ボサの魔法
◇ 地下訓練場:ボサの実力発揮
ボサ・テーラは、城内地下の訓練場に到着した。 さっそく、彼女の魔法を披露してもらうことになった。
まずは防御系魔法を順番に発動させ、発動までにかかる時間の確認を行う。 土の壁、岩の壁の生成は、驚くほど素早かった。
見守るジェーコフ司令とオリヴィエ団長が顔を見合わせる。 「すごい早業だね」 「早すぎて、予備動作がよく見えないな……」 「老眼じゃないのかい? あれなら、かなりの攻撃を防いでくれそうだ。頼もしいな。いい人材に恵まれたよ」 「何年も実戦から遠ざかっていたというのに、大したもんだ。……それじゃ、近衛騎士団の諸君、協力をお願いするよ」 「うちのは『護りの専門家』だからね。専門家同士、手加減はなしよ」
ボサとノヴァを訓練場の中央に立たせ、近衛騎士団の面々がそれを取り囲む。 真正面に立つ騎士が、ニヤニヤしながら話しかけてきた。 「よぉ、お姉ちゃんたち。俺たちと遊んでくれないか?」
それを見ているジェーコフが、オリヴィエに耳打ちした。 「うわっ、ゲスだ……。近衛騎士団的にあれはOKなのかい?」 「もともとは高潔で礼儀正しい連中の集まりだ。今は『女の子にちょっかいを出すゲス野郎』になりきっているんだよ。役作りだ」
正面の騎士が芝居がかった口調で語り続ける。 「俺たち、いつも命をかけて戦ってるのに、給料が安くてさぁ……」 と、その時。話の途中にもかかわらず、背後の騎士たちが一斉に矢を放った。
「うわ、話の最中に後ろから……。ゲスの極みだね」 オリヴィエも驚きながら言った。 「……いや、そこは『給料は安くない』と否定するところじゃないのかい?」 「いえ、そこじゃありませんよ、オリヴィエさん」
だが、ボサはこの不意打ちの矢に完璧に反応し、瞬時に土の壁を作り出した。 速い! 早すぎる! いつの間に詠唱したというのか。
すると、砂塵の中からボサの声が響いた。 「我が主神サドミスト。卑劣な攻撃を仕掛ける輩から、我らを護り給え――『サンドボックス(流砂の檻)』!」
周囲が猛烈な砂塵に包まれ、あちこちから叫び声が上がる。 砂塵が収まると、攻撃役の近衛騎士団は全員、腰まで砂に埋まって身動きが取れなくなっていた。
ジェーコフが驚愕する。 「近衛騎士団相手にこれほどとは……」 オリヴィエも渋い顔で頷いた。 「視界を奪われ足を止められたか。フォーメーションが完全に崩れたな……再訓練が必要だ。……それはそうと、初手の矢を防いだのは精霊魔法だな。しかも無詠唱だ。この国で精霊魔法の使い手とは、珍しい」
部下の不甲斐なさも相まって、オリヴィエの表情は険しさを増していた。
◇ 禁忌の質問:精霊とサドミスト
数日後、ロイヤルヴァルトの拠点にカタリーナ王女が遊びに来た。 今日は侍従長が同行しているため、叱られる心配もないのか、彼女は堂々としたものだった。
精霊魔法とは、サドミスト教国家以外で盛んに研究されている魔法体系である。 神から授かる魔法とは異なり、術者と精霊の「相性」が最重要とされる。精霊を使役(命令)するイメージが強いのだが、これは「他者への強要」を禁じるサドミストの教えとは極めて相性が悪い。 そのため、基本的には「精霊魔法とサドミストの魔法は両立できない」とされているのだ。
ここサワーシップ王国では、精霊を従わせることは神の教えに反する行いとして忌み嫌われており、話題にすることすら避けられている。ロイヤルヴァルトのメンバーも、ボサの魔法の正体には気づきつつも、あえて触れずにいた。
しかし、カタリーナはまだ子供であり、そんな大人の配慮など持ち合わせていない。 「ボサ。お主はどうやって、サドミスト様の魔法と精霊魔法を両立させておるのじゃ?」
誰も言い出せなかった疑問を、直球で投げかけた。 全員の耳がダンボ(注視)の状態になる。
「カタリーナ様。一般的には、精霊魔法を使えば神の信頼を失い、サドミスト様の魔法は使えなくなると言われています。でも私の場合は、精霊と契約もしていませんし、使役しているわけでもないんです」
「そのようなことが可能なのか? 何か特別な儀式や供物を捧げたのか?」 (そうです! カタリーナ様、もっと聞き出してください!) 皆の期待が、どよどよとした空気となって場に流れる。
「子供の頃、可愛いお人形を持っていたんです。お気に入りで、いつも持ち歩いていました。ある日、そのお人形に精霊が取り憑いたんです。びっくりしましたよ。突然、お人形が思念を伝えてきたんですから」
「言葉が交わせるということは、人格を持つかなりの上位精霊じゃな」
「その頃は、精霊の声は私にしか聞こえませんでした。だから周りからは、一人でお人形に話しかけている『ちょっと変わった女の子』だと思われていたんですよ」
ボサは懐かしそうに微笑んだ。 「あの頃は何も考えず、楽しく過ごしていました。それから数年、近所の子たちと同じように魔法を習う年齢になったとき、両親が気づいたんです。……よりによって、私が精霊に夢中になっていることに」




