第92話『緋砂の迷宮へ』
夜砂の谷を抜けたレンたちは、ついに“緋砂の迷宮”の入り口へとたどり着く。
そこは赤い岩山に穿たれた巨大な門――そして、多くの命を飲み込んできた危険な場所だった。
夜明け前、赤い岩山は薄青い光に照らされ、まるで燃えるように輝いて見えた。
その中央、巨大な三日月型の門が口を開けている。
ザハルが足を止め、低く呟く。
「ここが……緋砂の迷宮だ」
門の前には風紋の刻まれた広場が広がり、ところどころに古い石碑が立っていた。
文字は風化して読めないが、いくつかは“帰らぬ者の名”らしい。
レンは無意識に唾を飲み込む。
「さて……入る前に確認だ」
ザハルが腰を下ろし、砂の上に簡易地図を描く。
「迷宮は三層構造だ。
第一層――砂の回廊。天井から細かな砂が絶えず降る。足場を奪われやすい。
第二層――闇の広間。松明なしでは一歩も進めん。
第三層――中心部“緋砂の祭壇”。証はそこに眠っている……はずだ」
リリィが眉をひそめる。
「……“はず”って何?」
「俺もそこまで行ったことはない。生きて帰った奴も、な」
準備を整え、一行は門をくぐる。
途端に、外の乾いた風とは違う、ひやりと湿った空気が肌を撫でた。
壁は赤土と石でできており、ところどころに古代文字のような模様が刻まれている。
ザハルが小声で言う。
「音を立てるな。ここでは足音さえ、獲物を呼ぶ」
レンは心臓の鼓動がやけに大きく響くのを感じた。
それは自分だけでなく、後ろを歩く仲間たちも同じだった。
第一層に入って間もなく、床の砂が妙に動いているのに気づいた。
「……砂が生きてる?」
リリィの声に、ザハルが即座に制止の手を挙げる。
「踏むな! “砂喰い”だ!」
次の瞬間、砂の中から複数の触手のようなものが飛び出した。
レンは咄嗟に足を引き、ガルドが斧でそれを叩き落とす。
砂喰いは地中に潜り、再び獲物を狙うように砂がうごめいた。
「やれやれ……初っ端から歓迎してくれるじゃないか」
ヴァレッタが剣を構え、周囲を警戒する。
ザハルは冷静に、壁際を指差した。
「中央は避けろ。壁沿いに進め」
壁際を進むと、やがて天井の隙間から細かな砂が絶え間なく降り注ぐ回廊に出た。
足を踏み出すたび、砂が靴を飲み込み、体力を奪っていく。
ここは第一層“砂の回廊”――地図の通りだ。
数刻後、ようやく砂の回廊を抜けた一行は、暗黒の広間の前に立っていた。
闇の奥からは、低い唸り声のような風の音が聞こえる。
ザハルが松明に火を灯し、険しい声で告げた。
「ここからが本当の試練だ。……引き返すなら今だ」
レンは仲間たちを見回し、ゆっくりと首を横に振った。
「行こう。ピザ屋の看板に泥を塗るわけにはいかない」
その言葉に、全員が苦笑しながらも頷く。
松明の灯が揺れ、闇が後ずさる。
一行は緋砂の迷宮、第二層へと足を踏み入れた。
迷宮の中に潜むのは、ただの罠や魔物だけではない。
仲間の心を揺さぶる“恐怖”そのものが、ここでは牙を剥く。




