20.ユキア モノマキアに参戦!
読んで頂きありがとうございます。
この章から読まれた方は、是非【ユキア・サガ 航海① ネフシュタンの魔片 第一巻 第1章】から読んで頂けますと、幸甚です。
銀の匙のオレ達の客室西洋扉を、コン、コン、と叩く音がした、
するとキラが、扉へと向かう。
扉を開くと、カメリエーレが移動式卓子に、美味しそうな馨を漂わせる何かを用意して運び入れる。
キラが請求伝票に署名すると、カメリエーレは立ち去った。
移動式卓子をキラはソッジョルノに押してくると「パンツェロットっていうの」予め用意しておいたのであろうそれを給仕する。
「中に、乳酪や赤茄子のサルサが入った、ピッツァ風の揚げパンなの。美味しいよ」
他にビーム肉のカルパッチョ、カルボナーラ、プロシュート・コン・メローネ、葡萄酒が、クリスタッルムの卓子に並べられた。
時はちょうどシエスタに入る頃。
オレはキラの気配りに感謝して、パンツェロットを、ガブリと一口。
「これは美味い! もっちりしていて、乳酪とサルサが濃厚な味だな」ともごもぐ。
他の者達も食事を始めた。
レイはトゥルケットを少し飲んでから静かに物語を紡ぐ。
「我等が生まれ育ったパークスを支える御三家の一角、海の者を率いるマリス家は、海のみならず湖、河も含めた水域が絡む任務に強い忍者を束ねています。
ロックはパークス御三家のマリス家の長子です」
皆、食事を食べたり、トゥルケットや葡萄酒を飲みながら、黙って傾聴している。
「然れど現当主デーンは、本来分家にものでした」
然りながら本家の当主、その兄チュンには後継ぎがいなかった為、デーンは長子ロックを兄に養子として差し出しました。
ところがその9年後、ロックが14歳の時、チュン。マリスが英霊となり、マリス家の家督を巡るお家騒動が勃発。
ロックを当主にという本家派と、デーンを当主にという分家派によって。
結果、国主ソウガ様がデーン側に動きを合わせた為、本家派はロックを当主にすることを断念。
これが原因でロックは国抜けに走った由」
レイもパンツェロットに手を伸ばして頬張った。
間違いなく上手いと感じている筈だが、敢えてそれを口にすることなく顔色一つ変えないのが、如何にもレイらしいとオレは思う。
レイは再び語る。
「ロックは神聖ロムルス皇国に入国後、直ぐに海軍に入隊したようです。
海兵になれば、必然的にあちこちへと船で向かうことになる故、自分の足跡を残しにくいと考えたに相違ありませぬ。
況してや、ロックが他国の海軍に入隊するとは、パークスの刺客も想像し難いと、逆賭したのではありますまいか。
レイは斯様に斟酌しておりまする」
共に情報収集していたキョウも、首を縦に振った。
「マリス家のロックは、操船技術、知識共に長け、水中活動も得意な者。
その上、剣槍術、柔拳術にも恵まれた天性の持ち主。
それ故、海軍で頭角を現すのは、自然の流れではあったのではないかと」
レイは語りながら、空になっているキョウの酒杯に葡萄酒を注ぐ。
「ロックは、闘牛という異名を持つ神聖ロムルス皇国きっての猛将マンゾに目をかけられ、次々と戦功を重ね、国抜けしてから2年そこそこで、史上最年少の少尉に任命され、その後一年足らずで中尉に昇格しておりまする。
神聖ロムルス皇国の将校となれば、刺客も簡単に手を出せる機会は訪れにくいと、ロックは読んでいたのではないかと。
現状、ロックが神聖ロムルス皇国海軍の将校だったことを知る者は、ここにいる我等を除きパークスには独りもおりませぬが。
ロックには美しい恋人もいたようで、海軍でも似合いの2人だったとの由。
恋人の名はヴィオーラという、闘牛マンゾの三女です。
「ということは」オレは揚げパンを大急ぎで呑み込み「ロックの新たな人生は順風満帆だったてことだろ?
なのにどこから歯車が狂ったんだ?」
レイは深刻な辞色で「約二年前のある日、神聖ロムルス皇国に激震が走る大事件が発生。
モンテさん達ギルド・アルカが建造した、おそらく現時点では世界最強の最新鋭艦を与えられたマンゾは、なんとそのまま海帝艦隊に寝返ったとのこと……」
オレとザザの気色が変わった。
また海帝か……。
てことは、オレ達の船が完成するまで、海帝は世界最強の海賊ってことか。
気に入らんっ!
なんかめっちゃ腹立つ!
