鎮魂(改正)
◇ 砂漠の境界線:極大魔法の解放区
サワーシップの国境から西に10キロ。何もない砂漠のただ中で、私たちは近衛騎士団の馬車から降ろされた。
「これより西は、極大魔法の使用可能海域となります。我々ごときが案ずるのはおこがましい限りですが……どうか、お気をつけて」 騎士たちは一斉に敬礼を捧げ、去っていった。そこから先は、法も理も通じない「力」の世界だ。
砂、砂、砂……。どこまでも続く、乾いた黄金の海。 地図上では、この100キロ先にウェストシップ国があるはずだが、私たちが目指すのは地図にも載っていない空白地帯――**「ミッドシップ神国跡」**である。
場所を知っているのはプレストンさんだけだ。私たちは彼の背を追い、砂丘を進む。 初日はただひたすら西へ。古びた石碑の前で野営し、明け方の空に瞬く星の位置で西北西への進路を確認した。
さらに歩みを進めると、地形が変貌し始めた。 砂の中に、不自然に丸い玉のような石が転がっている。砂丘を登り切り、その頂上に立った瞬間、視界が一変した。
「……っ、これは」
まるでお椀の底に立つように、中心に向かって地形が穏やかに沈み込んでいる。 直径数キロはあるだろうか。巨大なクレーターのような場所。そこはまるで、時間が永久に止まったかのような静寂に包まれていた。
プレストンさんが立ち止まり、深く首を垂れて祈り始めた。アカリ副官も、それに続くように目を閉じる。サムソンさんも同様だ。 私とノヴァだけが、ここで祈る意味を理解できずに立ち尽くしていた。
祈りを終えたアカリさんが私の方へ歩み寄ってきた。 「オークリン、**『魂の救済』**を……。ここで、大勢の人が亡くなったの」
私たちはクレーターの中央まで30分ほど歩き、その中心に立った。 「我が主神サドミスト。魔の力に囚われ、救済を待つ魂に安らぎを与え給え。この地から解き放ち、貴方のもとへ送りたまえ――『レクイエム・ソレム(鎮魂の典礼)』」
クレーター全体を柔らかな光が包み込む。 すると、地中から、空気の中から、数千もの淡い光が浮かび上がった。浄化され、昇天していく魂の群れだ。
(何……この量!? この場所で一体、何が起きたの?)
◇ ミッドシップの悲劇
混乱する私に、サムソンさんが静かに語り始めた。
「ここはかつて、ミッドシップ神国という我々の友邦でした。しかし、国の中枢にヴァンパイアが紛れ込み、王都の人間すべてを同族へと変えてしまったのです。その感染は、瞬く間に国中に広がりました」
サワーシップの国王は、事態が自国に及ぶ前に騎士団や聖職者を派遣したが、増殖し続ける吸血鬼の群れを抑え込むことはできなかった。
「最後の手段として、国そのものを、吸血鬼化したすべての国民ごと抹殺する。そのあまりに重すぎる、血塗られた役割を……陛下は彼一人に任せたのです」
サムソンさんは、一人離れた場所で祈り続けるプレストンさんに視線を向けた。 天へ昇っていく光の粒を見つめるプレストンさんの背中は、ひどく孤独に見えた。
◇ 英雄か、人殺しにか
その後も私たちは、クレーターのような地形に遭遇するたびに、魂の救済を繰り返した。 この辺りには魔物も、獣も、植物さえも存在しない。生物の気配が一切絶たれた死の荒野。だからこそ、ここでは遠慮なく極大魔法が使えるのだ。
すでに、浄化した魂は10万人を超えていた。 想像を絶する。どれほどの地獄がここで繰り広げられたというのか。
「最悪よね。たった一人で国一つを地図から消し去ったんだもの。敵も味方も、女も子供も関係なく。……王都で彼の魔法を恐れる反対運動が起きるのも、無理はないわ」
プレストンさんの副官であるアカリさんが、吐き捨てるように言った。 いくら国王の命令だったとしても。 いくら世界を救うためだったとしても。
……人殺し。
誰かが呟いたその言葉が、熱い風に乗って私の耳に届いた気がした。




