも気の所為だろうと思っていたけど、そうか、そういうことだったのか……。
「気にしなくていいと思うの。
神父様は『神は御前に謙る者をお見捨てにはなりません。だから私は、彼の願いをかなえてあげたいのです。たとえ彼が海賊だったとしても、彼もまた、主の子羊だから』って仰ってた」
モヨリ司祭のその心情に、オレは頭が下がる思いだった。
同時にそんなモヨリ司祭に秘蹟を授けて頂き、とても嬉しく思う。
「私の母は」エステルは嬉々として「今迄代母の依頼は断っていたの。
でも母は、『海賊っていうより、義賊の稟質を持っている人の様な気がします。いいでしょう。私が代母を引き受けます』そう言って初めて代母を引き受けたの」
エステルは「そうするようにって勧めたのは、私だけどね」さらっと言い添えた。
この話を知ってオレの心魂も楽になる。
「オレの仲間はまだ2人しかいない」エステルの話を聞いてその母の炯眼に一驚。「海賊になる理由をオレは2人に『オレは海の義賊になる』って伝えてるんだ。
だから、オレ達は海賊だけど、他の海賊達とは考え方が違う。
罪なき人や弱者を襲ったりはしない。
寧ろ、そういうことをやる海賊を獲物として狙うと、心魂に刻印してるんだ。
だからマグダレナ夫人の言葉は、正鵠を射ている。
嬉しいな」
マグダレナ夫人の話は、オレに自分が選択している道が、間違ってはいないと、自信と勇気を与えてくれる。
「エステル、ありがとう!」オレは忘れてはいけない感謝の気持ちを「お陰で、マグダレナ夫人が代母になって下さり、念願かなって秘蹟を授けて頂くことができた。
感謝してます。
ありがとう」
エステルの綻んだ頬は、ほんのり紅潮している。
「ありがとうなんていらない。こうしてユキアと出会えたから」白薔薇は、赤薔薇に瞬く喪に変貌して、歩む速度を一気に上げた。
遅れないようにオレは歩幅を広げて、エステルとの距離を保つ。
暫くすると、エステルの歩調が遅くなってきた。
「どうして、海の義賊、海賊になろうと思ったの?」
オレが横に並ぶとエステルが訊いてきた。
「この世界は多島海。
全ての国々は海でつながっている。だから国家は海軍に力を注ぎ、軍事力の強化を目指し、その副産物として海軍賊が誕生した。
オレに言わせれば、この神聖ロムルス皇国を含め、海軍賊を飼っている国そのものが、海賊の元締めなんだ。
言い換えれば国自体が、海賊だともいえる。
そして今、世界の海は、各国海軍とその海軍賊、どの国にも属さない海賊が鎬を削りあい混沌としてる。
それが現実」
この時代、国家間の問題は、宗教問題を除けば、その殆どが海に関するものばかり。
自国海賊の防衛線の堅守、貿易海路の確保防衛、新たなる国土となる島の発見と探索、占領等が主な起因だと言えるだろう。
「世界の平和は、各国海軍、海軍賊、海賊の争いによって乱されていると言ってもいい」
「確かにその通りね」美しい三日月眉をエステルは顰めた。
「海に平和をもたらす者、則ち海を制する者は世界を制す!}
宝玉をばらまいたが如く、波頭が煌めく青澄色の茫洋たる海がオレ達の前方に広がる。
「オレは仲間達と共に義勇の志を抱いて、世界平和に尽力したい。だから海賊になった」
「ユキアは凄い人ね。同い年とは思えない」
星眼を潤ませ、エステルは詠嘆した。
「ユキアがこの世界のどこの海いる時も、あなたの志を私はいつも応援してるから」
エステルと視線が重なり、今度はオレが赤面になってしまった。
そんなオレ達の前に、クルクス島と短い橋で結ばれた島が現れる。
「あの島は、シュラークーサエ発祥の地、オルティージャ島っていうの」
こうしてエステルの観光案内が始まった。爽やかな風が、エステルの長く豊かな美しい桃色の髪をさらさらと撫でていく。
甘くて優しい馨が入れに届きドキッとさせられる。
オレは慌てて、手で自分の髪を触り、その指や、両脇、両腕の匂いを嗅ぐ。
うん。大丈夫。変な匂いはしてない筈。
と一安心するオレだった。
島でまず二人が目にしたのは、海滅時代を遡り、超古代のものとされている、石造りの周柱神殿の遺跡。
「アポロ神殿っていうの。この島で一番古い遺跡みたい」
エステルはそれだけ言うと、直ぐにその場を後にする。
目的地は他にあるらしい。
少し南へと目抜き通りを進んで、大聖堂広場に着く。
「シュラークーサエ大聖堂」エステルはその大世道を指差し「ここには、シュラークーサエの守護聖女ルチア様が祀られてるの。海滅時代のずっとずっと昔に建築されたアテネ神殿を転用してるんだって」
そう前置きして、大聖堂の中へと歩みを進めていく。