オレの緋隻眼は、火焔が燃え熾っているように見えることだろう。
レイは、オレの怒りを感じ取って、話す言葉の熱量が増大した。
「然れどその当時のロックは、なに故か端倪できませぬが、他の任務で別行動をとっておりまする。
然れども、元々マンゾの指揮下にあったロックは、その娘ヴィオーラの恋人だったことも重なり、疑惑の目を向けられて投獄されると同時に、厳しい取り調べを受けていまする」
話をキョウが引き継ぐ。
「事件の前に離縁されていたマンゾの元妻と、3人の娘も投獄されました。
然れど、この母娘4人の大変高額な保釈金を支払った男がおりまする。
故に母娘は現在釈放されていますが、マンゾの元妻は病状が悪化し、到頭な寝たきりになったという話……」
レイは揚げパンとトゥルケットを胃に流し込み、キョウの話の続きを急ぐ。
「母親の治療費と男が立て替えた保釈金返済の為、長女と次女はその男の父親が出資しているオスティア商会で働いて、ヴィオーラは男の屋敷の召使になっているとのこと」
長嘆したレイは苦々しい口気で「ヴィオーラは、事実上軟禁状態という噂もありまする。
男はヴィオーラに横恋慕していて、自分と結婚するなら、保釈金は返済しなくても良いと彼女に言い寄っている模様」
ザザは「ロックはどうやって釈放されたでござるか?」憂い貌だ。
「身の潔白が認められたらしい」レイは聲に沈痛さを滲ませて「然れど苦境にあえぐ恩人の娘で恋人の惨状を知り海軍を去ることを決意。
モノマキアの剣闘士となった……」
「男は優しくなければならない」オレは感嘆する。「ロックらしいなー。闘って手にする出場報酬や賞金で、保釈金の支払いをしてるんだろ?」
「如何にも」レイはオレの言を認め、怪訝そうに想いを吐露する。「然れど妙な話で、事件の中心人物闘牛マンゾは人望厚く、国を裏切ることはあり得ないと、多くの海兵が証言しておりまする。
ロックが信頼を寄せていた人物でもあります故、何か引っ掛かりまするが……」
「妾もレイ同様、この事件には釈然としておりませぬ」キョウは柳眉を寄せ振り返った。「マンゾが事件前に妻を離縁していること。
ロックが別行動をとっていたこと。
マンゾは、愛する家族や、気の置けないロックを事件に巻き込まれないように、予見していたのではないかと思えてなりませぬ」
キョウの推量にオレはゆっくりと頷き「海帝か、何者なんだ?」目黙して呟く。
「悪い奴に決まってるでござるっ!」ザザは怒りに貌を歪め聲を尖らせた。「クレブリナ海賊団も、海帝艦隊入りを目指していたでござる。
マンゾとやらも、何らかの故由あってのことでござろう。
然れど、海帝はキラさんやピッコロ親子達を捕らえようとしている身勝手で、傲慢無礼な奴故、赦せぬでござるよっ!」
生来、心根が優しく争いを好まぬザザが、ドッカーンと爆発寸前なのを見てオレも「野放しには出来ない奴だっ!」ビシッと声高に断言した。
ここまでほとんど口を開かず飲食物の給仕や聞き役に徹していたキラが、緊迫感を漂わせオレに伝える。
「私、海帝の情報を集めているところなの。何かわかれば必ず連絡するから」
「キラは海帝に狙われてるんだから当然その情報は必要だよね」オレは怒りを抑えた考え深い韻律で「その目的は何か、心当たりは無いの?」
「はっきりは分からない。
でも、全く思い当たる節が無い訳でもない」
「それは何? 差し障り無ければ……」
「海帝はマンゾの最新鋭艦を狙っていたのは間違いないと思う。
その証に、それを建造したモンテを捕らえようとしている。
もし海帝が、そうしたことと同じ価値を見出したのだとすれば、おそらくトレジャーハンターとしての私が持つ情報じゃないかなと思う」
「聖遺物・魔遺物・幻玉の情報rってことか。
だとすれば、海帝はそれらが持つ効果や能力を狙っている可能性がある」
キョウが、オレの思量を肯定する声調で「海帝とやらの情報、妾も何かわかれば報告しましょう」協力を申し出る。
「キョウありがとう」オレはディバーノから身を乗り出し「ロックの件も助力をを惜しまずに動いてくれて、この通り」頭を下げ「感謝してるから」
「その代わり、妾もこのレムスで一日、ユキア殿と逢引して頂きたいものじゃ」
玲瓏たる青玉の如き瞳に、妖麗さを湛えて、ユキアを見つめた。
その一瞬間、オレの貌と髪に毛の色の区別がなくなり、高熱が出たらしく、ぼーっとしてしまう。
「なっ、なりませぬ! 」レイは動揺を隠さずキョウを責める。「逢引など、ユキア様にはまだお早い故に!
キョウ、戯れもほどほどになされよ」
「妾は、ユキア殿が成人した立派な殿方と思っておりまするが」くすくすと笑うキョウ。
「やれやれでござる」ザザは呆れている。「レイはユキア様のかっちゃでござるか?
それとも、キョウの恋人でござるか?
全く……ござるござる」
「まずは」キョウが笑いを堪え「ロックの所在を掴まなければなりませぬ」本題に戻す。
「いっ、如何にも!」レイは動揺と怒りが混在した面相で「今はそれが重要故に。
ザザお主は余計なことを申すなっ!」
一方でオレは、まだぼーっとしたまま。
「わかったでござるよっ1」ザザは苦虫をかみつぶした概で訊き返す「然れど、どうやってロックを捜すでござるか?
今までレイとキョウで動いても、手掛かりすら掴めてないのでござろう?」
レイは努めて冷静さを取り戻そうとしているのが、誰の目から見ても明らかだったが「ロックが円形闘技場以外で、どこかに姿を現したという情報が皆無故に」と返答して目を閉じた。
「ロックの恋人や、その姉妹から何か情報を得ることは出来ぬでござるか?」
「長女と次女は、今この国にいるかどうか定かではない。オスティア商会は海運会社故に。
恋人のヴィオーラの方は、保釈金を立て替えた男の屋敷に軟禁状態という噂もある。
それ故、迂闊に近付けば、ロックやその恋人に難が及ばぬと断言できぬ。
だから今は控えている」
「居場所を尋ねるだけなら、問題ないでござろう」
「相手がこちらを信用してくれればな」とレイは平常心を取り戻し「何故それを知りたいのか? 相手に尋ねられた時、単に友人だと言っても信用してもらえるとは思えぬ。
ロックはこの国で超人気の格闘士。
その居場所を知りたいと思う者は、数多といよう。
お主が恋人の立場だったら、簡単にその情報を教えるか?」
「レイの言う通りでござるな。
オイラの見通しが甘かったでござる」
「あら、ユキア殿」キョウが麗質を備えた面輪で「楽しそうな顔容ですこと。何か良きお考えでも?」
レイとザザの会話を耳にしているうちに我に返ったオレは、機嫌良くにこにこしている。
その様子を見てレイは「何か良からぬ企みを考えておられるのでは?」とオレに訊く。
同じくザザは「何か面白いことを思いつたでござるか?」とオレに問う。
オレは、新しい玩具を与えてもらって燥ぐ子供の気持で、
「心配しなくてもロックには最悪円形闘技場で会えるよ。
オレ、モノマキアの予選大会に出場するっ!
