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13.ティターン海の十字架 クルクス島

読んで頂きありがとうございます。

この章から読まれた方は、是非【ユキア・サガ 航海① ネフシュタンの魔片 第一巻 第1章】から読んで頂けますと、幸甚です。


 聖エレミエル号は、更に3日バルセルンに停泊する。

 クルクス島シュラークーサエでの滞在期間も含め、レイ達に遅れること半月少々で、レムスのオスティア新港に到着する予定。

 バルセルン港は、オロアルマダ帝国の東端近くにある。

 国内第二の港として、夜明けから日が暮れるまで賑わい、活気に満ちていた。

 大型帆船を100隻程度は繋留可能。

 帝国海軍の東の拠点の為、軍艦や海軍賊の船がその約三分の一を占めていた。

 隣国ガリアス王国が、神聖ロムルス皇国と戦争中だが、現在は目立った動きはない。

 最近ではこの港を経由して、ガリアス王国にマルセル島に向かう船がちらほらいるという。

 戦時中の為武器、武具、弾薬、食料が破格の値で飛ぶように売れるからだ。

 だが、神聖ロムルス皇国の海軍賊に拿捕されたら、罪にも命も失うことになる。

 ティターン海や、アトラス海周辺諸国の交易の多く種類の品目が、この港に集まり荷揚げされていた。

 そんな中、神聖ロムルス皇国の聖エレミエル号は、取引品目で他国と明確に違う点が一つある。

 国教がメシア教カットリチェシモで、その総本山ラティウム都国の剣と盾と尊称されるこの国は、一切、奴隷貿易をしていない。

 オレは、メシア教カットリチェシモの信徒として、誇りであり、嬉しかった。

 人間は、ヒト族も亜人賊も等しくそれぞれの生命の能力や特性を活かして、自由に幸福を手にする権利を、神から与えられていると、オレは信じている。

 その能力や特性が、神から与えられた賜物だということも。

 幸福な未来を追い求め、直向きにぶれることなく、失敗を恐れぬ勇気をもって歩む者を絶対神は見捨てたりしない、

 その為に、神は誰に対しても守護天使や守護聖人を救いの手として一人一人を導いておられるのだ。

 だから人間が、誰かの大切な人生を自由に歩む権利を奪うことは、如何なる場合も赦されない。

 それは、神を否定し、神には反逆する行為なのだ。

 況してや、人間の命を奪うことは、それを超える重い重い重罪だった。

 そのことを思う時、オレはたとえ義勇の為とはいえ、返り血を浴びた自分の血生臭さに、自責と嫌悪の念で()せ返る。

 それ故、レムスに足を踏み入れる前に、オレはクルクス島に向かっているのだ。

 バルセルン港から乗船してきた旅客達もいる。

 首の左に『URSUS』、右に『00158』と入れ墨された男とその仲間が乗船してきた時、聖エレミエル号の乗客達が俄かにざわついた・

 この連中こそ、キラが話していたクィーンズティアラのウルスス刑務所の模範囚と看守で構成された、トレジャー・ハンターだったからだろう。

「奴等クィーンズティアラの最凶犯を収容しているウルスス刑務所の囚人どもだぜ」

「巷で噂になってるクィーンズティアラのトレジャー・ハンターがあいつらなのか?」

「そうだ。首に00158と入れ墨されている眼光鋭い筋肉質な男、あいつは殺人罪で無期懲役になったハンター・ゴールドに違いない。

 証拠は腰に装備しているヌンチャクさ。元格闘士で武術の達人だ。

 他の仲間も凶悪犯ばかりさ。

 ウルススは、無期懲役か、終身刑の者しかいないからな」

「ってことは、聖遺物か幻玉を狙っているってことか」

 噂話をしている乗客達は、過去オレもそうだったが魔遺物の存在を知らない。

「じゃあ、あの人達を追えば、聖遺物か幻玉を横取りできる可能性もあるってことなのね。

 一体何を狙っているのかしら?」

「奴等からお宝を横取りしようと実行しようとする奴は命知らずの剛の者だけだよ。

 あんたみたいな女性やオレ達には縁のない話さ」

「その通り、」因みに小耳にはさんだ噂によれば奴等の狙いは、桃金剛石(ピンクダイヤモンド)らしいぜ」  

「ふーん、聖遺物や幻玉は、何らかの効果や能力を当ててくれるって話だけど、其れにはどんな効果や能力があるんだ?」

「えーっ! 知らないの? 世界中の女性が手に入れたいと思っているものよ! 

 手にした人は永遠の若さと美貌を得ることができるのよ!」

「成程、クィーンズティアラのの女王は是が非でも手に入れたいと願っていることだろう」

 オレはこの話を知った上からには、シュラークーサエに到着したら情報をキラに知らせようと考えた。

 それ同時に、オレは大切なことを忘れていたことに気付く。

 キラ、ナーヌス親子、護身の為の術を封入した札を渡す約束をしていたことを。

 シュラークーサエに到着したら、忘れずに術札も一緒に送ろうと、オレは頭に叩き込む。

 クィーンズティアラのトレジャー・ハンター達は、乗客達が自分達を見て、ひそひそ話をしていることに気付いている概だったが、我関せず、と言ったところだ。

 然し、一風変わった3人組が乗船してきた時、ハンター・ゴールドの眼の底に、殺気に似た鋭い光が過ぎる。

 それに気づいたのか、他の仲間連中の顔色が険しく一変。

 凛々とした高潔さをまとう女剣士。

 明るく優しさがにじみ出ているメシア教修道女。

 近寄りがたい妖しさを強烈にはなっている女武人。

 女剣士と修道女はそっくりで、双子姉妹かもしれない。

 修道女を除く、2人の闘気は、オレやザザのも感知できる程。

 ひょっとすると、彼女たちもトレジャー・ハンターかもしれないと、オレは推量した。

 この二組の間を、珍しい角鰐の武具を装備した格闘士らしき灰熊の獣人が乗船して、無遠慮にどかどかと横切ると、ウルススの連中は看守に従い船室へ向かう。

 他に乗船してきた乗客は一般客は僅かで武人や術士の姿が目立つ。

 彼等武人や術士は、クルクス島のシュラークーサエに向かっているのではない。

 なんとなれば、その目指すところは、レムス以外考えられないからだ。

 悠久の時を都市全体に刻む、世界史の証人レムス。

 世界中の武人や術士達が、その腕を命懸けで闘う地でもある。

 そこには海滅時代を遡る超古代に建設され、今も尚生き続けている遺跡アピチアートルムーー円形闘技場ーーが、彼等の血と汗と涙で醸造した美酒を求め待ち構えているのだ。

 そこでは、格闘士、剣闘士、術士達が死力を尽くして闘う、世界で一番有名で権威ある大会『モノマキア』が開催されている。

 好機(チャンス)があればオレもモノマキアに出場して腕試しをしたいと、ひそかに狙っていた。

 レムスの円形闘技場には、神聖ロムルス皇国のみならず、世界中各国の代表的な強豪、猛者が参戦する。

 宛ら、世界大会といった格があるのだ。

 武人や術士達は、モノマキアに出場できなくとも、観客として生の闘いを観戦し、自分の水準(レベル)を推測して、己の鍛錬に励む為、レムスの円形闘技場へ蜜に群がる蝶になって吸い寄せられていく。

