第91話『谷の守り神』
赤い獅子団を夜砂の谷で撒いたレンたち。
しかし、そこで待ち受けていたのは――伝説に語られる“谷の守り神”だった。
月明かりを遮る巨大な影が、ゆっくりと姿を現す。
それは蛇にも似ていたが、体の太さは馬車ほどもある。
砂色の鱗が月光を受けて鈍く光り、その瞳は燃えるような琥珀色だった。
「……嘘だろ……」
リリィは呆然とつぶやき、木杓子を握りしめる。
ヴァレッタが剣を構えながら低く言った。
「古代砂蛇……生きていたのか」
ザハルの顔にも険しい影が落ちる。
「この谷を越える者を食う化け物だ。だが、退くことはできん」
「戦うしか……ないってこと?」
「いや――動きに隙を作って、やり過ごす」
古代砂蛇は、ゆったりと身体をくねらせながら近づいてくる。
砂が波のようにうねり、駱駝たちが怯えて鳴いた。
「レン、あの動きを見ろ」
ザハルが囁く。
蛇は頭を高く持ち上げ、次の瞬間、稲妻のように砂を切って突進してきた。
ガルドが咄嗟に駱駝を庇い、斧を振るう。
金属音と共に鱗が火花を散らすが、刃は通らない。
「硬すぎる!」
「正面は駄目だ、側面だ!」
ヴァレッタが叫び、身を翻す。
レンは息を整え、袋から取り出したのは――丸いピザ生地。
「……まさか、それ投げる気?」
リリィが驚くが、レンは頷いた。
「奴の注意を引く!」
思い切り投げたピザ生地は、ふわりと宙を舞い、蛇の鼻先にぴたりと張り付いた。
「シューッ!」と甲高い音を立て、蛇は激しく頭を振る。
「今だ! 右へ!」
ザハルの指示で一行は谷壁沿いに駆け抜ける。
蛇はピザ生地を剥がそうと暴れ、砂煙が谷を覆った。
やがて、レンたちは蛇の体を回り込む形で谷の奥へと抜け出すことに成功した。
振り返ると、蛇はまだその場で暴れ続けていた。
だがザハルは表情を緩めない。
「奴は執念深い。次に会えば、今度は通さない」
レンは肩で息をしながら頷いた。
「……でも、とりあえず今は……助かったな」
リリィはほっと息をつき、
「ピザ生地、命救ったね……」と呟いた。
夜砂の谷を抜けた空は、より一層澄んでいた。
その先には、緋砂の迷宮の入り口を示す赤い岩山が、月明かりの中に静かにそびえていた。
伝説の守り神を振り切り、レンたちはついに迷宮の入り口を望む場所までたどり着いた。
しかし、本当の試練はまだこれからだ。