本大会までまだ時間はあるから、ロックの情報収集は継続しよう。
という訳で、オレも決めたからっ!」
「さすがはユキア様でござる。っ!」似たような調子のザザ。
「なっ、なりませぬっ! その故由は今更申さなくともーー」
レイに反対意見が追いつかないうちに、
「オレ、もう決めたからっ!」
オレは、熱っぽく力を籠め早口で被せる。
「オレ、いつかモノマキアで腕試しをしたいと思っていたから、楽しみだなー。
パークスじゃ、モノマキアの視聴がオスクでできなかったからなー、本当に嬉しい。
絶対ロックに、オレは勝つっ!」
オレは予選大会を勝ち抜けることを確信している。
ロックが王者だからだ。
ロックが負けない相手に、オレが負ける筈がない。
闘うことに魅せられた者達の祭典ーーモノマキア。
格闘士。
、剣闘士。
法術士。
この三部門の闘いがあり、王者大会は、予選大会を勝ち抜いたそれぞれの挑戦者が、各部門の王者と激突する。
2回開催される予選大会の最初の大会は、どの部門も、命を賭ける覚悟を持った強者ならば誰でも参加可能。
但し、二回目の予選大会と違い、勝者にしか出場報酬は支払われない。
灰熊のグリス・グルトンの様な実績のある招待選手は2回目の予選大会から出場する。
が、1回目の予選大会といえども、惜しくも招待されなかった不運の強豪・猛者ばかりだ。
格闘王者として、円形闘技場に君臨するロックに会う為に。
自分の腕試し、実力を測る為に。
オレはモノマキア予選大会に絶対出場すると、臍を固めた。
同時にオレは、ロックを仲間に迎えることは難しいと、肺腑で痛嘆していた。
男は優しくなければならぬ!
オレは常々肝に銘じている。
ロックは心優しき男だ。恩師の娘で恋人の苦境を救うことから、ロックが背を向けることはあり得ない。
それは自分の使命だと考えている筈。
だから、本っ当に残念だけど、ロックを仲間にするのは諦めるしかないな……。
それよりも1度ロックに会って、オレにできることは無いか考えたい。
でもオレは、その胸の内を仲間に悟られぬよう隠した。
どうしようもないことで、レイやザザまで暗然と嘆息する姿を、オレは見たくないから。
「ユキア様っ!」ザザは勢いよく切り出した。「オイラも出場して良いでござるか!?」
「いいともっ!」オレは親指をグッと立てた。
「オイラは剣闘士か、法術士の予選大会に出場するでござる。
どっちが良いでござろう?」
二人して盛り上がっていたが……。
冷然冷淡な聲が峻烈に響く。
「ザザ、お主調子に乗るでないっ!
ユキア様も万が一ロックを追う刺客が迫るような事態になったら、如何されるお考えですか?
色々厄介なことになるかと拝察しておりまするが……」
「そうなったら答えは一択だろ。
刺客を斃して、ロックの眸術で記憶を書き換え、パークスに戻ってもらう」
オレは答えを用意していたので、すらすらと言葉が口から飛び出す。
「オレ、もう決めたからっ!」
闘いに勝利した格闘士宛ら、オレは渾身の力で右拳を握り締める。
オレには、円形闘技場の大観衆の中で大歓声を浴びる自分の姿が視える気がした。
こうなると、レイの聲はオレの耳から遠ざかる。
「レイも大変だね」」キラは慰めの言葉をレイにかけた。「でも、止めるのは難しそうだし、一日も早くロックの情報を入手して、ユキアと会わせるしか道は無いようね」
キョウは面々のやり取りを、微笑ましく楽しそうに見守ってくれている。
チュチュはレイの頬を鼻先でツンツンして、その右肩に乗った。
レイには伝わってるみたいだ。
ーーお気の毒様、でも元気を出して。
そう思ってくれているのだろうと。
レイはチュチュの顎の下を撫で、そのゴロゴロ鳴る音を聞きながら、厳粛に断じた。
「ザザ、お主が出場することが、赦される訳がないであろう。
ロックへの刺客が迫って、愁眉の急になるやも知れぬ。
その時お主は如何致す心算か?