 一方で下船する乗客達もいたが、こちらは商人や観光客ばかりだった、


 ※※※※※


 聖エレミエル号では、強制的にオレとザザへ船長室を宛がわれている。

 オレは何度も断ったが、船長はオレ達の荷物を士官達に運ばせ、自らの荷物はすっかり持ち出してしまった。

 船長なりの謝罪と厚志、感謝の気持ちなのだろう。

 そう思うと、オレは無下に断れなかった。

 旅の間意外だったのが、ザザの行動。

 レイの拳骨効果か、細々と甲斐甲斐しくオレの身辺の世話をしてくれている。

 勿論俺は自分のことは自分でしたかった。

 でも、ザザの一生懸命な姿を見ると何も言えなくなってしまう。

 朝、太陽が姿を現すと、まずは朝の祈りを捧げる。 

 朝餉まではチャクラを煉ったり、自重筋肉鍛錬(筋肉トレーニング)等をみっちりこなす。

 朝餉を済ませたら、ザザと将棋を指したり、術の封印札を準備したり、聖書を読んだりして、ゆっくり静かな時間を過ごした。

 時には、ローザとランブラがいる厨房に行き、パンを焼かせてもらう。

 ルムウベッタの入ったパンと、糖蜜ドルチェを焼いて、船長を呼び、ランブラが用意してくれたトゥルケットを飲みながら皆で食べた。

 オレの腕は職人顔負けの一級品だと、ローザとランブラ、船長は唸った。

 シエスタになり昼餉を摂ったら、オレとザザは2人仲良くすやすやと昼寝する。

 目が覚めると術の研鑽に励む。

 夕餉を含む全ての食事を、オレ達は船長室で食べていた。

 ローザとランブラが、乗組員の目を気にしていることにオレが気付いたから。

 だからいつも4人で、船長室の木目の美しい樫の卓子を囲んで楽しんでいる。

 夜、乗客達が寝静まると体力、持久力を向上させる為、目から下を隠す仮面を着想してオレ達は船上あらゆる場所で鍛錬を積んだ。

 こうしてクルクス島までの旅を過ごした。

 そんな日々の中、実はザザが黒猿の獣人だったことを知る者は美人姉妹しかいない。

 船長達はナーヌス親子同様、クレブリナ海賊団に捕らわれていたのだろうと思っているようだ。

 聖エレミエル号の乗客達は飽きることなく、オレがクレブリナ海賊団を退治した話で持ち切りになっている。

 乗客や乗組員達は、オレが4人の倒した場面しか見ていない。

 ローザとランブラが、その後の闘いの話を知っていた。

 でもオレから「知らないということにしておいて」頼まれているから誰にも話をしていない。

 そういう訳で、オレが4人を斃した後、どうやって海賊船を奪取し、海賊達を撃退したのか、様々な憶測が飛び交っていた。

 バルセルンから乗船してきた武人や術士に、それが耳に入るのは自然の流れで、誰にも止められなかっただろう。

 蒼茫たる空が広がる某日午前中のこと。

 雲一つなく、何処までも澄み渡っている大空は爽快で美しい。

 オレはいつも通り、ザザと美人姉妹と朝餉を頂いた。

 その後、上甲板に用意されている卓子と椅子の一角に陣取り、聖書を読んでいた。

 ザザと一緒に。

 心地よい海風と波浪の二重奏に、食後の満腹感も手伝って、不意に眠気を感じた時、独りの武人がオレに歩み寄って来た。

 貴重で値が張る防御力と攻撃力を兼ね備えた角鰐の武具を装備した、灰熊の獣人。

 1フィート近い槍の穂先に似た右肩の肩当てが、それは武器だということを示している。

 但し、モノマキアの格闘士として闘う際には、武器は使用できないので、外さなければならないが。

 オレは一瞬のうちに相手を観察した。

 身長は6フィート強、オレより2インチ高いってとこか。

 体重はオレの倍近いだろう。

 熊の獣人だけあって、首、両肩、両腕、胴体、両脚の全てが筋肉の塊。

 でも、両手首、両肘、両膝は筋肉のつけようがないから細い。

 関節技には脆いだろう。

 けど、あの両手の爪は鏃の如き鋭さ。

 人間離れしていて脅威だな。

「俺様の名はグリス・グルトンだ。見ての通り格闘士として飯を食っている。

 訊くが、クレブリナ海賊団をを追い払ったユキアってのはお前か?

 元格闘士だったディアス・バルボーザを倒したってのは本当なのか?

 お前の仲間だった言う銀狼の獣人と黒猿の獣人はどこにいる?」

 オレはあくびを我慢しながら「うん。本当の話だけど、あれはたまたまオレの幸運の突きが、逆撃(カウンター)になって当たってくれたからだよ。

 次やって闘ったら、オレ殺されちゃうよ。

 獣人の仲間達はもういない。

 別の船でレムスに直行したんだ」

 オレは真実と嘘を交えて返答した。

「まぐれ……か、どうだ、俺と撃を交わす勇気はあるか?」グリスはオレの答えと、噂になっている神が懸勝った闘いだったという話のどちらが真実なのか判断できてないらしい。

 でも、オレは無為の闘いをする気はない。

 撫養に争うことを、オレの儀が赦されない!

「や、だ、か、ら、あれは本当にまぐれっていうか、オレからしたら奇蹟だったんだ。

 海賊を退治したのも、仲間の獣人達だし。

 オレみたいな若造にそんな実力があるなんてありえないでしょ?

 そういう訳で、闘る気はありませんから」

 吹き出しそうなザザの愛を思い切り踵で踏みつけ、オレは小心者を装いきっぱり断る。

「フンッ、そんなところだろうと思ったぜ。

 あのディアスがお前みたいな小僧に斃されるなんて、俺も有り得ないとしか思えない。

 辰はオロアルマダ帝国では屈指の格闘士だった。

 だから仇を討ってやろうと思ってた。

 まぁいい。見逃してやる」

 グリスの話が終わらないうちにオレは「ありがとう!助かった」喜ぶ。

 オレの反応にkをよくしたのか、グリスは「お前達レムスに行くんだろ?」厳つい面構えを綻ばせて訊いてくる。

「うん。そうだよ。オレは朗らかに認めた。

「俺もだ。モノマキアの招待選手なんでな。気が向いたら観戦に来い」

「おー! 凄いな招待選手なんて! 是非()()()()()()()()よ !」

「そうか、あ、」いや、それなら俺様のアウトグラフィー(サイン)を書いてやらないこともないが」

「おお! マジッすか? お願いしゃす!」のりよくぺこりと頭を下げ、紙とペンナ(ペン)を用意してアウトグラフィーを貰う。

 ザザは再びユキアの踵で足を踏まれ眸が涙が滲んだ。

 痛みと面白すぎるオレの所為で。

 アウトグラフィーは何が書かれているのか、全然わからない。

「あざーす!オレが礼を言うと、グリスは自分を応援する者が増えたとご満悦。

 上機嫌で、船室へと戻って行く。

 一連のやり取りを、ザザは貌を真っ赤にして腹を抱え、笑いと痛みに耐え抜いた。

「ユキア様、人が悪いでござるよ! 足と腹が目茶苦茶痛いでござるっ!」

「ごめん、ごめん、けど他に言いようがないだろ?

 招待選手なら有名なのかなと思って。ピッコロなら知ってるかも?」とオレはすっ呆ける。


 ※※※※※

 

「神聖ロムルス皇国は数々の島々で構築されている。

 国内最大の島は、メシア教カットリチェシモの総本山、ラティウム都国が鎮座するロムルス本島。

 他に、サル。ディーニア島。

 昨年ガリアス王国から奪取したコリ・ス島。

 カプリ島。

 その他コルフ島等、世界的に著名な島々が多い。

 中でもシュラークーサエ島は、国内で2番目の広さ。

 ティターン海のほぼ中央海域、テュッレーニア海は、ロムルス本島、サル・ディーニア島、コル・ス島クルクス島で囲まれている。

 クルクス島は、巴旦杏(アーモンド)オリーヴァ(オリーヴ)檸檬(レモン)蜜柑(オレンジ)(かぐわ)しき島だ。

 島を囲む海はテュッレーニア海にありながらも、色彩が変化して冴えた紺靑色が美しい。

 一方で、海滅時代太古の昔から様々な衝突し、融合してきた複雑な歴史を持つ。

 それ故、党内には由緒ある教会や聖堂、多種多様な遺跡が、あちこちに点在している。

 聖エレミエル号がクルクス島の南東に位置する港湾都市シュラークーサエに到着したその日は、果てしなく透き通った空だった。

 仙人掌(サボテン)が生い茂る石膏のように皓い砂浜。

 青玉(サファイア)の海が、世界中の船を迎え、船旅に疲れた者達の心魂を癒す。

 オレはふと、聖母マリアがあの日十字架を見上げて流した涙は、この海と同じ色だったのではないかと思う。

 それは余りにも清麗で優しい。

 シュラークーサエには4日間滞在する。

 バルセルンの時とは違い、オレとザザは船を降りて宿に泊まることにした。

 シュラークーサエの港は、バルセルンの港より小さい規模だが、その活気と賑わいは勝るとも劣らない。

 オロアルマダ帝国、レオン王国、ギル・ス王国、クィーンズティアラ、ミツライムからの船が碇泊する大埠頭が並び、左のずっと奥に、 

 漁船の船着き場もある。

 古くからの港町なのだが、桃色、皓、黄色、水色の建築物が立ち並び、明るく溶け込んでいるので、それを感じさせない。

「ザザ、宿探しは任せた!」 オレは指示して「オレはこの島で大切な用がある。今から別行動をとろう」

「ではどうやって合流する心算でござるか?」

「じゃ正午に、港の入り口で待ち合わせしよう!オレはザザに財布袋を渡す。

「旅費位オイラもってりでござる」

「や、金貨を別にして持ってるからオレは大丈夫。

 だから、宿代はオレの財布袋からい払ってくれ。

 じゃ、また後で1」

 港町を抜けシュラークーサエ市街の向かって、おれはすたすたと歩いて行く。

「ウキッ! ユキア様っ!」ザザが大声で叫ぶ。「朝餉がまだでござるぅーっ!」

 でもオレはザザの視界から姿を消した。


 ※※※※※

 