側柱の円柱と壁は薄茶色で、ところどころ見える材木は栗色。
天井から下がっている燭台や、扉などには黒鉄。
薄茶色と、栗色、黒の三色が見事の調和して、風韻に満ちている。
神秘的で荘厳な空気が張り詰めていた。
エステルは聖ルチアの物語を恰も歌うように奏でる。
「敬虔なメシア教徒だった聖女ルチア様は、生涯を主イエス・キリストに捧げることを、強く誓っていた。
だから聖女ルチア様は母親のことを愛していたけれど、勧められた異教徒との結婚を拒絶した……」
エステルの双瞳に、碧い悲愴な影が宿る。
「その異教徒は、聖女ルチア様が信仰を禁じられているメシア教徒だと告発し、神への犠牲として火あぶりにするべきだと主張した」
清澄なエステルの切なくも美しい語韻は、宛ら天使を彷彿とさせた。
「けれども、聖女ルチア様を捕らえに来た兵士達は、彼女を動かすことができなかった。
聖女ルチア様は聖霊に満たせれ、丸で小さな山となっていたから。
牛の一群に、聖女ルチア様を引っ張らせてもびくともしない」
エステルにはその光景が視えているかのように、聖女の生き様を歌う。「聖女ルチア様は、喉元に剣を突き立てられても、異教徒達に預言を語り続けた。
終には、生きたまま両眼をえぐり取られてしまう。
更に奇蹟は起こった。
目を失なっても、聖女ルチア様には視ることができた。
聖女ルチア様の命の灯は、その後消えてしまった」
エステルは聖女ルチアの生涯を語り終えた。
数々の奇蹟が、神の恩寵の中に聖女ルチアがいたことを証ししている、とオレは信じた。
「殉教者となった聖女ルチア様は、シュラークーサエの守護者なの。
ナポルノ船乗り達の守護者でもあるから、サンタ・ルチアっていうナポリ民謡もある」
エステルは自らオレに、優しい眼差しを重ねる。
「そしてユキア、あなたの守護者でもあると思う。
聖女ルチア様は両眼をえぐり取られても視えていたという奇蹟から、眼や、視覚障害者の守護者でもあるの」
オレの心魂に、ぽぅ、と小さく温もりある光が灯ったと感じた瞬間、目頭が、じん、と熱く答えた。
幼き頃、失明した左眼の斜視化と白眼化が進み、醜悪な人相になっていくオレを、心無き者達に陰で謗られ、気味悪がられていることを知った時、あの漆黒の闇は左眼だけ背はなく、再び心魂にまで無遠慮入り込み、今も俺を苦しめている。
武術の稽古も、遠近感がくるってしまい、格下相手にも怪我を負わされる有様に。
そんなオレを父ソウガは「お前は闘えんのかっ!」と吐き捨て露骨に失望することで、息子の心魂の闇を育て、弟ナツヒに目をかけ期待するようになった。
闘うこと……それが生業のオレ達忍者にとって、隻眼であることは致命的だということを、誰もが口を揃えることだろう。
でも、その頃のオレを救ってくれた恩人がいる。
老師クーゴ・マゴ、その人だ。
オレは醜い左眼を切り刻まれた心魂の痛みと悲しみを封印したかった。
だから、老師が贈ってくれた龍革の眼帯を今も大切に着装している。
決して忘れることができない記憶が過ぎる。
その中でエステルがともしてくれた小さな光。
それはオレの心魂に巣食う漆黒の闇の片隅に、確り根を張ろうとしている。
そんな気がして、ただただ嬉しい。
「そう。オレの左眼は幼い頃に失明して、もう何にも視えない。
ついでに斜視が進み、おまけに白眼化もいていて醜い……」
エステルの純真な思いやりに増える心魂が、涙を零していいんだよ。
と言ってくれている……そうオレは感じた。
でも、オレはぐっと堪える。
「エステル、本当にありがとう」 オレは心底感謝した。「エステルは優しい人だね」エステルはオレの言い終わらないうちに、
「醜いなんて自分で言わないで!」
聲こそ抑えていたが、少し怒った辞色で言う。
「左眼より、大切にしなければならないものがあることを、私達は知っているでしょ?
それこそ醜してはならないもの。
それは心と魂。
左眼のことなんて気にする必要もない!」
そう言ってエステルが立ち止まると、そこには聖女ルチアの銀製像があった。
オレ達は互いにごく自然に見交わし頷いて、沈黙のうちに聖女ルチアの守護を願い、感謝し祈りを捧げる。
オレは、エステルと心魂が一つになった気がして、全身に喜悦が満ちてゆく。
それから大聖堂を出て直ぐ近くには、一面に青玉に耀く海が現れ、美しい泉も目に映る。
「伝説のアレトゥーサの泉」エステルがしんみりと「麗しい精霊のアレトゥーサが、河の神アルペーオスに追われて、この泉に姿を変えてしまったの。
美しい泉ね」
オレは無言で頷いた。
エステルの感動に、オレも同感している。
アレトゥーサは水の精霊出たのかな?