まさかロックを見捨てる訳にはいくまい。
同時に、我等はユキア様の警護が最優先の任務故。
良いな……」
その全身に、あの氷槍の如き冷たい殺気を、レイは漂わせている。
「おぉ……ふぅ、あぃわかったでござる」
ザザは自ら右拳でコツンと頭に拳骨を入れ、首を竦めペロって舌を出した。
※※※※※
ーー翌日。
少し遅めの朝餉を食べ終わって、オレ達が寛ぐソッジョルノ。
開いた高窓からさざ波の如きそよ風が、馥郁とした花の香気をさらさらと届けてくれる。
オロアルマダ広場で咲き乱れるつつじの芳香。
蒼茫たる大空には、雲一片もなく、太陽光が世界を光で満たしている。
オレはソッジョルノの奥側一人掛けディバーノが気に入り自分専用とした。
チュチュはその左ひざで毛繕い。
朝餉にいプロシュート・クルードーー生ハムーーを食べさせてもらって満足そうだ。
ユキアは、チュチュの背を撫でながら、正面の一人掛けディバーノに据えあっているザザとーーこの席もザザ専用となったーーモノマキアの話題で盛り上がっている。
レイはオレの左側に位置する三人掛けのディバーノの奥側ーーオレ側ーーを自分の席と決めたらしい。
レイは、左目を失明しているオレを守る為、自分の位置はその左側と決めている。
オレの左眼になろうとしているのだ。
そんなレイから一人分の席を開けて、キョウが並んでいる。
キラは、オレの右側に位置する三人掛けディバーノを、自分の席と決めたみたいだ。
一つわざとらしく咳払いして、オレがモノマキアに出場することに大反対のレイが、容赦ななくそのその話題を遮断する。
「ピッコロとモンテさんからギルド・アルカの隠しバチノ船の建造状況を見学しますか? とユキア様にお聞きするよう話を頂いてますが、如何されますか?」
「んーどうしようかなぁ。見たい気持ちで一杯なんだけどまだ建造して1カ月も経ってないから、仕事の邪魔したくないしなー。
一日でも早く完成して欲しいから、オレの為に時間を割いてもらうのは、申し訳ない気がする。
船の仕様に問題が発生したとかなら、打ち合わせの必要はあるだろうけど。
だから、ある程度建造が進んでからにする」
本音は今直ぐにでも観に行きたくてうずうずしてるんだけど、ここは我慢しておこう。
「かなり早く順調に建造は進ん栄まする」
レイは驚愕を含む明るく弾む聲で報告する。
「我等がレムスに到着して間もなく『アララトの聖樹』が納入され、実物を目にしました。
あれが、驚異で特異な聖樹だという話は真でした。
丸で聖樹そのものが息衝き、生きているかのように。
その数日後には、竜骨から肋骨の如く上へ伸びている船体の骨組み作業が、早くも開始されていました故、驚いた由」
「おぉーっ!それは凄い!」オレは歓喜感嘆しながらも心配だった。「でも無理してるんじゃないか?」
レイは即座に否定する。
「ピッコロ、モンテさんだけでなく、昼夜交代制で職人達も活き活きとして仕事に励んでおりまする。
カリーノというピッコロの姉も職人の一人で、主に船の内外装の意匠を担当してまする。
その他、ギルド・アルカのモンテさん直弟子だけで、極秘裏にて建造されています故、完成する日が、レイは今からもう楽しみでなりあせぬ。
ナーヌス親子、頼もしい限り」
キラが遠慮がちに話へ割り込む。「ユキア、お願いがあるんだけど……」
「ん?オレにできることは何でもするよ」
「アララトの聖樹を少し買い取らせて頂けないかな?
あなた達にだから正直に話すけど、それがどんな効果や能力をもたらすのか、是非研究したいの」
「お安い御用だ。
金貨はいらない。
必要なだけ持って行くといい。
レイからモンテに伝えさせておくから」
「ありがとう。でも無償って訳には……」
「研究結果をオレ達に教えてくれればいい」
「勿論よ。ではお言葉に甘えさせて頂くね。
よろしくお願いし為す」
キラは優美に頭を下げた。
「ピッコロに姉がいたでござるか?」ザザは然も自信ありげに「きっとよく似てるのでござろう」
「この場合なんと申せばいいのか?」レイは困り顔で慎重に言葉を選びながら「残念だがと申すべきか? 幸いにもと申すべきか? 有体に申せば似てないと申した方が正解だろう。
モンテさんやピッコロより背が高く細身で可憐な麗人だ。
お亡くなりになった母君に似ているのかもしれぬ。
料理の腕もなかなかのものだった」
オレのモノマキアの件は諦めたのだろう。
レイの話す語感が、いつも通りに戻っている。
オレはその空気を敏感に察知して「よぉーしっ!」気迫のこもった武人の覇気と風格を漂わせながら「モノマキア予選大会の出場申請に、チュチュと散歩がてらに行ってくるか!」
チュチュは嬉しそうにユキアの腰の道具入れに潜り、頭と前足だけをちょこんと出す。
オレから常日頃「翼を見られては駄目だ」と言われているので心得てる。
「我等もお供いたします」レイはザザに目配せして、腰に刀を佩いた。
ザザも黙してそれに倣う。
「妾もお供させて頂きとう思いまするが、ロックの情報収集を優先させましょう。
では後程」
キョウが立ち上がってくるりと背を向けると、粉雪が舞い踊り、その姿は忽然と消えてしまった。
「私は自分の仕事に戻る。」キラは十字架を切って「ロックの情報が入手できるよう祈っているから」
「おおーっ! 宝探しか!?」オレは冒険心を強く刺激され「そっちも楽しそうだなー!
キラ。次の標的は決まったのか?
さすがのそれは秘密ってとこかな?」
「その質問の答えなら、聖書の中にある」キラは部屋を出て行こうとして、西洋扉に手を伸ばすと、言い忘れたことを思い出して体で振り替えあった。
「ユキア、モノマキアで闘う名前はもう決めたの?