「ん? 何故影隠ノ術を使うでござるか? オイラに知られたくない用件でござるな。

 むむ……斯様な時 、レイならどうするでござろう?」

 独り残されたザザは、腕組みして悩む。

 斯様なことが起こった時どう対応するか、ちゃんとレイに訊いておくべきだったでござった。

 全く困ったことでござるよ。

 ユキア様の命に従わぬわけにもいかぬでござるし、さりとてユキア様の行動も気になるでござるし……。

 然れど、まさかこの地にユキア様の命を狙うものはいないでござろう。

 いや、然れども、ロックへの刺客がパークスから二組放たれている故、万が一にも其奴等と遭遇することがあれば、厄介なことになる可能性があるでござるな。

 然りながら、其奴等がユキア様やオイラ達の国抜けを知っている筈はない故、直ぐに問題にはならないでござろう。

 ユキア様も上手く誤魔化す筈。

 然れば、とにかく宿を探してしまうでござる。

 オイラは、考えを巡らせながら気付く。

 よく思い起こしてみれば、ロック、レイ、オクトーは、ユキア様に必要とあらば、言いにくいことでも自らの意見を口にしていたでござる。

 無論、最終的に決断を下すのは、ユキア様だったでござるが。

 オイラも、もっとユキア様の力になれるよう、自分の言葉を伝えるべきでござるな。

 ユキア様から頼りにされる為に!

 シュラークーサエの港町奔る風が、爽やかな檸檬の馨を運んできた。

 その馨がザザの空腹感を刺激する。

 ザザは思わず腹を撫でた。

 急いで宿を決めるでござる。

 檸檬のスプレムータ(ジュース)を飲まねば!

 オイラは思い切って港町を離れ、シュラークーサエ市街に入って宿を探すことの決めたでござる。

 港町の宿屋は、殆どが船乗りを相手にしているので、部屋の設備や清潔さ、食事の質が今一つだったからでござる。

 蒼氓たる大洋へ勇みゆく船乗りの世界は、浪漫と夢があってさぞかし谷しいのだろうと思うものは多いござるが、現実は違うでござった。

 海上で命を賭けた肉体労働のわりに報酬は安く、航海中は船長や幹部乗組員に厳しく支配された管理下に置かれているでござる。

 劣悪で不衛生なな船内環境でもあるのでござった。

 故に船乗り達の殆どが、停泊地で質の良い宿に泊まることは出来ないでござる。

 大抵は、港町の遊郭を兼ねた安宿に泊まるか、船で起居するか、酒場や賭場で酔いつぶれて眠るか、そのどれかでござった。

 それでも船乗りになる者が多いのは、寄港地で安く入手できる交易品を持ち帰って売り捌き、一獲千金を夢見るからでござろう。

 一例を挙げると、東方の大国キナ統国で仕入れた香料や香辛料として有名な丁子は、インディのゴアでは仕入れの30倍になり、レオン王国のリスボアでは、更にその10倍の値で取引されるでござる。

 実に、仕入れ値の300倍になるのだからぼろ儲けできたのでござった。

 怒れども、あまりにも過酷な重労働を強いられて反発、反乱して者達が船の乗っ取りに成功して罪にも奪い、そのまま海賊になる事件が近年は目立つでござる。

 いつの時代でも、強者に抗う弱者の心魂を閉ざす火種は変わらないでござる。

 抑圧と虐待……でござった。

 シュラークーサの美しい白亜の街に足を踏み入れたオイラは、朝から賑やかな盛況を見せる食料市場に目を奪われたでござった。

 オイラが今まで似たことのない珍しい光景。

 市場の客の多くが、男だったでござった。

 クルクス島では、ビーム肉を除き、肉より魚の方が高級食材とされているらしいでござる。

 休日とはいえ、この町はひょっとすると、おかん天下なのかもしれぬでござるな。

 男勝りなロクネが喜びそうな街でござる。

 オイラは、ロクネの母ルーナ似の美貌を思い浮かべ、くすくすと笑いが零れたでござった。

 市場では店主と客が、楽しそうに値段交渉をしているでござる。

 市場を抜けて直ぐに、良い宿を見つけたでござった。

 宿屋の宿泊受付係は、童顔のオイラの上から下までじろじろ品定めしていたが、

「宿代は先に払うでござる」

 財布袋から金貨を取り出して見せた途端、にこやかな作り笑いを貼り付けて、カメリエーレ(ホテルのボーイ)を呼んで荷物を運ぶよう指示する。

 オイラは些か気分を害したでござったが、空腹だったので早く部屋を決めたかったでござる。

 請求され通りきちんと支払い、カメリエーレに部屋に案内してもらったでござった。

 ザザは心づけ(チップ)として、1ユエロン銀貨を渡したでござる。

 カメリエーレは深々とお辞儀して部屋を出て行ったでござった。

 部屋は、寝台が二つあり、その手前右側に浴室とバグノ(トイレ)が別々になっているでござる。

 客室の奥、寝台の向こうに小さな丸い卓子と椅子が2脚あったでござった。

 清潔で十分な広さもあるでござる。

 これならユキア様も納得してくださるでござろう。

 オイラは、ほっと胸を撫で下ろし、遅めの朝餉を摂る為、宿の最上階にあるリストランテ(レストラン)に向かうでござる。

 中に入ると、4人掛けの丸い卓子がずらりと並び、奥には個室が4部屋あったでござった。

 但し、個室の利用は別料金が必要とのことでござる。

 オイラは、海を一望できる南側の窓の側にある卓子に席を決めたでござった。

 プルスゲッターーカリカリに焼いたパンに大蒜の馨を確りとつけたものーーと、ビーム肉のマリネ、ほうれん草のフリッタータ(オムレツ)を一気に平らげ、勿論、檸檬のスプレムータを2杯ごくごく飲んで、部屋に戻ったござる。

 朝餉は久し振りに独りで、ちょっと寂しいでござった。

 正午までまだ時間があるでござる。

 荷物の中から聖書を取り出し、寝台にごろっと横になるでござった。

 オイラは聖書を入手して以来、毎日欠かさず読んでるでござる。

 分厚い本なので、最初は気が重かったのだが、嘘のように。

 今はまだ旧約聖書を読んでいたでござる。

 蒼氓が、神に背信を働く度に激しい怒りの制裁によって、厳しい報いが襲い掛かったでござった。

 けれども神は、蒼氓が悔い改めて立ち返ると、結局その罪を赦す、オイラはそんな神が好きになったでござる。

 ユキア様がメシア教カットリチェシモを信仰しておられるのが、少しわかるような気がするでござるな。

 オイラ達は、任務成功の為に本意ではなかったでござるが、多くの血を浴びてきたでござるから。

 ユキア様に、聖書を読むことを勧められてよかったでござった。

 ユキア様やレイと生き抜くと決め、絆を持ち合ってから、オイラ毎日心が晴れやかで幸福でござる。

 オイラ達3人にロックが加わってくれれば、どんなに嬉しいことでござろう。

 オイラ達が新たに乗り込む船は、一体どんな船になるのでござろうか?

 できることならば、ロクネとオクトーにも仲間いなって欲しいでござるが……。

 御三家故、難しいでござろうな。

 されどきっと、ロクネもオクトーもそう願っている筈でござる。

 聖書を読みながら、そんなことを考えていると、睡魔が襲ってきたでござるぅ……。


 ※※※※※


 ーーあの教会に行ってみよう!