風が戦ぎ、澄んだ水面にさざ波が躍った。
エステルは次に広い公園に案内してくれる。
海滅時代に遡り、考古学研究が進んでいる、岩場をくりぬいた演劇場があった。
ロムルス本島の東側に広がるアドリア海の対岸にあるダルマティア公国。
その南方で勢力の強いギル・ス王国の古代遺産遺産だと考えられているらしい。
劇場の東側に、石切り場がある。
そこは、椰子、竜舌蘭といった熱帯植物、果樹が茂り、密林に囲まれている気がした。
ここを住みかとする鳥達のさえすりが、長閑な時間と安らぎを与えてくれる。
聖女ルチアの銀製像を前に、2人で祈りを捧げてから、漸く気軽に会話が弾むようになった。
オレ達は公園を散策した後、休憩をとることする。
園内の長椅子に腰かけ、にこやかに談笑する。
好きな食べ物や酒類を含めた飲み物、趣味等をオレは問われたこと全て、正直に素直に話した。
エステルも話題に合わせ、自分のことを話している。
端から見れば、恋人同士みたいに楽しそうな二人へ、聲を掛けてきた者達がいた。
作り笑いを面に貼り付けた、黒長衣姿の男女二人組。
その右胸に、銀糸のラテン十字架が逆様になって縫い付けられているのが、オレには妖異に観える。
「素晴らしい神の導きを得て、幸福になる為に、私達の礼拝堂に来ませんか?」
女性が穏やかな言い回しで誘ってきた。
「お構いなく」オレは平板に謝絶する。「私達には、既にお導き下さる神が存在しますので」
男女二人組は、不気味な作り笑いを貼り付けたまま、オレ達に対して、呼吸をぴったり合わせ、逆十字をきって背を向け去っていく。
二人組に聲が届かない距離になると、エステルが溜息交じりに話し始めた。
「神聖ロムルス皇国の国教はユキアも知っての通り、メシア教カットリチェシモ。
多くの国民が国教を信仰してる。
でも、信仰の自由が認められているから、他の宗教を信じて信仰している人達もいる。
先刻の2人みたいに。
だからカットリチェシモの信徒は近年ずっと減少傾向なの。
特に新興宗教への宗旨替えが後を絶たない」
例の2人組は、他の観光客にも聲を掛けている。
この公園の遺跡が異教徒のものだから、この地に足を踏み入れる者は勧誘しやすいと、と考えているのだろう。
オレはそう推断して周囲を見回す。
同じような二人組が、公園内にもう一組、公園入り口にも一組いた。
「その最大宗教が」エステルは一度言葉をきって、先刻の2人組の方を向く。「あの人達が信仰するソフィア教。メシア教から派生した異端だって言われてるの」
「オレもそれは知ってる。
だけどオレはその教義に共鳴できない」
エステルはオレの話を、肩を落として聞いている。
「この宇宙は、光と闇の世界で構成されていて、それぞれにか神が存在し、オレ達が生きている世界は、ヤルダバオトの勢力下におかれてるらしい。
本来神々と同じ霊魂を持つ人間は、この現世から脱出して、真の光の神の僕ルキフェルの統治している光の世界に戻らなくてはならないと説いている。
だから、ヤルダバオトの奸計に嵌められたルキフェルとそれに従って虜囚となっている仲間達を開放しなければならない。
光の国を完全復活させる為に」
オレは一呼吸おいて続ける。
「海賊や山賊達から、為す術もなく財産を略奪され、国や教会からも強制的に金貨を徴収され、絶望するしかない多くの蒼氓にとって、それは救いの福音となった。
無理もない。
絶望に襲われた多くの蒼氓にとって、この世界は、先の視えない暗闇のように思えるだろうから。
だから、この世界を支配しているのは、闇の神ヤルダバオトだと信じてしまう」
エステルが嘆息を洩らす。
「でもオレは、ソフィア教の教義を認めない!
恰もこの世界が闇に覆われた地獄で、ルキフェル達を救い出して、光の天国へ行こうみたいな……」
「そうね」エステルは俯き声涙共に零す。「確かに奥の民草が、ソフィア教の教義に救いを求めるのは、仕方のないことなのかも」
「だけどそれは間違っている!」オレは道破する。
「この世界は地獄じゃないし、見て! 光がこんなにもオレ達に降り注いでいる!」
オレは天を指差して仰いだ。
「そもそもこの世界を、絶対地獄にしちゃいけない。
オレは神がこの世界を創造し、愛しておられると信じて疑わない。
だから、オレは義勇の道を一向真っ直ぐに行くよ」
祈るように膝の上で両手を合わせ、凝然と聞いていたエステルの愁眉が開く。
「ユキアの言う通りだと思う。
私、人はいつか必ず死ぬとわかっているのに、どうして苦しみや悲しみと共に、生きて行かなければならないの? って思ってた」一言一言噛み締めながらエステルがj繰り返す。「この世界は地獄じゃないし、地獄にしちゃいけない。
そして、光はこんなにも私達に降り注いでいる!