まさか、本当の名前で出場するわけにはいかないでしょう?」
※※※※※
海滅時代を遡る古代遺跡、メシア教の初期信徒達が虐殺され、川のように血涙が流された殉教の地、レムスの円形闘技場。
現在はこの地で、格闘士、剣闘士、法術士達が誇りと命を賭けて闘う、世界で最も権威があるとされる闘技大会『モノマキア』や、模擬海戦等が行われている。
円形闘技場の姿は楕円形で、長い方の径が208ヤード、短い法の径が172ヤード。
地上約164フィートの四層階層になっていて、そのうち下の三層は80のアルコで構成されている。
地下の二層には、闘獣に出場する者を含めた囚人達の獄舎があった。
闘獣で放たれる猛獣達の檻もここにある。
すり鉢状になっている中央部分が、戦闘領域になっていた。
観客席には、37度の傾斜が施されていて、どの場所から見ていても円形闘技場全体が目に入る。
約7万人を収容することが可能だ。
モノマキア王者大会への出場権を得る為、第1回予選大会格闘士の部は、総勢32名、AとB、二組に分けられて闘う。
それぞれの組でトルネオを行う。
最後まで勝ち残った2名が、世界中から選りすぐられた6名の猛者達が待つ、第2回予選大会に進出。
総勢8名の第2回予選大会もトルネオで闘う。
この難関を突破した者が、現王者ロックス・マレノに王者大会で挑戦できる。
半年毎に、年2回モノマキア王者大会は、世界中の注目を浴び神聖ロムルス皇国中が熱狂する大人気の大会だった。
それ故、モノマキア予選大会も、注目を集め国中が盛り上がる。
※※※※※
オレが闘う日がやってきた。
4015年5月7日。
縹渺たる蒼穹の下、超満員の円形闘技場は異常な熱気の坩堝と化していた。
既にモノマキア予選大会のうち、初日の法術士の部、二日目の剣闘士の部は終了し、オレが出場する格闘士に部が開催されている。
凄絶な闘いに、大観衆の歓喜と驚嘆の聲、鼓膜を劈く悲鳴が飛び交う。
レイ、ザザ、キョウ、モンテ、ピッコロ、カリーノは、円形闘技場の北側の最前列中央に陣取っている。
チュチュは、レイの腰の道具入れからいつも通り頭と前足をちょこんと出して、嬉しそうに少し口を開き舌を見せて呼吸している。
誰が見ても笑顔という表情で。
その直ぐ後ろには、ベツァルエル、オホリハブを含めモンテの直弟子達が並んでいる。
この日ばかりはギルド・アルカも休業だ。
モンテもピッコロも、オレの闘う姿は見たことがない。
カリーノとモンテの直弟子達は、二日前この円形闘技場で法術士のトルネオの時に初めて会ったばかり。
が、モンテとピッコロを救ったオレを背一杯応援するべく気合を入れている。
カリーノが、モンテ、ピッコロ、直弟子達に指示を出す。
「いいことごわね! 名前を間違えちゃダメごわね! ユキアじゃなくて」カリーノは切り口上で「ノ、ブ、シ、ゲ、ごわね!
入場したら声を張り上げ、ノブシゲーっ! って叫ぶごわね!
わかったごわね!」腰に手を当て胸を張る。
ナーヌス達は聲を揃えて「ごわす、ごわす!」頭を大きく縦に振った。
レイ、ザザ、チュチュ、キョウ、カリーノ以外は、それぞれ葡萄酒、蜂蜜酒、麦酒等を片手に面を赤くして盛り上がっている。
聲波ノ術で丸聞こえだ。
そんな彼等の傍らで、わいわいがやがやと王者大会の結果予想談義をしている者達の聲もオレに届く。
売り子から酒を受けとったらしい、ほぼ出来上がった、40代くらいの男が、一口ゴクリと喉を鳴らす。
「おりゃーよー、今回も初日から観戦しているが、法術士は、女聖導士ベラドンナのティアラを奪う者はいないにゃー」
その隣に座ってる様子の若い武人の男が、それに賛意を示す。
「召喚術士ベルベットは参戦せず、無敗で引退したヴェンナも出場しないとなれば、そうなるだろう。
ベラドンナに勝てそうなのはこの二人位だから、参戦に期待が高まるのも無理もない話だが……」
できあがった男が「全くその通りだ」と膝を叩き「剣闘士も、期待されてた女剣士クレアは今回も参戦せず。
美女だっていう話だが、一度目にしたいもんだにゃー。
残念だよーぅ」ひっくとしゃっくりした。
若い武人の後ろに座っていた男が、疑いの念をにおわせて言う。
「本当に美女なのか? オレは剣闘士だが、剣の腕は相当なもんだって、あちこちの冒険者・傭兵ギルドで噂になってる。
現王者のセルギオスは、クレアと闘ったら瞬殺されるって言った奴もいた。
案外厳つい女かもだぜ?」
それを耳にした出来上がった男はゲラゲラ笑った。
すると、若い武人の横辺りに座っていると思われる、男の恋人らしき女性が反論する。
「あーら、私の友人は北の国クィーンズティアラでクレアの闘いを観戦してるけど、とても綺麗な女性で、全然剣闘士らしくない体型だったって言ってたわよ」
モノマキアはどの部門も女性が参戦できる。
それ故、女性に観客も少なくない。
だが、その多くは強くたくましい男の武人の応援だ。