 街外れの南、小高い丘の上にある小さな教会に、オレの緋隻眼と心魂を奪われ

てしまう。

 市街で目にした聖堂や教会はいくつかあって、どれも美しく素晴らしいと思う。

 でも、オレにとってそれらは外からちらりと観るだけで十分。

 クルクス等に来たのは観光ではない。

 オレは、ヴェルス家の中でただ独り、メシア教カットリチェシモを信仰していた。

 でも、パークスにメシア教の教会は、カットリチェシモや他宗派も存在しない。

 パークスの宗教は、神道とシャカ教の両方を信仰する者ばかりで、メシア教他いずれかの宗教を信仰をするものは少ない。

 国教は定められておらず、ケルズ教、タオ教、ラウズ教を信仰する者達もいて、宗教の信仰は自由だった。

 完全鎖国政策のパークスにメシア教の教会を開くことは、不可能。

 方法があるとすれば、聖職者を攫ってパークスに閉じ込めるしかない。

 然し、メシア教を信仰する者達に、そんな重罪を犯すことは、できる筈がなかった。

 オレは、国外任務中に教会を訪れ、祈りを捧げたことは何度かある。

 その都度、司祭や牧師に聲をかけられたが、任務中だったことや、パークスの侍忍者でもある以上、素性は明かせない。

 だからといって、偽りの素性をでっちあげることは出来ないから、会釈して立ち去るのが常だった。


ーーオレは……まだ洗礼を受けていないーー。


 レムスには、メシア教の最大宗派であるだけでなく、世界中どの宗教宗派を含めても、世界一の信徒数を誇るカットリチェシモの総本山。ラティウム都国が、神聖ロムルス皇国という城壁の中で、荘厳な威容を誇示していた。

 そこには、聖ペトロが殉教した場所に埋葬された遺骨の上に、聖ペトロ大聖堂がある。

 オレは生涯で一度だけでいいから、その聖地を訪れたいと願っていた。

 レムスには、パークスの任務で幾度か訪れている。

 でも、聖ペトロ大聖堂には行ってない。

 義勇という国訓に基づいた任務だったとはいえ、 血煙立ち上る戦地、戦場で返り血を浴びた血腥(ちなまぐさ)い者だと、オレは自覚していた。

 これから先も、海賊として生きるオレにとって、聖ペトロ大聖堂は敷居が高すぎる。

 それでも俺は、聖地にあるという、十字架から降ろされたイエスを膝に抱く聖母マリアを彫刻したピエタ像や、祭壇の右脇に鎮座して、信徒達の接吻により、際の指がすり減っているという聖ペトロ像を緋隻眼に焼き付けたいと、心魂の底から強く切望していた。

 否。

 オレの心持ちは、そこで得られる聖なるもの全てを、渇望していると表現するべきだろう。

 だからこそオレは、洗礼の秘蹟を授けて頂きたいという切々たる願いを、密かにずっと待ち続けてきた。

 洗礼の秘蹟を授けられた者は、主イエスによって新たなる命の誕生が実現し、同時に原罪と全ての自罪が赦されるから。

 できれば、堅信お秘蹟も希望している。神からの賜物、聖霊を与えて頂ける喜びは大きい。

 それから、初聖体の秘蹟も。

 そうすれば、清き心魂と身体で、もう二度と訪れる機会がないかもしれない、聖ペトロ大聖堂を訪れることができる!

 その為にこそ、オレはレムスに入る前に、三つの秘蹟を授けて頂くとすれば『ティターン海の十字架』という聖なる名を持つ、クルクス島と決めていた。

 でもオレは、シュラークーサエの街で観かける立派な教会に、足を向ける心算はない。

 そこには秘蹟を授けて頂く場所として、オレにとって余計なものがある。

 それにそうした教会には、目に映らまい壁みたいなものがあって、拒否される気がしたから。

 できれば、素朴で小さな教会が良い。

 他の誰かと一緒に秘跡を授けられるのは、絶対に避けようと決意している。

 静かに、心安らかに、それでいて夢中で秘蹟を授けて頂きたいと願う。

 丘の上の教会が緋隻眼に飛び込んできた時、名状し難い感覚が心魂を貫いた。

 まるで、その教会へ向かうのが必然だという。

 歓喜と温もりが心魂を満たし、全身に広がっていく。

 オレは引きよせられるように疾走した。

 一陣の風が吹き抜けていくが如く。

 静かに、呼吸も乱さず、足音無く、すれ違う人に気配も感じさせずに。

 シュラークーサエ市街から出ると、次第に緑が深く濃くなってきた。

 澄んだ生命力の溢れる空気が、胸にしっとりと流れ込んでくる。

 糸杉が両脇を覆う影が落ちる小道の先に、小さな教会が見えてきた。

 紅紫や深紅の鮮麗な三枚葉に包まれた黄白色の小さく可憐な花、ブーゲンビリヤの生け垣が教会を囲んでいる。

 その屋根には遠目にもわかる天窓があった。降り注ぐ太陽の光が、祭壇を浮かび上がらせるに違いない。

 祭壇を優しく抱き上げる風致で……とオレは想像した。

 オレは教会につくとそれを見上げて眺めて、微笑む。

 木造の教会で、三角屋根には十字架があり、その下に天窓がある。

 右側には、鐘と大きな時計の有る塔が並ぶ。

 皓壁にヴェートロコロラート(ステンドグラス)が教会を彩り美しい。

 とても素朴で、玩具箱から出て北みたいな、女性なら『可愛い』と言うのは間違いない教会だ。

 その奥側には、かなり広大な敷地の中に小さな城宛らの建物が並んでいる。

 オレは開かれていた門扉から教会へと向かう。

 初めての戦地に赴くとき同様心臓が高鳴り、聞こえる筈のない鼓動が耳で脈打ち響く。

 オレとしたことが、緊張しているのか?

 思わず胸を押さえ、時の間、港に戻ろうかという考えが過ぎる。

 でも、海に出てしまえば教会はない。

 海賊のオレが、この機会を逃せばもう秘蹟を授けて頂くことはできないかも……。

 それに、やっぱり何としてでも聖地でピエタ像や聖ペトロ像を、緋隻眼に焼き付けたい!

ーーその刹那、教会の中から女性の優しく限りなく透明な、のびやかで美しく、それでいてどこか切なさが漂う歌声が耳に届く。

 一度聴いたら生涯忘れない、心魂を静かにぎゅっと抱きしめてくれる声色だ。

 驚くべき神の恵に感謝する神秘的で力強さを感じさせる繊細な旋律を、アカペラの情感溢れる歌声が、心魂に沁み渡っていく。

 けど……どこかで聴いたことがある。

 いつ頃で、何処でだったかも思い出せない。

 オレは、歌声の主を確かめたい衝動に強く駆り立てられた。だけど今入ってしまえばきっと歌声は途絶えてしまう。

 だからオレは、そのまま歌声に聴き入った。

 オレの耳には、それ以外の如何なるものの音も入らない。

 その声色と旋律が、オレの心魂を完璧にとらえて離さなかったからだ。

 やがて儚げに余韻を残し、歌は終わってしまう。

 オレは教会の入口へと歩を進め、遂にそっと扉を開く。

 女性が祭壇の前でひざまづき、十字架を見上げて祈りを捧げていた。

 天窓から零れ落ちてくる陽光が、光溜まりになって、祭壇と女性が、宙に浮かんでいるように魅せる趣で覆っている。

 細く小さな肩を包み、豊かな桃色の髪が腰の近くまで流れて、眩く煌めく。

 美しく幻想的な一幅の名画を観賞している心地にさせられた。

 その後姿を見ているだけなのに、オレは心魂の奥まで、ぎゅっと締め付けられて息も止まってしまいそうになる。

 何故か切なさが止まらない。

 音をさせないことに細心の注意を払って、オレは扉を閉じた。

 目蓋を閉じて、ふぅーっと息を吐き出す。

 教会の入り口を背にして、足を門へと向けた。

 また明日くればいい。

 今日より時間を遅めにずらして……。

 でももし聴けるなら、あの歌声をもう一度聴いてみたい。

 一体どんな女性なんだろう?