嬉しいことも、楽しいことも、たっくさんある。
だからこそ、私達は神様に創造されたの!」
オレ達は見つめ合い笑顔で首肯した。
「ユキアありがとう!」
エステルは心中の熱い想いが迸って、言の葉という音を奏でる。
「ソフィア教の教義に納得できない訳が、お陰ですっきりと理解できたの。
神様の霊魂はそれ自体初めから存在していたもの。
でも、私達の霊魂は神様に与えて頂いたもの。
同じようでも異なると思うの。
だからこそ、私達は神様に感謝する心持ちを、絶対に失ってはならないの!」
「その通りだな」オレは心魂から同意して熱を込めた。「エステルは神に愛されてるから、霊魂以外にも神の恩寵を授けられているけどね。
擦れ違う人が振り返って二度見する美貌の麗人だし、天使を想像させる清澄で切なくなる程の美しい聲を持ち、歌手みたいに歌がものすごく上手いっ!」
オレは、ぽろりぽろりと心の聲を洩らしていたことに気付き、真っ赤になってしまう。
「そんなこと言わないで! 今してる話はそういうことじゃないでしょ?」
エステルは再び赤薔薇になって、頬を少し膨らませて横を向く。
「ごめんごめん」と焦るオレ。「ついうっかり、思ってたことが口から洩れてたみたい」
エステルは外方を向いたまま。
「本当のことを言っただけで、ふざけてる心算はないし……」エステルからの応答はない。
「そーだっ! そろそろ昼餉にしようよ。
オレ、エステルが絶対に美味しいって喜んでくれると、自信を持ってる料理人のところへ案内しようって決めてたんだ。
きっと、機嫌も直してくれると思う」
あたふたしてるオレが、おかしくなったのだろう。
エステルは、くすくす笑って小さく頷いた。
ほっとしたオレは、安堵してシュラークーサエ市街に一旦足を向ける。
市街の裏通りから港に入り、オレ達は聖エレミエル号に乗船して、そのまま厨房に入った。
ちょうどもう直ぐシエスタ。
厨房は活気に満ちて、皆が溌溂と働いている。どこもかしこも磨き上げられ、手入れの行き届いた清潔な厨房だ。
オレは、エステルはをローザとランブラに紹介する。
二人は、オレが行き成り美少女を連れてきたことに、少なからず驚いていたが、昼餉の依頼を受けると嬉しそうに快諾してくれた。
厨房の一角に用意してくれた、純白の布が覆う卓子に、オレ達は並んで座った。
そこからは、料理人や給仕達の動きが、全て見渡せる。
ローザは火が消えかかっていたパン窯に木炭を追加した。
杖を一振りして木炭に火を熾すと、あっという間に火力が増す。
そのパン窯に、ルムウベッタっを練りこんだガリアスパンーー幅4インチ位の棒形になったーーの生地を二本、黒オリーヴァを詰め込んだフォカッチャの生地を二つ入れる。
それから、ずらりと並ぶ調理用竈の右端から二つーーオレ達から一番近いーーに木炭を積み、杖を二振りして火を熾す。
左側に大きな鍋を乗せ水で満たし、塩を振り、生きているファルケルを二匹放り込む。
右側の竈には炭火焼用だと思しき網を乗せた。
ランブラはオレ達の卓子の前に立つと、杖を手前に引き少しずつ方向をずらし動かす.
左手に持っている銀盆に、次々と食器が飛んできて整然と並ぶ。
料理人と給仕が行きかう中、それらは邪魔しないよう、彼等の頭上を飛んでくる。
ランブラは揃った食器を、優雅な所作でオレ達の面前に用意してく。
それが終わると、ローザの背後の調理台に、皿やパン籠、調味料、まな板等を杖を駆使して準備する。
ローザの作る料理が以心伝心でわかっているのだろう。
目線をローザに戻すと、パン窯からガリアスパンを取り出し、籠に入れた。
ガリアスパンが放つ馨ばしい馨と、ルムウベッタの甘酸っぱい馨が混然となって、オレ達の鼻腔をくすぐりながら流れ込む。
それから茹で上がって、赤く変色したファルケルを鍋から取り出し、まな板に置く。
ファルケルを、ランブラが杖で包丁を操り、鮮やかに見事に解体し、ローザが身を取り出して調理して銀の大皿に盛りつける。
その後ローザは、再びパン窯からフォカッチャを取り出し、先刻とは別の籠に入れた。
フォカッチャのおいしそうな馨と、黒オリーヴァの爽やかな香が絡み合っている。身を翻したローザは、網に乗せたビーム肉を、杖で火加減を微妙に調整して、その旨味のある肉汁を零さないよう、丁寧に焼き上げる。
食欲を強烈に刺激するビーム肉のこんがりとした馨がオレ達に届く。
ランブラは二つのパン籠、フルッタ・インサラータ、ファルケルの塩茹でとそのタレ、葡萄酒、蜂蜜酒と二種類のクリスタッルム製の酒杯を用意する。
まずは、酒杯に葡萄酒を注ぎ、ファルケルを金の模様が美しい銀の取り皿に給仕した。
こうしてオレとエステルの昼餉が始まる。
エステルは飲んだり食べたりしなする度驚喜して、惜しむことなく賞詞を連発する。
オレは、エステルのことを純朴な女性なんだなと思いなんだかそれが嬉しい。
と、ローザがビーム肉の炭火焼を、予め熱してあった木枠にはめ込まれた鉄板に盛りつける。
おそらく葡萄酒を使って作ったものだと思わせる馨の特製ダレをの肉の上にかけた。
ジューっ、という音と、バチッバチッ! という弾ける音が、肉料理の醍醐味を引き立てる。
「ごめんなさい、少し手を止めて下さい」ローザはにっこり笑った。「最後の仕上げをします」
ローザは、二皿のビーム肉一つ一つに、杖を1回ずつ振った。
杖先から飛んだ火は、ボッ! とビーム肉を覆って一瞬間華やかに燃え上がって消えた。
その直後、芳醇な馨が奔流となる。
「どうぞお召し上がりください。ビーム肉の炭火焼フラムマの馨仕立てでございます」オレにはローザが、エステルにはランブラが、ビーム肉を切り分け、取り皿に給仕した。
オレ達は、はふはふしながらそれを口に入れ、とろけるビーム肉を呑み込んだ後、その美味しさにの余韻を楽しみ陶然としている。
ローザとランブラはそんなオレ達に、優しい笑みを注いでくれている。
「絶品っ! 美味しいという言葉では届かない美味さだな」オレは歓喜した。
エステルは造次絶句したあと「ビーム肉はよく食べるけど、これほど美味しいのは初めて!」
ローザは会釈を返す。
オレ達は余すところなく昼餉を楽しみ、最後はローザ特製ティラミスで締めくくった。
目の前で観ることができた恰も見世物同様の、ローザとランブラの料理人と給仕としての素晴らしい腕前に、エステルはすっかり魅了されている。
ご満悦のオレ達は、ローザとランブラに心からの礼を告げた。
ローザとランブラは上甲板まで昇り、オレ達を見送りに来てくれたのだが、オレはそれがとても嬉しい。
ローザが「あの私たち姉妹と、どこかでお会いしたことはありませんか?」エステルに尋ねる。
「いいえ。初めてです」とエステル。
「そうですよね。お客様のように美しい方と似た人に、どこかでお会いした気がして。
大変失礼しました」
エステルは「気にしないでください。時々同じようなことを訊かれるので」蠱惑的な謎めいた笑みを魅せる。
※※※※※
ユキア様達と入れ替わりに「ローザ、ランブラ、オイラも腹ペコでござるっ!
