第94話『血を求める魔法陣』
緋砂の迷宮・第二層“闇の広間”で立ち塞がったのは、脈動する魔法陣。
それは不気味な囁きとともに、血の代償を求めてきた。
魔法陣は渦を巻くように輝き、その光は赤から黒へと不規則に変化していた。
耳元では、先ほどよりも明瞭な声が響く。
――血を捧げよ。それが道を開く。
リリィが震える声で呟く。
「……これ、やらなきゃ進めないってこと?」
ザハルが険しい目を向けた。
「ああ。だが、迷宮が求める“血”が、どの程度かはわからん」
ガルドは無造作に斧を下ろし、手を差し出す。
「なら俺が――」
「待て!」
レンがその腕を掴んだ。
「下手をすれば命ごと吸い取られるかもしれない。
闇雲にやるもんじゃない」
ヴァレッタも頷く。
「まずは……試すべきだな」
レンは腰のポーチから、小さなピザ用の生地を取り出した。
「……まさか、ピザ生地で試す気?」
リリィが呆れ半分に言うが、レンは真剣だ。
生地にナイフで切り込みを入れ、そこに自分の指先からごく僅かな血を滲ませる。
それを魔法陣の中心に置くと――
光が一瞬、強く瞬き、生地は煙を上げて消えた。
だが、道は開かない。
「やっぱり“生きてる者の血”じゃないと駄目か」
ザハルが低く呟く。
その時、魔法陣から冷たい風が吹き出し、再び声が響く。
――強き者の血を。
「強き者……って、どういう基準なんだよ」
レンが顔をしかめると、ザハルはわずかに笑みを浮かべた。
「それは簡単だ。この中で、一番強いのは……」
全員の視線が自然とヴァレッタへと向かう。
「……やっぱり、私か」
ヴァレッタは小さくため息をつき、短剣を抜いた。
左手の甲を浅く切り、その血を魔法陣の渦へと垂らす。
次の瞬間、魔法陣が真紅に輝き、低い地鳴りが広間を満たした。
足元の石が震え、中央から階段がゆっくりと現れる。
「……開いた!」
リリィが息を呑む。
しかしその瞬間、広間の闇の奥から、巨大な影が蠢いた。
それは人の形をしているようで、全身が黒い霧に包まれている。
そして、声なき声で笑った。
「……試練は、まだ終わってない」
ザハルが短剣を構える。
「行くぞ。こいつを突破しなければ第三層には行けん!」
闇の広間は再び緊張に包まれ、レンたちは未知の敵との戦いに挑むことになった。
血を捧げ、道を開いたレンたち。
だがその先には、広間の主ともいえる存在が待ち構えていた。