 あれこれ考えながら、オレが門から一歩踏み出した時、

「もうお帰りですか? 教会には初めてお越しの方ですね」

 パン、卵、乳酪(チーズ)牛酪(バター)、その他の食材を覗かせた買い物袋を抱え、神父か、牧師と思しき人物が、微笑みかけていた。

 優しくて人のよさそうな丸い貌に丸眼鏡。

 残念ながら少なくなっている頭髪は後退している。

 下がった目じりは笑いじわが、数本太く刻まれている。

 卵体型で、お腹はぽっこり膨らんでいた。

 一見して、暖かい温もりを感じさせる、穏やかな人物だと誰もが認めるだろう。

「ごめんなさい。ちょっとそこまで色々仕入れにに行ってました。

 ここに盗みに入る人はいませんから、近所に出かける時は、いつも鍵をかけたりはしないんですよ」

 買い物袋を抱えたまま教会を指差し「どうぞお入りください。よろしければ、私と一緒に祈りを捧げませんか?」オレを手招きした。

 その前にオレは確認しなければならないことがある。

 とても重要なことだ。。

「ありがとうございます。一つ確認させて頂きたいのですが、ここはカットリチェシモの教会でしょうか?」

「はい。そうですよ」神父は買い物袋を抱えたまま、手慣れた動作で器用に教会の扉を開けて中に入る。

「そうですか。良かったです!」オレはほっとしたり、嬉しかったり。

 神父の後にオレも続く。

 不思義なことに、歌声の女性の姿は、もう見当たらなかった。

 入り口から出て来てはいないから、どうやって姿を消したのだろう?

 裏口でもあるのかな?

 そんなことを思いつつ、その姿が観れなかったことに、残念な気持ちを抱いている自分に気付き少し照れ臭い。

 それに胸の奥がズキンとして痛かった。

 教会の入り口には、聖別された聖水が入った器がある。

 オレはその指先をそこに浸して十字架をきった。

 正面奥の十字架のの下、祭壇には金色のαとΩの文字が刻まれている。

 祭壇の前、左右の脇には聖書の朗読台。それぞれの朗読台の前にずらりと長椅子が並ぶ。

 両壁にはぐるりと、十字架の道行の14場面が描かれていた。

 右の壁中央と左の壁の奥に扉。

 右の壁奥手前に聖母マリア、左の奥手前にマグダラのマリアの彫像があった。

 祭壇前、右側の長椅子に腰かけてオレに、

「ようこそ。マグダレナ。マリア教会へ。

 私は司祭ガンルー・モヨリと申します。

 旅の方、よくおいでくださいました」

 神父は改めて挨拶をした。

「私はユキア・ヴェルスと申します。招き入れて頂き、ありがとうございます。」

「カットリチェシモは初めてですか?」

「いえ、何度か、祈りを捧げさせて頂いたことはあります」

「どちらから、シュラークーサエへ?」

「ここからは遠い西の小さな国から旅を続け、今日到着したばかりです」

「では街でカットリチェシモの立派な聖堂や教会をご覧になったでしょう?神父は然も意外そうに「どうしてこの教会へ?」

 旅の観光客が喜ぶ古代遺跡や、由緒ある教会を訪問しない方が、寧ろ奇態に視えるのも当然だろう。

「私は観光目的で、ティターン海の十字架と呼ばれるクルクス島に来た訳ではありません。

 仕事でレムスに向かう途中、敢えて聖なる名を持つこの島に立ち寄りました。

 ある目的の為に」

 オレの緋隻眼を、神父は笑みを湛えてじっと見ている。

「その目的を果たしたくて、ティターン海の十字架にあるカットリチェシモの教会を探していました、

 それを為すのに、荘厳な聖堂や、華美な教会を、私は必要としていません」

 オレは、誇り高く言い切った。

「ここの様な教会こそ私は探していました。

 信仰と愛だけを感じられる教会を。

 街の聖堂や教会にも、信仰と愛はあると思いますが、その他に私にとっては必要のないものがありますから」

 観光地であるが故の賑やかさや、記念品や土産が中心の商売臭さ等、不必要なものは他にもある。

 それらは、主イエスも嫌悪していた筈だ。

 神父は嬉しそうな口調でオレに、

「あなたの願い事とは何でしょう? お話しください」

「突然で難しいだろうと思ってますが、洗礼、堅信、初聖体の秘蹟を希望しています。

 私の国には、カットリチェシモを含めて、メシア教の教会はないものですから。

 信仰は続けてきましたが、秘蹟はまだ何もお授け頂いていません」

「信仰に入ってどのくらい経ちましたか?」

「もう7年になります。極東の島国ヤマトで、愛の灯運動をなさっておられる、マクドナル神父が、手紙のやり取りでお導き下さり、今日に至ってます」

「毎日祈ってますか?」

「はい」オレは頷いた。

「どんな祈りを?」

「まずは十字架のしるし。

、それから、礼拝の祈り・

 主の祈り。

 結び目を解く聖母マリアの祈り。

 使徒信条。

 聖霊への祈り。

 死者のための祈り。

 守護の天使への祈り。

 神のみ母よ。

 扶助者聖母の御加護を願う祈り。

 アヴェマリア。

 その後は、私自身の祈りを捧げさせて頂き、最後に栄唱で終えています。

 これを朝と就寝前の二回、他にその時々で感謝すべきことがあれば、気付く範囲で祈りを捧げさせて頂いています。

 時間と心の余裕があるときは、ロザリオの祈りも捧げさせて頂いています」

 オレは特に、結び目を解く聖母マリアの祈りが好きだった。

 海滅時代のレムス法王フランシスコの祈りだと伝えられている。

「おぉ……それは素晴らしい」神父は下がった目尻をもう一段下げて「聖書は読んでいますか?」

「はい。新約から二章。

 旧約から二章。

 詩篇。

 箴言。

 コヘレトの言葉。雅歌、知恵の書、シラ書の中から二章。

 全部で六章毎日読ませて頂いてます。」

 「あなたの聖書は、旧約続編つきのものですね」神父は欣快の至りといった様相で「では主の祈り、使徒信条、アヴェマリア、栄唱を一緒に祈りましょう」

 オレと神父は祭壇に向かって両手を合わせると「父とこと聖霊の御名によって、アーメン」

 十字架をきり、三つの祈りと栄唱を捧げた。

 神父は「秘蹟はいつ授かりたいと考えていますか?」

「恐縮ですが、私は今日鵜を含め四日間しかこの地にいません。

 ですから、滞在中にお願いできれば幸いです。

 でも私には、代父や第母が」いませんから、やぱっり難しいでしょうか?」

「わかりました。神父は束の間考えていたが「代父、代母のどちらかを探してみます。

 心配しなくても大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。私の方で準備することはありませんか?」

 オレは、念願に一歩前進してほっとすると同時に、神父の対応に心から感謝していた。

「いいえ、特にありません」神父はかぶりを振った、「これからも直向きに、信仰の道を歩んで下さい」

 神父は不意に「一つ訊かせてください」

「はい、なんでしょう?」

「あなたは、数多ある宗派の中から何故、カットリチェシモを選択したのですか?」

オレは居住まいを正し「浅学ではありますが、私なりにカットリチェシモとプロテスタンテ等の歴史や、教義の特徴や相違について勉強しました。

 宗教に限らず、人の歴史は、過ち、悲劇が繰り返されてきました。

 それは今も……」

 オレは目線を落として言葉を紡ぐ。

「私はカットリチェシモが正しいとか、プロテスタンテが正しいとか、或いはその逆でどちらかが間違っているとか、そんな風に考えて判断はしてません。

 ただ、イエス・キリストが教会の鍵を託したのは、大使徒ペトロで、教会はペトロという岩の上に建てられたこと。

 それが、私にとっての全てで、聖書に記されている通りです。

 聖ペトロ大聖堂は大使徒ペトロの遺骨の上に建っています」

 神父は時々首肯しながらオレの答えに聞き入っていた。

「明日の今頃、また教会に来てください。

 私がいなくても、暫く待っているようお願いします。

 近所に行っているだけですから」

 神父はにっこりした。

 頭を下げるオレに神父は「ちょっと待っててください」そう告げて左側奥の扉の向こうに姿を消した。

 直ぐに戻ってきた神父は、古い小冊子を開いてオレに手渡す。

「これをご覧なさい。

 あなたが毎日祈っている、結び目を解く聖母マリアのの絵です」

 深紅の洋服の上に絹の肩掛けをまとった聖母が、左側に描かれた天使から、もつれたアストロ(リボン)を渡されて解き、それを右側に描かれた天使が受け取っている。

 聖母の頭上には、聖霊を表す白い鳩が翼を広げていた。

 その左足には、悪の象徴として描かれたのたうつ蛇を踏みつけている。

 さらにその下には、トビト記に登場する大天使ラファエルとトビアスが描かれていた。

 感激して魅入っているオレへ「あなたにその本は差し上げます。

 これから先、あなたに降りかかったり、訪れたりする試練、困難、問題をマリア様がこの絵のように、解決の糸口を発見し、解いてくださいますように。

 いつも感謝の気持ちで祈りを捧げることが大切です」

 オレの右手を包み込むように握って、神父は微笑む。

 オレも、左手をそっとその上に添えた。


 ※※※※※


 約束の正午には港に到着していたオレだったが、肝心なザザがやってこない。

 朝から何も食べていなかったから、待たされてるうちに段々とイライラ。

 でも、宿探しをしているのはザザだから、ここから動けないし、困ったな。

 と、脳内で閃光が弾け、オレは左の掌を右の掌で打ち、ニヤニヤ。

 もしも今のオレのニヤニヤした表情を、レイやザザがそのを観れば2人揃って断言したことだろう。

ーー何か良からぬことを企んでいるに相違ない(ござる)!