急いでいる故、弁当でお願いするでござるっ!」オイラは聖エレミエル号の厨房に飛び込んだでござる。
チュチュは、オイラの腰袋に隠れているでござった。
※※※※※
オレとエステルは、シュラークーサエ観光に戻って行く。
エステルの話によると、シュラークーサエにはサンタ・ルチア聖堂という、聖女ルチアに捧げられた聖堂があるとのこと。
オレ達はそこに向かうことにした。
「飛び切り美味しい昼食だった。」エステルはその花顔を耀かせた。「超一流の料理人と給仕人の腕も、目の前で見ていたから食欲が刺激されて、その手際に感動してあっという間の時間だった。
本当にありがとう。
ごちそうさまでした」
予期してなかった幸福に、エステルは聖エレミエル号を下船してからも、まだその余韻に浸っていた。
オレは思う。
昼餉をローザとランブラにお願いして大正解だった。
二人に感謝だな。
お陰でエステルの機嫌もすっかり良くなったし、後日改めてお礼しよう。
「喜んでくれてよかった。
今日はエステルが案内役だけど、昼餉だけはローザとランブラにお願いしようって決めてたんだ」
オレ達は足取りも軽く港を出てサンタ・ルチア聖堂へと向かう。
「サンタ・ルチア聖堂は」エステルがその地の紹介を始めた。「海滅時代に一度再建されてるんだって。
再建前の旧い部分は、入り口と聖堂の後陣に保存されているみたい」
聖堂の地下に、聖女ルチアの墓地があった。
オレ達は黙祷を捧げ、そこを後にする。
エステルは「もう一ヵ所、聖女ルチア様の名を冠した教会があるの。次はそこに行きます」案内を続けてくれる。
それは、バロッコ様式の大建築物だった。
名は、サンタ・ルチア・アッラ・パディーア教会という。
複雑だが、動館に溢れた華麗な教会だ。
オレ達は祭壇前で、黙祷を捧げ立ち去る。
「教会巡りはこれでお仕舞」教会を後にするとエステルは安堵したようで「聖女ルチア様ご加護が、必ずユキアの起こった右目を守り、視えなくなった左目にも、きっと何かの恩寵を与えて下さる気がするの」
宛ら預言者の如く、厳かに左目の未来を予測するエステル。
その予言に、幼き頃老師クーゴ・マゴに知らされた記憶が戦列に甦る。
『底翳となった白眼にも、秘められた眸術があるでござるよ。』
既に緋隻眼もいくつかあるとされる眸術の一つ、緋隻眼ノ術・明が発動できるようになっている。
然し、エステルは言うまでもなくそのことを知る故由は無い。
「エステルの予言は的中すると思う」驚きつつオレは教えた。「白眼となった左眼には、秘められた眸術があるらしいんだ。勿論緋隻眼にも」
エステルは次の目的地へと歩きながら「眸術? それはどんな術なの?」
「オレも詳しいことはわからない」一度首を横にふり「今日エステルがオレの為に聖女ルチアに縁のあるある3つの教会で、その答えに近付いていると思う。本当にありがとう」
「そうだったら私嬉しいな。その術を使う度に聖女ルチア様と私のことを思い出してもらえるから」
最後の方はもごもごと聞き取りにくい語勢でエステルは歩くスピードを上げた。
女性の感情には鈍いと、自他共に認めるオレにも、エステルが照れているように見える。
エステルが自分を悪く思ってないことを感じて、オレはほっとして嬉しかった。
相手は深窓の佳人でオレは海賊。
怖がれたり、嫌われても仕方ない。
然も、オレの左眼はヤッパリ醜いのだから。
エステルの優しさが、オレの心魂に光の泉を油然と湧きだしていく。
「神様はきっと」エステルは一度言葉を切って考え考え言う。「誰かが何かを、大切なものを失っても、それに代わる賜物を与えて下さるんだと思うの。
私も幼い頃大好きだった父を喪って、悲しさと寂しさの大洪水に溺れかけたけど、神様は私にピアノを弾くことと、歌を歌う喜びを与えてくだっさたもの」
しみじみとした口気の中に、神を信じて疑わない信仰心があった。
そんなエステルが、オレには眩しすぎる程に。
エステルも、父親を失った時に、あの漆黒の闇と対峙したのかもしれない。
なんとなれば、、人は悲しさや、寂しさ、苦しさを乗り越えるたびに、優しくなれる筈だから。
「オレもその通りだと信じる」オレは自分自身に断言する語感で誓う。
エステルは黙って、コクンとした。
オレ達は市街を東の海岸方向に進んでいたが、その手前の街角で、赤いパラソーレの露店に立ち寄る。
そこはジェラート店で、若い女性が独りで営業していた。
その女性が「あら? エステルじゃない! いつシュラークーサエに戻ってきたの?」と驚喜して問いかける。
「ヴェロニカ、元気そうね!」エステルはどうやらこの店を目指していたらしい。「1週間前に戻って来たばかりよ。
今日はあなたの美味しいジェラートを、ユキアに食べさせてあげたくて一緒に来たの」
ヴェロニカは、エステルの眼差しの先にいるオレを見た途端「え!? もしかして、いやもしかしなくても、あの噂の海賊英雄って……」
彼のことよね? とヴェロニカの眼が語っている。
「そうよ」エステルはさらりと言って、「ユキア、ここのジェラートはとぉーっても美味しいの。
そもそも、クルクス島のジェラートは世界一って言われてるんだけど、その中でもここのが、私は一番大好き!