「何だ、君達はまだ知らないのかい?」落ち着いた声の男が会話に加わった。「剣闘士の部には、大物が第二予選大会に招待されている」
「誰だ?」若い武人が問う。
「セルギオスは敗れるだろう」その男は言った。「4年前、3年間王者として君臨し、無敗のまま引退したマクシムスが、この円形闘技場に戻ってくる」
その名を耳にした者からそれを否定するものは誰もいない。
マクシムスは、伝説の剣闘士だったらしい。
その剛戟は、岩をも斬ると賞賛された程。
「それよりさー」若い武人が嘆く。「いい加減ロックを斃す格闘士が出てきて欲しいもんだぜ。
女共のキャーキャー騒ぐ聲がいつもうざくてむかつく」
「若いの、あんた武人だろ?」でき上がった男が「自分で闘れないのか? いい面構えで根性ありそうに見えるが」
「生憎とオレはサギッターリウスなんだ」
「ま、おりゃーおめぇさんに同感だな」出来上がった男が力説する。「あの野郎、強くて男前だじょ。
モテモテだじょ。
もうあいつはおれたち男の敵だじょー」
サギッターリウスの恋人らしき女性は「ロックスって素敵じゃない。
男前なのにそれを鼻にかけず、口数が少ないところも、渋くてイカしてるわよ」ロックを応援しているようだ。
それはオレも嬉しい。
剣闘士は「ロックスは、20年近く獣人族に奪われてきた王座を、我々ヒト族に奪還してくれた。
強敵揃いの獣人族の格闘士を斃せそうな奴が、他にいるとでも?」と問いかける。
「ヒト族が漸く奪い返した王座だ。
応援しないとな!」
落ち着いた聲の男が周囲を見回す。
出来上がった男っしゃっくりをして「カルターゴーの超人と呼ばれているハンニバルが今回招待されとるじゃろうが。
ロックスの野郎を斃してくれねぇかにょー。
そうすりゃ、王座はヒト族のままだじょ。
一発あたりゃ、ロックスだって寝ちまうじょー」
剣闘士が尊敬の念を込めた口気で言う。
「ロックスのあの神技的防御は、簡単に身につけられる技じゃない。
当たったと観える攻撃が、当たってないんだ。
敵の攻撃が命中」するギリギリ寸前でそれを交わし、その攻撃が自分の前から引き戻された瞬間に、ロックスは元の構えに戻っているから、攻撃が命中したように観えてしまう。
ロックスの両眼は、完璧な見切りを体得している。
まだロックスの時代は続く」
その時、円形闘技場の東西に設置してある超巨大オスクの映像が、第1回予選大会B組の第1回戦第7試合で闘う二人の格闘士を立体的にに映し出す。
場内スぺアカーの聲が、闘技場に響き渡る。
「クィーンズティアラから神聖ロムルス皇国の円形闘技場に乗り込んできた、無敗の格闘士、美しき翠玉虎、ビィィィィィイイスト・グィィィィィイーンっッ 入場っ!」
サギッターリウスが、どうやら出来上がって寝てしまっていた男に「おい、おっさん寝てる場合じゃないぞ。
ビーストの登場だ!」
「んあ? ビーストが勝つに決まってるじょ」
この第1回予選大会から、第2回予選大会に進出すると注目されている最有力候補だ。
然も相手は、史上最年少で出場する何の実績もないヒト賊なのだ。
東側の入場口から、息を呑むほど美しい翠玉の毛並みを誇る、珍しい緑虎の獣人ビースト・グリーンが大観衆の声援に手を振って応え、威風堂々ゆっくりと入場してきた。響動めきが起こり、ビーストの美躯に誰もが魅了されている。
太い首、熱い胸板、八つに割れた腹筋、丸太そのもの腕、長く太く引き締まった足。
見事に完成された格闘士の肉体。
モノマキア初参戦だったが、これまで無敗を誇り、容姿、実力共に優れた人気格闘士。
第2回予選大会に招待されている灰熊の獣人グリス・グルトンと過去に一打対戦して、同時被倒して日置江開けている。
ビーストは満足そうに、闘技場の東側から南側に集まっている獣人族や、他の亜人族を見回し、その太い両腕で歓声を煽り始めた。
「ビースト! ビースト! ビースト」
大声援が沸き起こる。
不敵な面構えで、突き、蹴りを軽く繰り出しながら体を動かす。
闘技場の西側から北側に集まっているヒト族からの声援は全くない。
スペオカーの聲が再び闘技場に響き渡る。
「何と、出身地不明、知られざる未知の国からやってきたというのかっ!
大会史上最年少、命知らずの少年格闘士!ノブシゲェェェェェーッ・サナーダァァァァァァッ! 入場!!」
スペアカーの聲に重て「ノブシゲェーッ!」ザザとナーヌス族が絶叫を繰り返す。
然し、相手がビーストで、何の実績もない少年格闘士に、勝利の女神は背を向けていると、ヒト族達は諦めているようだ。
だが、命懸けの激闘に身を投じる勇気を持っているオレを応援しようとしてくれている人達もいる。
オレに対して、ヒト族からも声援が上がる。
オレの心魂を讃えてくれているのだろう。
真剣な表情で、オレを見守っている者は、存外に少なくない。
たとえ、敗北という結果が明々白々だったとしても。
オレは、西側の入場口から戦闘領域まで風をまとって静かに入場した。
摺り足で突き、蹴り、防御と入念に技の基本を確認する。
オレは今、格闘士だ!