 オレは楽しくなってあたりを注意深く見回し、港入り口に建ち並ぶ人目につかない大きな貨物倉庫の物影に、さっ、と隠れた。

 「裂、在」印を組み刀、結とつないで一字をきり「隠遁、影傀儡ノ術」術を唱える。

 貨物倉庫の暗い影から、ぬっと太い棒状の黒い影が生え立ち、見る見るうちに人の形に変化していく。

 それはオレにそっくりの写し身ーー影から生み出した傀儡ーーだった。

 腕を組み、厳しい面構えでザザを待つ。

 よく観察すると影傀儡には影がない。オレ本人は、物影からそぉーっと貌を出し、ザザの姿が四囲に観えないのを確認するーーザザの姿は見当たらなかった。

 オレは聖エレミエル号に向かって駆ける。

 あっという間に甲板上に立ち、影傀儡を一瞥し、ローザとランブラのいる厨房へと向かう。

 シエスタの時間なので、料理人と給仕達が忙しく立ち回っていた。清潔で意外に広い厨房に漂う、美味しそうな匂いをくんかくんかと嗅いで、オレの食欲はより激しく暴れ出す。

「ローザ、忙しいとこごめん!

 港でザザと待ち合わせているんだけど、約束の時間過ぎてるのにまだ来なくてさー。

 朝餉を摂ってないから、もう斃れそうなんです……。

 いや、死にそうなんです……腹が空きすぎて……」

「あらら……」ローザは弓形の眉を顰めて「ではすぐに何かお作りして待ち合わせ場所に持って行かせます。

 どのあたりですか?」

 「ん? や、ここで食べるよ・あっちにも俺がいるから大丈夫。

 ザザが来ても問題なし」

 ローザはオレの話の意味がさっぱり分かりませんという目顔になった。

 けれども、オレ達が不思議千万な術を操ることを知っていたから、きっと言っている通りなのだと判断したっぽい。

 早速調理に取り掛かった。

 ローザは短時間で、二品の食べ物と林檎のスプレムータを用意する。

 一つは、マルゲリータという神聖ロムルス皇国で多くの人々に愛されているピッツァ。

 一つは、セッボリーネというピッツァ生地にルムウベッタを煉りこんで揚げたもの。

 ローザがオレに給仕してくれた。

「あざーすっ! 頂きまっすっ!」オレは厨房入り口付近に設けてくれた丸卓子と椅子に座り、十字架をきって祈りを捧げ、マルゲリータとセッボリーネも半分の5本を取り分け、ローザにそれを包んで欲しいと頼んだ。

 それから一気に凄まじい勢いで食べ始める!

 あまりの迫力と、丸く頬をぷっくらと膨らませた面白すぎるであろうオレの食事姿に、ローザは堪えきれず吹き出してしまった。

 オレは、右手にセッボリーネ、左手にマルゲリータを持ち、ばくばく、むしゃむしゃと美味しい昼餉をぺろりと平らげる。

 ローザにビシッと敬礼し、ランブラに手を振ってから厨房を出て行く。

 ローザもランブラも、丸で弟でも見送る眼差しで微笑み手を振っtてくれた。

 船縁から遠目にオレが影傀儡を確認すると、ザザが何度もペコペコ頭を下げている。

 影傀儡は腕を組んだままで、そっぽを向いていた。

 オレは面白くなり、船から飛び降り音もなくザザの背後に忍び寄ると、

「わっ!」

 と脅かした。

「ウギャーッ! ひゅ、ひゅーれー、幽霊でござるーっ!」

 すとんと腰を抜かし、ザザは尻餅をついた。

「おいおい!」オレは腹が捩れる程爆笑しながら「オレを勝手に死んだことにすんな。

 なんで幽霊なんだよ。

 ザザ、よく観ろ!

 こいつに翳はない。影傀儡だろっ!」

「……あ、ほんとでござる。」然も驚愕したように「困ってたでござるよ。

 何度頭を下げても、口をきいてくれないでござった故に。

 成程、相手が影傀儡なら当然でござる」

「ザザ、どうせ寝坊して慌ててたんだろうけど、影くらいは確認しないとダメだろ。

 レイと術も技もほぼ互角なのに、そういうところが負けているんだよなー」

「ウキッ! 今レイの話は関係ないでござる! 全然関係ないでござるよーっ!」

 逆切れしたザザが大音声で怒鳴る。

 オレは肩が揺れるほど笑い「で、宿はどこ」と訊く。

「いい宿が見つかったでござる」ザザは話が変わるとけろりとして「浴室とバグノが別々でリストランテもある宿でござる」

 複数で宿を手配する時は、浴室とバグノが一緒になっていると、誰かが用を足していた時、他の者は入浴出来ない。

 その逆も然り。

 だから、複数で宿泊する時は必ず浴室とバグノは別々であることが条件の一つだった。

 オレなりの気配りがそこにある。

「おお! そうか。じゃ宿に急ごう。シエスタだし、少し昼寝でもするかな」

 オレは漸く笑いが止まり、機嫌よく言った。

 ザザの遅刻を責めることはしない。


 ※※※※※


「こっちでござる」足取りも軽く、オイラは宿へと先導する。

 あれが影の無い影傀儡だと、オイラ気付いてたでござる。

 されど、ユキア様の性格を考えれば、あれでいいのでござるよ。

 もし、影傀儡に気付いて一緒に待っていたら、悪戯が失敗したことでユキア様はへそを曲げて怒ったでござろう。

 お蔭で寝坊の件はあやふやになって、幸運(ラッキー)だったでござる。

 レイの話は余計でござったが……ウキッ!

 街の雑踏の中を、2人は舞うように擦り抜けていく。

 オイラの胸中を知らないユキア様は「あ、ザザ、ローザに昼餉の軽食を作ってもらったよ。

 オレ朝から何も食べてなかったから、悪いけど先に食べた。

 ピッツァとセッボリーネ。

 美味しかったよ! さすが、ローザだ!」

 ローザが包んでくれたのであろう弁当を差し出す。

 ザザは直ぐに言葉が出ない。

 昼餉を先に食べてもユキア様は全然悪くないでござる。

 悪いのは寝坊したオイラ……。

 寝坊して遅刻したオイラを、ユキア様はいらだって待っておられたでござろう。

 然りながらユキア様は、そんなオイラにも弁当を用意してくれていたでござる。

 あー、やっぱりオイラ間違ってたでござる。

 ユキア様ごめんなさいでござる……。

 思わず涙ぐみながら弁当を両手で持つオイラに「まだ眠いのか? 早く宿に行って一緒に昼寝しよう。それ食べてから」ユキア様は優しく聲をかけてくれたでござった。

 こうしてオイラ達の絆の糸は、それぞれの色で耀きを増し、硬く、強く、結ばれていくのでござろう。

 宿の客室に入ると「いい宿だなぁ」ユキア様は青玉色の海を眺め、緋隻眼を細めたでござった。

 オイラは早速、入り口側の寝台の上で弁当を広げたでござる。

「このセッボリーネ、最高でござる!」凄く美味いので、猛烈な勢いで口に詰め込み、あっという間に食べ尽くしそうな勢いでござった。

「ユキア様の用件は済んだでござるか?」

「や、まだ。シュラークーサエ滞在中は毎日動くことになるかもだなー。

 早ければ明後日には終わるかなー。

 今のところはっきりしない」

「オイラは一緒じゃだめでござるか? 

