第99話『闇の海を越えて』
港を襲った黒い影は倒したが、海の向こうには同じ“闇の渦”が広がっていた。
元凶を断つため、レンたちは未知の航路へと船を進める――。
港町フェルナンドの埠頭に、たくましい帆船が係留されている。
名前は《アウロラ号》。もとは交易用だが、急ごしらえで武装を施されていた。
「これで本当に沖まで行けるのか?」
レンが船体を見上げて呟く。
ガルドが胸を張る。
「この船なら嵐でも黒い渦でも突っ切れる。……たぶんな」
船に積み込まれる荷の中には、食料や水と並んで、レン特製の“香草レモンピザ”の材料がぎっしり。
リリィが袋の山を見て笑う。
「非常食が全部ピザってどうなのよ」
「戦闘食だよ。武器でもある」
レンは真顔で答え、窯の固定を確かめた。
出航の鐘が鳴り、アウロラ号はゆっくりと港を離れた。
背後で港の人々が手を振るが、その表情には不安が滲んでいる。
沖へ進むにつれ、海はどんどん暗く沈んでいった。
やがて海面には、港から見えた黒い渦がいくつも口を開けている。
渦の中心は底なしの闇で、潮が逆流するように吸い込まれていく。
「……近づきすぎるな」
ザハルが低く警告する。
しかし、その瞬間――左舷の渦が大きく膨らみ、そこから黒い触手が伸びた。
触手は船べりに絡みつき、甲板を軋ませる。
ガルドが斧で叩き切るが、切り口からさらに二本の触手が生える。
「キリがねえ!」
「レン! あれ、炎で焼けるか!?」
ヴァレッタの叫びに、レンは窯を開きながら答える。
「やってみる!」
香草レモンピザを窯に滑り込み、炎を最大出力にする。
焼き立ての香りが触手に触れると、表面が泡立ち、黒い液が滴った。
触手は苦悶するように船から離れ、海へと沈む。
「効く……効くぞ!」
リリィが叫ぶ。
しかし次の瞬間、船首の渦が大きく口を開け、その奥から巨大な影が姿を現した。
それは――海の魔王のような異形。
人の顔を思わせる輪郭に、瞳は真紅。
全身は海藻と甲殻に覆われ、触手と鰭を持つ。
「……あれが元凶か」
ヴァレッタが剣を握り直す。
レンは唾を飲み込み、窯の火をさらに強めた。
黒い渦の中心から現れた、海の魔王のごとき怪物。
レンたちは荒れる海の上で、この脅威と直接対決することになる。