※※※※※
「彼がユキアよ」私はレイ達とは別行動をとっていた。
円形闘技場の西側最前列に左からリオ、私、トバルの順で並んでいる。
リオは、立派な体格を、神秘的な絹の長衣で包んでいた。
純白の顎髭を胸まで垂らし、深い森の静寂を湛えたように知的な双眼は幻想的で美しい。
艶光りしている波打つぐ銀髪は、肩まで伸びている。
ナーヌス族の祖トバルは、顔貌の下半分をごわごわとした黒髭で覆い、眼は真ん丸で栗色の眸が炯々と耀いていた。
身長は低く、首が肩の筋肉に埋まり、ずんぐりしたナーヌス族の男たち特有の体躯は筋肉質で、灰褐色の武具を装備している。
私に周囲の眼眸は吸い寄せれられたいた。
でも、慣れているので全く頓着しない。
トバルが「おいどんの一族達もユキアの応援に来とるでごわすな」闘技場の北側に集結しているモンテ達を嬉しそうに指差す。
「然し、ビーストは強敵だ」リオは懐疑的な言い方で」ユキアは一回り以上小さい上に、左目に眼帯をしている。
片方の目が視えないということは、遠近感に支障をきたす。
格闘士として致命的な欠陥だ。それでも君は、あの少年の勝利を信じているのかい?」
「勿論よ!」私は逡巡することなく「賭けてもいい。
ユキアが負けたら、100万ドエルン払ってあげる。
でも、リオがこの賭けに負けても、私に100万ドエルンを支払う必要はない」
「ほぅ、自信満々だね」リオは私のゆるぎない自信に少々気圧された様子だが「いや、それは面白くない。彼が勝ち抜いたら、それに見合う葡萄酒で、今夜祝杯を挙げよう」
「ありがとう、リオ。是非その葡萄酒を3人で楽しみましょう」
「まだ礼は早いんじゃないかい?」二人は愉快そうに笑い声をあげた。
リオとトバルは、過日私からリオに提案した件について検討する為、この地に集まっている。
それは。Ωにおける自分達の任務遂行の協力者として、ユキア達3人の忍者達と手を組むという話だった。
リオはユキア達と会うことを条件としていたが、そこに3人の忍者海賊の船長ユキアが、モノマキアの予選大会に参戦するという情報を私が伝える。
格闘士として出場するということだから、忍術は残念ながら観れない。
が、武人としての力量を測るには、持ってこいの機会だと私は喜んでいた。
私は、ユキアの後ろ姿を見つめながら、これから起こる凄絶な戦果に、70.000人の大観衆が度肝を抜かれるのが、脳裏に浮かんでいる。
リオとの賭けも結果が視えてるだけに、何だか申し訳ないな。
リオとトバルも、きっと驚喜するに違いない。
だから、ユキアのことを知らせたご褒美に頂くことを、きっと神様も赦してくださる筈。
南尾葡萄酒がいいかな?
うん。やっぱりラクリマ・クリスティーにしよう。
※※※※※
モノマキア格闘士の部、公式ルゴラは、次の通り定まられている。
①一切の武器の使用は認めない。
②如何なる術の発動を認めない。
③金的、目つぶし、噛み付き、背後からの攻撃を禁じる。
④勝利条件は以下を巻いたした場合による。
A.対戦相手の戦意喪失。
寝技の攻防時を除き、対戦相手に背を向けた場合、同様とみなす。
B.多選相手の失神。
C.対戦相手の死亡。
闘いが始まれば、たおえ骨が折れ砕かれようとも、身を裂かれ血塗れになろうとも、戦意がある限り、勝敗は決しない。
だが、ヒト族にとって非常に不利な現実を忘れてはならないだろう。
獣人族には、あらゆるものを切り裂き貫く、堅固で尖鋭な爪があることを。
或いは今大会には出場してないが、木人賊には、刃に匹敵する葉や槍宛らの枝腕が複数あり、鳥人族には、鉤爪や斬・突いずれの攻撃が可能な羽があることを。
これらは亜人族の身体の一部である為、武器使用には該当しない。
従って、亜人族には格闘士として、ヒト族より圧倒的に有利なルゴラだった。
ロックが王者になる以前、約20年間亜人族が五代王者を堅守していた現実が、それを証明している。
※※※※※
戦闘領域に足を踏み入れたオレは、ビーストと目を合わさず、十字架をきって黙祷。
念願だったモノマキアの闘技場に立ち、闘いの時を待つ喜びと感謝、神の御加護を願う。
それから天を仰ぎ、再び十字架をきる。
ビーストが戦闘領域に軽く一つ二つ、突きを突きながら入ってきた。
闘技場は先刻までの大歓声は消え、張り詰めた緊張感が、冬の湖面の薄氷の如く広がっていく。
オレは、肩の力を抜き、首を左右にまげつつ無造作に前に進み出た。
円形闘技場の殆どの大観衆は、ビーストがどうやってオレを血祭りにするのか、想像しているのだろう。
残酷な視線をオレ達の突き刺している。
「ベラッーレッ!」
スペアカーの叫び声と同時に、ビーストが行き成り満身の左の鉤突きを打ち込んだ。
普通なら右腕を畳んで防御する筈だが、オレは後ろに仰け反って交わす。
ビーストの攻撃は鉤突きに見せかけていたが、拳を激突させるのが目的ではないと、オレは見抜いている。
その正体は、5本の堅く鋭い爪でオレを切り裂こうとする強烈な斬撃。
爪の攻撃を持つものに焚いての防御は、絶対に肉体でしてはならない。
全て交わす。
基本的にはこれに尽きる。
もし、先刻オレが右腕を畳んで防御していたら、右腕はズタズタに切り裂かれ、使い物にならなくなっていたのは間違いない。
「グルルルル……」ビーストは唸った。
ヒト族の少年が、亜人族との闘いの基本を身につけていることに、驚きと怒りの混在させた目つきでオレを睨みつけている。
「気に入らねぇな。
オレはお前みたいなガキと遊ぶ為に闘技場に来たんじゃねぇっ!」
言い終わらぬ前にビーストが振り下ろし叩きつける右下段蹴り!
オレは摺り足で素早く後退。
難なくかわす。
ビーストは開いたオレとの間合いを、獲物を狩る猛獣となって一瞬で詰める。
今度は拳を握り締め、左の短突きから右拳を真っ直ぐに撃ちこみ、左の鉤突きへつなげ、止めに再度、
「おらぁーっ!」
剛槍を想起させる右の直突き!
この4連撃は全て直撃した……かのように大観衆の殆どの者には観えていた。
ところが、オレは涼しい貌。
肩の力を抜いてだらりと下げ、足は肩幅より少し広げて、左足を前に立っていた。
緋隻眼は、ビーストの少し後ろに茫洋と視線を投げている。
然し、ビーストは間髪容れず、ふぃたたび鋭爪を伸ばし、
「喰らえっ!」
渾身の力と、裂帛の気合を乗せ鋭爪で薙ぐ、右の斬撃!