一緒に食べませんか?」
「おおー! そうなのかぁ、じゃあ是非!」
「エステルはいつものでいいのね?」
「そ、葡萄味で!」
ヴェロニカにそう答え、両手を後ろで組み、爪先で立ったり、踵で立ったりを交互で繰り返すエステルは「ユキアは何味にしますか?」と楽しそうに訊く。
「そうだなぁ……、じゃあ苺味でお願いします。二つでいくらですか?」オレは財布袋を取り出す。
「お代はいいわ!」ヴェロニカはにこにこ顔で「エステルが彼氏を連れてきたのは、今日が初めてのことなんだから。お祝いよ!」
赤薔薇になったエステルは「まだそんなんじゃないから」両手を振った。
「まだ、なのねー?」ヴェロニカは2人をそれぞれ見てから「じゃあもう直ぐってところかな? エステル、顔が真っ赤になってるわよ!」
ヴェロニカは全く悪気はないのだろうが、エステル、をからかい、手際よく包みに入ったジェラートをオレに差し出す。
それは二つに割ったパンに、冷たいジェラートがたっぷり挟んであり、オレが初めて見たものだ。
一つをエステルに渡しお代は本当にいいのかな? と彼女とヴェロニカに緋隻眼で問うオレ。
笑みで答えた二人に「ありがとう! じゃあ遠慮なく」オレは礼を伝え、早速一口がぶりと頬張った。
エステルはオレを、ジェラートで顔を隠すようにして、その様子をそっと観察している。
ジェラートのねっとりとした食感と、濃厚でまろやかな美味しさが、意外にもパンの仄かな甘さと、とてもあっていてオレは驚く。
これは美味いっ! 思わず貌が綻ぶ。
そもそもパンが好きなオレにとって、この新たな発見は、大きな感動を与えてくれる。
レイヤザザ、チュチュにも食べさせてやりたいな。
そう思い描き、ユキアは食べていく。
エステルはオレの反応を確認してから、漸く自分のジェラートを口にした。
そんなエステルをヴェロニカは姉のように見守っていたが「あなた、噂によると若いのに凄い海賊らしいけど、エステルを泣かしたら、世界中の男性諸君を敵に回すことになっちゃうからね!」
オレを脅すと、陽気に聲をあげて笑う。
その脅しにオレとエステルは、面を見合わせ視線が重なってしまった。
その瞬間、弾けるように目を逸らす二人。
「はいはい、ご馳走様」ヴェロニカは2人の背中を海岸線の方へ押して「そこに有名なあなた達がいると、アタシの商売の邪魔だから、海にでも行って語り合いなよ」
追い払われたオレとエステルは、ヴェロニカに礼を言って、2人して照れながら海へと向かう。
※※※※※
「チュチュ、ユキア様が海に向かったでござる。直ぐにあれを食べるでござるよ!」
ザザはユキアが立ち去ったのを確認して、急ぎジェラートの露店に向かう。
「チョッコラートを二つでござるっ!」元気よく飛び込んだでござる。
※※※※※
海岸線を散策するオレとエステルに、そよ吹く風が檸檬の馨を届けてきた。
海の上空には、海鳥の群れ。
オレ達の眼前には海浜公園が現れ、その向こう側に海水浴場が望見できた。
平日の木曜日だが、海水浴場は思いのほか賑わっている。
海の家が軒を連ねていて、どこも盛況だ。
そのうちの一軒は、海上に建てられ、二本の桟橋を備えている。
海から船でやってくる客の為の店らしい。
小型帆船が10隻以上繋留されている。
オレ達は海水浴場に隣接する、白亜の海浜公園に向かった。
中央に白大理石の大きな噴水があり、鮮やかな極彩色の様々な熱帯魚が泳いでいる。
ジェラート、ピッツァ、軽食や飲み物の露店が営業していた。
オレとエステルは、人が近くにいない公園の片隅にある長椅子に腰かける。
ヴェロニカのジェラートはとっくに食べ終えていた。
オレ達は暫くの間、静かに蒼空と滄海を眺める。
どちらも神の絵筆によって寝られた靑だが、微妙に違う色彩は、何れも美麗だとユキアは思う。
「シュラークーサエはオレの故郷にも勝るとも劣らない街だね。
美しく荘厳な数々の建築物と調和している街並みと海、巴旦杏、檸檬、橙、苺と少し甘い潮の馨。
陽気で親切な人々。
「マグダレナ夫人に言って頂いた通り、またいつか、ここに戻ってきたいな」
すかさずエステルは、念を押してくる。
「きっとよ! その言葉を忘れないでね」
「いん。わかった」
「ユキアはレムスに何の用で行くの?」
「内緒に知るって約束してくれる?」
「約束する!」
「実はギルド・アルカのモンテ・ブカ親子にオレ達の船を建造してもらってるんだ。