 別行動とってた理由もはっきりせず、ユキア様を独りにしたことをレイが知ったら……オイラ殺されるかもでござるよ?」

 オイラはユキア様の顔色を観察したでござる。

 右手には、最後に1本残しておいたセッボリーネを握ってたでござった。

 最後の1本だからこそ、じっくり味わって食べたいから、その良い機会を会話の中で探っていたでござる。

 勿論オイラは、好きなものを最後に食べる派でござった。

「んー、ダメとかじゃないんだけど、個人的なことだし、やっぱり独りで動きたい。

 もともと、ザザやレイたちと共に行動する前から決めてたことだから。

 なんの用件だったかは、何れ2人に話すから、心配しなくても大丈夫だよ」

「了解でござる」オイラは、やっぱりこんな時レイだったらどうするだろうと考えつつ「今日みたいなことにならねように、ユキア鮫がその用件でお出かけの時は、オイラここで待つことにするでござる」

「うん。それが良い」ユキア様は腹を抱えて笑い出す、「ここなら寝ててもいいもんな」

「ウキッ!」オイラは眉を吊りあげると、ユキア様はオイラに命じる。

「んーと、カエルム便を使おうと思っているから手配を頼む。

 キラやピッコロ、モンテに術札を渡すの忘れちゃってたから。

 ギルド・アルカのモンテ宛に送ってくれ」

「了解でござる!」オイラは威勢よく即答したでござる。

「んじゃ、明日頼む」あくびしながら、ユキア様は奥側の寝台に寝転んだでござる。「オレは、明日朝餉の後すぐ出かける……。

 今日は宿でゆっくりしよう……」話す声が段々と小さくなっていきユキア様はそのまま軽い寝息を立て始めたでござった。

 オイラは、にっこりして、最後まで取っておいたセッボリーネを味を確り楽しみながら食べたでござる。

 このセッボリーネ、レイも食べたらきっと喜ぶでござろう。

 ローザからリセッタ(レシピ)を貰うよう後でユキア様に話してみるでござる。

 そうすれば、レイはユキア様に作ってもらえるでござろう。

 王らは食べ終わると、弁当の包みを片付け、寝台に大の字になったでござる

 まだ時はシエスタの最中だったでござった。


 ※※※※※


 昼寝から目覚めたオレは、暫くの間起き上がった寝台の上で、窓の向こうに蒼然と広がるイオーニア海ーーロムルス本島とタレントゥム島の南の海域。二つの島を上空から俯瞰するとスティヴァリ(ブーツ)に観える。タレントゥム島が踵で本島とはカラブリナ大橋でつながっていた。ーーをぼーっとと眺めていた。

 ザザは小さく体を丸めてまだ眠っている。

 その姿にオレは、幼き頃べそをかいて、自分の布団に潜ってきた弟を思い出し、目蓋が熱くなった。

 その一方で、ザザやレイを自分の道に巻き込んでしまったことが、本当に正しかったのかと自問する。

 2人に対する言葉にならない想いが、心中に油然と沸き立つ。

 久方ぶりに船ではなく、揺れることのない寝台で目を閉じると何時間でも眠れそうだった。

 太陽は昼寝前よりもかなり水平線に近付き、陽射しが波頭で乱反射して、金に煌めき眩い。

 空は一片の雲もなく、高く高く深く深くどこまでも広がっている。

 オレは突然、我に返り、窓の傍らにある椅子に座って、道具入れから卓子に純白の術札を3枚出した。

 それから墨筆で、

 『陰陽分身、幸鴉 急急如律令 五芒星 六芒星 九字』と1枚1枚に書いていく・。

 オレは窓際に歩み寄り、太陽を背にして立つ。

「者、裂、在、兵、闘」印を組み刀、結とつなげ九字を切る。

「封札、陽遁、陰陽分身ノ術」

 床に伸びていたオレの影は、むっくりとそこからはがれて立ち上がり、3枚の術札へと頭から吸い込まれていく。

 瞬時のことだったが、術札の表面は影色に染まり、元に戻った。

 3枚の術札を、道具袋から出したヴェルス家の紋章が金糸で縫い取りされている緋色の布で包み、卓子の脇に置く。

 道具袋から、チャクラ羽ペンナ(ペン)ーーチャクラを流入することで文字が書ける。不死鳥の羽ペンナーーと便箋を取り出し、手紙を書き始めた。


 『 ギルド・アルカ       モンテ・ブカ様

   

   ご多忙のところ、略儀ながら失礼させて頂くことを、どうかお許しください。

   ユキアです。

   皆様お変わりはありませんか?

   私は今、予定通りシュラークーサエに到着し、この手紙を書いています。

   ザザは、毎日よく動いてきれ助かっているとレイにお伝えください。

   モンテ、ピッコロ、そしてキラにお約束していた術札をお渡しせず、失念していたことに気付き申し訳なく思っています。

   カエルム便でお届けいたします。

   キラの居場所が不明の為、ギルド・アルカに送付差し上げますので、レイに申し付けて、キラに届けるようお伝えください

   その際レイからキラに、これから書くことを伝えさせてください。

   クィーンズティアラのウルスス刑務所の看守と囚人で編成されたトレジャー・ハンター達がバルセルンから船に乗り込み、

   シュラークーサエで下船し、神聖ロムルス皇国の同盟国エクエステッラを経由して更に南へ向かう模様。

   目的は、幻玉、桃金剛石とのこと。

   その効果は、死ぬまで若さと美貌を保てるというものらしく、クィーンズティアラの女王がこれを入手すべく厳命を下している   ようです。

   トレジャー・ハンター達の中には、格闘術の達人で無期懲役の囚人、ハンター・ゴールドがいます。

   それにしても、この幻玉の効果は、丸で伝説の賢者の石に近いと感じましたが、本当に実在するのでしょうか?

   私は、半信半疑と言ったところです

   話を戻します。

   術札の使き方は、レイが知っていますので、教えてもらってください。

   レイは元気にしてますでしょうか?