今度こそこの一撃でオレが斬り裂かれたと、70.000人の観衆のうちレイ、ザザ、キョウ、キラを除くすべての者が、そう観えただろう。
が、その直後!
ビーストの美しき巨体は、前のめりに倒れた!
砂埃をあげて……。
口から濁った赤黒い血を吐き出し、痙攣している。
スペアカーが大慌てで、
「勝っ、勝者っ! ノブシゲェー・サナーダァーッ! まじか、おいっ!」
裏返った聲で叫ぶ。
円形闘技場は騒然としていた。
ビーストの敗因がさっぱり掴めてないこと、予想してなかった結果に太混乱!
※※※※※
「キレッキレッの見事な影舞いでござったっ!」
ザザは腕を組み賞詞を惜しまない。
ピッコロは眼窩から目玉を飛び出させ「影舞いって何でごわすか!?」ナーヌス族を代表して質問する。
頃しも、闘技場の二つのオスクが僅か21秒の決闘映像を流した。
が、何が起こっていてのかやはり判然としない。
続いてレント映像の再生が始まる。
ビーストの巨樹ですらなぎ倒すであろう、豪快な右の斬撃をギリギリの間合いで頭を下げてかわし、オレはそのまま沈み込む。
同時に左足で柔術の足払いに似た蹴りを、ビーストの軸となっていた左足に直撃!
体重が完全に完全に乗っていた左足を蹴り払われたビーストは、体の均衡を崩されてしまい、たまらず突っ伏す様態になってしまう。
すかさずオレは反転し、ビーストの強固な顎に神速で叩き込む後ろ回し蹴り!
オレの踵で破壊されたビーストの顎は砕かれ、口から血を吐き出す。
倒れて行くビーストの眼から光が消滅!
闘技場に、響動めきと悲鳴の後、地鳴りの如き大歓声が油然と巻き起こった。
「ピッコロ」とレイが誇らしげに技の解説をする。「払い蹴りか後ろ回し蹴へとつなげるあの技は、四阿羽黒流柔拳術、影舞いという。
観た通り、一連の技と流れが美しく、舞っているように目に映る故。
踵は肘と並び、人体を構成する骨の中で最も堅く強い。
その結果はあの有様だ。
但し、ユキア様の場合、技のキレと速度から目で視るのは至難の業」
ピッコロ達ナーヌス族達は、驚いて聞いているようだ。
観客達は、思いもよらなかった結果と、オレという伏兵の出現と勝利に暫しの間言葉を失っている。
亜人族の中に悔し涙を流す者もちらほら見える。
ビーストの勝利を断言していた、例の出来上がった男は、酔いから覚めて興奮しているようだ。
「こりゃぁ、第1回予選大会の本命は、このガキかもしれねぇ……。
尋常じゃんぇぞ。あの技のキレは」
「それだけじゃない」剣闘士は驚愕した語調で「あの防御はロックスと同じだ。
あの若さで……信じられん」
サギッターリウスが殆ど叫び聲で「もう1世紀以上なかったヒト族対ヒト族の王者大会が視れるかもしれない。
そうなえば、俺達は歴史の証人だ」と騒ぐ。
オレは担架で退場していくビーストを、姿が視えなくなるまで静かに見送り一礼した。
自分と闘ってくれたビーストに敬意を示し、心から感謝する。
そんなオレに、ヒト族からだけじゃなく、亜人族からも拍手が起こった。
おそらく、神約時代に入ってから初めてのことだろう。
終えは円形闘技場を見回し、大観衆の拍手と歓声に笑顔で手を振り退場した。
※※※※※
「素晴らしい!」リオは詠嘆の聲を挙げた。
私は「圧勝だったね」と喜ぶ・
「それだけじゃないっ!」リオは喝采を贈る。「彼はあの凄まじい強さ全然驕ることなく、敗者に敬意を払う心魂を持っている。
戦いに勝つと殆どの者が、その瞬間その場で喜びを爆発させる。
だが、彼はあの若さでそうはしなかった。
私は感動してるんだ。
彼がビーストを静かに見送と亜人族がって一礼したことを。
私は彼のことを気に入ったよ」
「おいどんもでごわす」嬉しそうにトバルも続く。
私はにっこりして「ヒト族と獣人族と亜獣人族が、獣人族の格闘士を斃したヒト族の格闘士に揃って拍手を贈るという、歴史的且つ感動的な光景を私達は見た。
ユキアは、ヒト族と亜人像句を結んだのよ。
リオ、トバル、2人がユキアを認めてくれて、私、本当に嬉しい。ありがとう」
「礼を言いたいのは我々の方だ」リオが双眼を耀かせる一方で、トバルは大きく頭を上下に振った。「この後、彼が第2回予選大会まで勝ち抜けるかどうかはわからない。
然し、その可能性は非常に高い。
今や、私もユキア応援団の一員だよ」
「おいどんもつ!」とトバルは言ってみたものの「あれ? でもユキアの本業は大きな声では言えないでごわすが海賊でごわしたな」
私はリオとトバルと一緒になって、肝心なことを思い出し吹き出す。
ユキアは海賊なのだ。
だからもし、神聖いロムルス区国とラティウム都国、その同寧国から賞金首とされていたら、当然モノマキアに出場できない。
近年では、猛者。強者が海賊や山賊、軍に入隊する者が少なくない。
賞金首となった者達や、軍人は、モノマキアに参戦不可能な為、ロックも軍を辞してから参加資格を得ているようだった。
それは、近隣諸国も同じで、それぞれの国がモノマキアと同様の大会を開催していた。
読んで頂きありがとうございます。
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長い物語ですが、様々な要素で楽しんで頂けるよう努力してます。
これからの物語も是非読んで頂けますように・・・。 m(_ _)m