でも、海賊船だから表立って建造できない。
そもそも、モンテ・ブカ親子は、この海域で最大勢力を誇る海賊艦隊の頭目、海帝の船を建造する為に拉致されていた。
勿論それを嫌がっていたよ。
でも二人は、オレ達の船なら是非建造させて欲しいって言ってくれたんだ。
オレ達が海賊だと知った上でね」
「二人はユキアに救ってもらった恩返しがしたいんだと思うの」
「うん。エステルの言う通り」ユキアは深慮した思いを紡ぐ。「でも神聖ロムルス皇国も海軍賊の親玉だから、この先オレ達と闘うことが絶対にないとは言えない。
それを考えると、オレ達の船を建造してもらっていることが、後々モンテ達に迷惑になりはしないだろうかと……。
だから内緒にして欲しいんだ。
今なら、まだ船も持ってないたった3人の海賊だなんて、海賊とは言えないから」
「どんなことがあっても、絶対誰にも言わない。だから心配しないで」
エステルは決然たる態度で断言した。
「モンテさんは、ユキアの危惧を覚悟の上で船を建造して、恩を返そうとしたんだと思うの」
「オレもそう思う」オレはぽつりと一言。
エステルはそんなオレに、
「モンテさんも、私も、もしユキアがこの国の海軍賊と闘うとすれば、それはその海軍賊に非があると信じられる」
信頼と自信を込めて言葉にしてくれた。
「ありがとう! そう言ってもらえると嬉しい」
「そっか、てことは」何故か喜びを隠すように「船が完成するまで、ユキアはレムスに滞在してるってことね」
「うん。他に人捜しもしなきゃいけないしね。
仲間の一人はモンテ・ブカ親子に同行して、既に人捜しをしてくれてるんだ」
「どれくらいで船は完成するの?」
「んーわかんないけど半年もあればって感じかな。
最高の船を建造して欲しいから、納期は敢えて決めてないんだ。
だからもしかすると、もっと時間を必要とするかもしれない」
「18歳で自分の船を持つなんて、やっぱりユキアは凄いのね。
船はかなりの費用が必要でしょ?
ユキアはもしかして、元々資産家の御子息なの?」
「や、どういえばいいんだろ?」オレは答えに困った。「正確にはちょっと違う気がするけど、それに近いかな。
でも、親とはまぁ色々あって……うん。
だから船の建造費用は自分で調達したんだ」
「えーっ!」エステルは驚愕して「数億ドエルンは必要でしょ?
どうやってそんな大金を手に入れたの?」
「クレブリナ海賊団から奪った船と、それに積み込まれていたお宝を売ったんだよ」
「な-るほどね」納得顔のエステルだったが「親とは色々あってって言ってたけど……仲たがいしてるの?
答えたくないなら答えなくていいの」
「うん。仲たがいというか、別々の道を歩んで行ってるって言えばいいのかなぁ」
「ごめんなさい。余計なことを訊いて」
謝るエステルに、オレは気を遣わせたくなくて「気にしなくていいよ」と柔らかな聲を掛け「エステルは多忙で、有名な人みたいだけど、何をしてる人なの?」質問をすることでさり気無く話題を変える。
「何をしているように観える?」
茶目っ気たっぷりにくすくすと笑うエステル。
「私もレムスには、お仕事でよく行くの。
近いうちにもまた行くことになってる」
「うーん……深窓の令嬢の多忙な仕事って何だろ?
ピアノが弾けて、歌が物凄く上手だから、有名な聖歌隊の一員とか?」
「そうねー、そんな感じかも?」
絶美の佳人エステルの微笑に、オレは目が眩みそうだった。
潮風がエステルの桃色の長い髪を、さらさらと流す。
すると、ふんわりとあの優しい馨が漂う。
「先刻ユキアが言ってた通り、シュラークーサエは、香り豊かな街なの」
エステルはすーっと深く息を吸い込む。
「春はまず、苺と巴旦杏、夏から秋にかけて葡萄、橙、オリーヴァ、冬には海からの潮風。
一年中良い馨でこの街は良い馨で馥郁としてる」
そう言って何故かエステルは俯いた。
オレは喉まで出かかっているに言えない
ーーレムスでも会いたいと。
エステルも何か言いかけたが、口を噤む。
オレは、エステルが何を言おうとしたのか、気になって仕方ない。
その刹那、2人の目線が絡み合い、2して首から上が真っ赤になっていく。
※※※※※
「あーあー、2人して赤くなって、あれじゃ酔っ払った小猿でござるよ。
海浜公園の木陰から『ユキア様の警護任務』と称して見守テルザザがぼやく。
チュチュは毛繕いをしている。
「時にチュチュ、お主はなに故、ユキア様の後を追って飛び出したのでござるか?
