第95話『闇の広間の主』
血の儀式を終え、緋砂の迷宮・第二層の階段を開いたレンたち。
しかし、そこに立ちはだかったのは――黒い霧を纏う異形の戦士だった。
階段を守るように立つその影は、二メートルを超える巨躯。
顔は鉄仮面のようなもので覆われ、全身を黒い靄が包んでいる。
その靄は呼吸のように脈動し、近づく者の体温を奪った。
「……なんだ、こいつ……」
リリィが一歩後ずさる。
ヴァレッタは剣を構え、低く呟く。
「“闇守”か……迷宮の門番だ」
闇守はゆっくりと、だが迷いなく歩み寄ってくる。
その手には、漆黒の大剣。
ザハルが短剣を握り、レンに鋭い声を飛ばした。
「レン、下がれ! 一撃でももらえば粉々だ!」
次の瞬間、大剣が振り下ろされる。
床石が砕け、衝撃が全員の足元を突き上げた。
「うわっ!」
レンは反射的に横へ転がり、ガルドが斧で受け止めるが――
火花とともにガルドは数メートル吹き飛ばされた。
「……くそ、硬すぎる!」
ガルドが呻きながら立ち上がる。
ヴァレッタが低く吐き捨てた。
「霧が鎧代わりになってる。普通に斬っても通らない」
「じゃあ……どうすれば!」
リリィの声に、ザハルが答える。
「霧を払え! 炎か、強い風だ!」
レンは即座に腰の袋を漁る。
中から取り出したのは――鉄板。
「……まさか、ピザ焼くのか!?」
ヴァレッタが半ば呆れた声を上げる。
「そうだ。炎を出すならこれが一番手っ取り早い!」
レンは鉄板を置き、生地を広げ、手早く具材を並べる。
そしてポータブル窯の火口を最大に開き、強烈な炎を噴き出させた。
熱気が霧を吹き飛ばし、闇守の動きが一瞬鈍る。
「今だ!」
ヴァレッタが全身の力を込め、剣を振り抜く。
鎧ごと肩口を斬り裂くと、黒い霧が悲鳴のように散った。
ザハルとガルドも追撃を加え、闇守は後退する。
しかし、傷口から吹き出した霧が再び形を成し、
闇守はゆっくりと立ち上がった。
「再生する……!?」
リリィが叫ぶ。
ザハルの顔が険しくなる。
「完全に霧を払わねば倒せん!」
レンは窯の火をさらに強め、炎が床を舐める。
闇守が動きを止めたその瞬間、ヴァレッタが渾身の突きを胸に叩き込んだ。
鉄仮面が砕け、霧が激しく渦を巻き――
広間全体に、耳を裂くような絶叫が響いた。
霧は弾けるように消え、闇守の巨体は崩れ落ちた。
広間には、重く湿った静けさだけが残った。
「……やったのか?」
ガルドが息を整えながら呟く。
ザハルは短く頷き、階段を見やった。
「行くぞ。第三層――“緋砂の祭壇”が待っている」
闇守を打ち倒し、階段を手に入れたレンたち。
だが、祭壇の試練は彼らの想像を超えるものとなる――。