   何かと無理してでも、任務を果たそうとする傾向がレイにはあります。

   最短でも、私達の船が完成するまでは、レムスに滞在するのだから、必要以上に無理はしないように伝えて下さい。

   ザザは毎日元気一杯です。

   今日からシュラークーサエに4日間滞在します。

   明日、朝一番でカエルム便を手配しますので、明日午後中には届くことでしょう。

   ロムルス本島のオスティア新港には、4月23日の午前中に到着予定です。

   皆様と再会する日を、心から楽しみにしています。

                                          草々

                4015年4月18日

                                         ユキア・ヴェルス      』  


 書き終えると、すぐに読み返す。

 オレは内容に満足すると、昼寝してるザザを揺り起こした。

 術札を包んだ布と手紙をザザに預ける。

「これを包装して、カエルム便で明日ギルド・アルカのモンテ・ブカ宛てに手配してくれ」

 目をこすり、一つあくびをして、ザザは両手を突き上げ背伸び。

 術札と手紙を大事そうに道具袋に収め「承知致したでござる。」ザザはオレを安心させる。

 夕餉までには時間があった。

 オレ達は胡坐を組み、瞑想に耽るが如くチャクラを練る。

 それから2時間が過ぎた頃、イオーニア海は夕陽が沈んでいくのを静かに見送っていた。

 1日の終わりを告げる太陽が、海原を赤金に塗りつぶす。

 空を見上げると、早くも海原の夕闇が追いかけている。

 オレ達は、少し早いが、順に入浴して汗を流し、やどのリストランテに向かう。

 別料金が発生するが、オレ達は南側の個室に入った。

 中には六人掛けの卓子があり、オレは右側の真ん中、ザザは反対側の真ん中に座る。

 イオーニア海には、夕闇の帳が降り、夜天で耀く星屑の光が零れ落ちている。

 オレ達は、パークスのこと、ロックやロクネ、オクトーのこと、いろいろな話をしながらゆっくりと夕餉を楽しむ。

 ふと気づけばもう2時間近く経っていた。

 部屋に戻ったオレは、

「どの料理も美味しかったけど、何かが足りないというか、そんな感じだったなぁ。

 あと、ここのパンはちょっと硬い」

 と、急に目覚めたみたいにザザが、

「ユキア様、セッボリーネのリセッタをローザから貰うでござる。

 あれは本当に美味いでござる故」

「おお! そうだな!」オレもその必要性を感じた。「レイにも食べさせたいしな」

 オレ達はこの後、将棋を指して過ごした。

 先手のオレは、左穴熊の右四間飛車。

 後手のザザは高美濃の中飛車に構え、大激戦となる。

 結果、オレが辛勝。

 ザザはかなり悔しがって、再選を要求したが、オレは丁重に断り、聖書を読んでから就寝前の祈りを捧げる。

 ザザは聖書を読んでいたのだが、そのまま夢の中へと旅立ってしまった。

 オレは、ザザの手からそっと聖書を取り、毛布をふわりと掛けてやる。

 オレも、自分の寝台の毛布に潜り、すーっと眠りへ沈んでいった。

 翌朝オレ達は、払暁と共に目覚めると洗顔、歯磨きをして身支度を整えた。

 窓からイオーニア海を眺める。

 水天彷彿とした水平線が、空と海に別れていく。

 太陽の光芒が、空を橙色に、海を金色に彩っていく様は壮観だった。

 オレ達は、朝餉まで、自重筋肉鍛錬と柔拳術の型の反復、連撃(コンビネーション)訓練に励む。

 その後、浴室で汗を流しさっぱりしてから、リスランテヘ向かう。

 昨晩と違い、4人掛けの丸い卓子に席を決めて、2人で座った。

 オレ達は注文したものーーオレはパンだけは一番柔らかいものを頼んだーーを、さっと食べ終わると、宿を離れてそれぞれの目的地へと別れた。

 オレは、マグダレナ・マリア教会へ。

 ザザは、カエルム手配の為、市街へと。

 市街に身内へと向かって、一陣の風の如く疾走するオレを、朝の爽やかな空気が撫でる。

 心なしか檸檬の匂いがした。

 常人の数倍の速度で疾く駆けているのだが、足音もさせず呼吸も乱れない。

 すれ違う人に、その気配を感じさせることもなく。

 それが、オレ達忍者の脚走の技。

 市街を抜け、糸杉の小径に入ると、ブーゲンビリアの生け垣に囲まれた教会が目に飛び込んでくると、オレの心魂が喜び弾む。

 宿からほぼ全力疾走してきたとは、誰にも思えない涼しげな面輪で、オレは教会に到着。

 教会の中に入り、入り口脇の聖水に手の指先を浸してから、十字架を切る。

「ユキアさん、お待ちしていました。

 急でしたが、代母を引き受けてくれる方が決まりました」

 神父は嬉しそうに右手を差し出した。

「有難うございます。

 ご無理をお願いして恐縮してます。

 私のことは、ユキアと読んで下さい」

「わかりました。

 代母を引き受けて下さったのは、マグダレナ夫人で心優しく信仰の篤い方です。

 この教会をマグダラのマリアに捧げる為、全費用を負担してくださいました。

 明日の午前10時に、洗礼、堅信式を行い、引き続き初聖体を経て、聖術について教示しますがどうですか?」

「はいっ! 是非お願いしますっ!」オレは聲を弾ませ「私からの御礼は、どうさせていて抱くのがよろしいですか?」

「それは昨日、マグダレナ夫人から頂いています・

 初めての代母になられることを大変喜んでおられ、そのことについてユキアに気を遣わせないようにとのことでした」

 神父のその話にオレは困却してしまった。

 この教会の全費用を負担したということだから、とても裕福なんだろうな……。

 だけど、代母を引き受けて下さり、洗礼、堅信式等の御礼金まで支払って頂くのは、さすがに申し訳ない……。

「気にされなくて大丈夫ですよ」神父はオレの面付きからその肺肝を察して「あなたの信仰が深められ、強くなっていくことが、私達の1番の喜びです。シュラークーサエに立ち寄られた時には、また教会に来て私達に姿を見せてください」

 オレは、ここでそれを断ってしまうのは却って失礼になってはならないと思った。

「では、お言葉に甘えさせて頂きます」と素直に受け入れる。

 神父は翌日の儀式について、簡単に説明を終えると、オレに質問を投げかけた。

「守護聖人の名が、あなたの霊名になります。洗礼を終えるとあなたの守護聖人の霊力が与えられ、その聖人と同じ属性の聖術をあなたが望めば、努力と研鑽にもよりますが、会得していくことを可能とします。

 通常は日々の生活に活用できる術を身につける人が殆どですが、そこから切磋琢磨して聖術士を目指す人もいます」

「勿論、守護聖人は決めています」オレは心魂を熱くした。」列王記の登場し、主の日が来る前に再びこの世界に遣わされると、マラキ書で予言されている神の人『エリヤ』を希望しています」

「旧約聖書からですか」神父は意外そうに「これは珍しい」

 記憶を辿る概で神父は「エリヤはエノク同様死すことなく天に挙げられて聖人ですね。

 モーセより神に愛されていたのでしょう」

「モーセは」オレも聖書の記述を思い起こしながら「メリバで2度岩を叩いてしまい、神の聖なることを示さなかったので、約束の地に入れませんでした。

 それに、まだミツライムにいた頃、過失ですが人を殺めています」

「そうでした。聖書を毎日読んでるのは本当みたいですね」

「でもすぐに忘れてしまうこともあるから」オレは照れ隠しに頭を搔き「集中力、記憶力をもっと鍛え磨かなければと思っています」

 神父は「それでは、明日お待ちしておりますね」オレの右手を握り左手を添えた。

 どうやら、貌を合わせた時と別れる時はこうして握手するのが、神父のお約束らしい。

 オレも左手を添え互いに笑顔を交わして教会を後にした。

 宿へ戻る間、遂に洗礼、堅信、初聖体の秘蹟を授けて頂けることを思うと、嬉しすぎて天にも昇る心地になるオレ。

 神父とマグダレナ夫人には、感謝しかない。

 今夜は心魂が高鳴って眠れないかも。

 寝坊しちゃいけないから早めに寝るぞ!

 帰りはどの道を走っていたのか記憶がない程。

 オレの心魂は喜び一色だった。

 秘蹟を授かる前からこんな調子だから明日実際に秘跡を授けて頂いたら、どんな感情が芽生えるんだろうか?

 兎に角オレは明日が楽しみで仕方ない。

 宿に戻ると「カエルム便の手配は、問題なく完了したでござる。

 朝1番だったから、今日の午前中には届くとのことでござった」起きて待っていたザザが元気よく報告する。

「そうか! ありがとう。!」オレは機嫌よく礼を伝えた。「明日は今日より少し遅い時間に出掛けるから、ザザは宿でゆっくりしててもいいし、折角だからシュラークーサエ市街を観光したらどうかな?」

「オイラ一緒じゃ駄目でござるか?」ザザは不満顔で「独りで観光しても楽しくないでござる」

「うーん……前にも言ったけど、この件は駄目なんだ」ぎゅっと緋隻眼を閉じてザザに両手を合わせ「何れザザやレイには話すから。ごめん」 

 寂し気な口気で「じゃあ、今日はこれからどうするでござるか?」溜息交じりのザザ。

「んー、少し早いけど、腹が減ったから昼餉にしよう!」

 オレは脱力して腹を撫でた。

「おお! オイラも腹が減ったでござる。

 では、リストランテに行くでござるか?

 それとも街で探してみるでござるか?」

「や、ローザに何か食べさせてもらおう。

 美味しいパンと、あと肉とか!

 それにセッボリーネのリセッタも!」

 ザザは「大賛成でござる」顔を耀かせた。

 オレ達は早速宿を飛び出し、聖エレミエル号が碇泊している港へと疾駆(はし)る。

 宿のリストランテも悪くない。

 でも、オレにとって、ザザにとっても、食事の喜びを分かち合える、ローザとランブラの微笑みがそこにはなかった。

 それは、オレ達の心と魂を心地良い癒しで満たす、特別な調味料になっていたのだ。

読んで頂きありがとうございます。

駄作ですが、批評も含め、ご感想を頂けると喜びます!

評価✩✩✩✩✩やブクマをして頂けると更に喜びます!

長い物語ですが、様々な要素で楽しんで頂けるよう努力してます。

これからの物語も是非読んで頂けますように・・・。 m(_ _)m

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