結局オイラと同じで、ユキア様の様子を見守っているだけでござるが。
もしかしてお主、マニアコでござるか!?」
「ヴゥーグルル……」
「何で怒るでござるか? オイラ陰ながら警護の任、抜かりないでござろう」
ギロリと睨んできたチュチュに鼻白むオイラ。
されど、ユキア様も女人を相手にするのは、まだまだ子供でござるな」オイラは腕を組む。
「オイラだったら、もっとこう、男らしく……然れどもあの女性とはいつ会えるのかもわからぬでござるし……。
あっ、おっ、ギリでござろう」
やっぱりその女性の話を、実は誰かに聞いて欲しいオイラにおそらく呆れたのでござろう。
チュチュは面倒くさそうに後脚で耳の裏を掻く。
が、その直後ピタッと動きを止めた。
背と翼が灰黒色、帰路の腹に黒灰色の黄斑の見える隼が上空をかけている。
チュチュは、道具袋の中でかで立ち上がり、その尖鋭な眼光を隼に突き刺した。
隼は、鏃宛らのそれから逃れるように、一度旋回して飛び去る。
※※※※※
楽しく充実した刻が過ぎ去るの早い。
別れの刻が、オレとエステルに近付く。
夕闇がおりてしまう前にと、仕方なく海浜公園を出て、オレ達は教会へと向かう。
残された時間が少ないのは確り認識しているのだが、オレ達は段々と口数が少なくなっていく。
エステルにいつレムスに来るのか、とオレは聞きたい。
エステルも何か言いかけては口を噤むを繰り返していた。
「あの、チュチュに行って欲しいの。
名づけの親を忘れちゃだまなのって」
俯き吐息をつく。
「わかった。ちゃんと伝えておくから」オレは、言い出せない想いを胸にしまって、素直すぎる返事。
貌を横へ向き、エステルに築かれないよう、オレも吐息を洩らす。
オレ達の歩く速度は、少しずつゆっくりとしたテンポになっている。
でも、教会にはどんどん近くなっていく。
到頭、オレ達の口から言葉は消えてしまう。
程無くしてーー遂に協会に到着してしまった。
オレは龍革の道具入れから、三つの箱を取り出す。「これをエステルに贈ります。
昨日の素敵な歌と、今日のお礼に」
10インチ弱の細長い紅の箱を手渡した。
「これはマグダレナ夫人に渡して欲しい。
代母になって下さり、今日こうしてエステルと過ごす時間を与えて得下さったお礼に」
直径5インチでやや楕円形の皓い小箱を預けた。
「こっちは、モヨリ司祭に。昨日の秘蹟をお授け下さったお礼に」
4インチ正方形の木箱を渡す。
「ありがとう。でもお礼なんて……」
受け取れないと言わせなない為、
「おれのせめてもの感謝の気持ちなんだ」
とオレは遮った。
「じゃ折角だから」エステルは麗しい笑みが咲く顔容で「私のは今ここで開けていいかな?」
「勿論さ。開けてみりといいよ。気に入ってくれると嬉しい」
オレはそう答えると、操の印を立て「隠遁、影隠れノ術」無清音で術を唱えた。
※※※※※
私が箱を開けると、白金の十字架の中心に純金の首飾りがあった。
その中心に値段の想像ができない直径1インチの金剛石が嵌めこまれている。
私が十字架に触れると、不思議なことに、金剛石は彼女の髪の色と同色系で、透き通った桃色の美しい光輝を煌々と放つ。
私は陶然とさせられ「とっても綺麗……。
これは何の宝石なの?
金剛石みたいだけど色が……?」面を上げると、ユキアの姿がどこにも見当たらない。
どうして何も言わずに姿を消したのかな?
結局、レムスでも会いたいって言えなかった。
それにしても、ユキアはどこに消えたの? 然もどうやって?
怪訝な出来事に、四囲を見渡したがやっぱりユキアの姿はない。
でもユキアと会うための手掛かりはある。
ギルド・アルカ。
そこで、ユキア達の船が密かに建造されているのを、私は知っている。
ふと私は、昨日詠唱することなくユキアがリベルを呼び出したことを思い出す。
多分何かの術でユキアは姿を隠したのね。
エステルは触れると桃透色になる宝石首飾りを見つめて、ユキアと過ごした刻を実感して微笑む。
ーー神様、どうかユキアと再会させてください。
と、私は黙祷を捧げる。
「レムスで私を見つけてね! また会えるって信じてるの。
でも、会えなかったらどうしよう?
ギルド・アルカに連絡してユキアを探したら、私嫌われちゃうの?」
私の前に広がる糸杉林の正面の一本が、その影を微かに揺れたような気がした。
風の所為かな?
「ユキア、私どうすればいいの?
私達またねって挨拶も、次に会う約束も出来なかったし……」
姿を消したユキアにエステルは訊いた。
返事が返ってくることはなかったが、それでも私は三つの箱を大事に抱きしめた。
きっと、レムスで再起できると信じて。
読んで頂きありがとうございます。
駄作ですが、批評も含め、ご感想を頂けると喜びます!
評価✩✩✩✩✩やブクマをして頂けると更に喜びます!
長い物語ですが、様々な要素で楽しんで頂けるよう努力してます。
これからの物語も是非読んで頂けますように・・・。 m(_ _)m




