第87話『緋砂の迷宮を目指して』
星の麦の正統な所持者を証明する“守護の証”を求め、
レンたちは灼熱の砂漠に眠る“緋砂の迷宮”を目指す――。
ベレンティアを出発して三日後、景色は徐々に乾ききった大地へと変わった。
草原はいつの間にか姿を消し、地平線まで広がる赤茶色の砂丘が続く。
空は高く、雲一つなく、太陽は容赦なく頭上から照りつけていた。
「……あっつい……」
リリィは帽子を深くかぶり、汗をぬぐった。
「砂ってこんなに熱くなるんだね……ピザの石窯より熱いかも」
「石窯は熱を閉じ込めてるからな。ここは……全部が石窯だ」
ガルドが冗談めかして言うが、誰も笑わなかった。
荷馬車の影で小休憩を取りながら、レイシアが地図を広げる。
「この道を南へ二日進めば、オアシスの街“サルマ”があります。
そこから更に西へ半日で迷宮の入り口に着くはずです」
ヴァレッタが地図を覗き込み、低く唸った。
「……だが、この辺りは盗賊の縄張りだ。商隊を狙った襲撃も多い」
その言葉に、リリィが青ざめる。
「えっ、そんなの聞いてない……」
夕方、日差しが和らぎ始めた頃、
砂丘の向こうから幾つもの黒い影が迫ってきた。
馬にまたがった屈強な男たち、頭にはターバン、腰には湾曲した剣。
「……来やがったか」
ガルドがゆっくりと腰の斧に手をかける。
リリィが慌ててレンの腕を引いた。
「どうするの!?」
「やるしかないだろ」
男たちは馬を止め、前に出た一人が低い声を上げた。
「その荷車、渡してもらおうか。特に……粉の袋だ」
レンは眉をひそめる。
「星の麦を狙ってるのか?」
男は笑い、剣を抜いた。
「それを知ってるってことは、やはりお前らだな。
商会からの依頼だ。生きて返すなと言われている」
瞬間、砂漠の空気が張り詰めた。
ヴァレッタが剣を抜き、ガルドが斧を構える。
レイシアは荷車の後ろに下がり、短剣を手にした。
リリィは……荷台からピザ用の長い木杓子を取り出していた。
「……それで戦うつもり?」
「武器は慣れてないから、これが一番!」
レンは思わず笑ってしまう。
「よし、全員でいくぞ!」
砂煙が上がり、盗賊たちが突進してくる。
ガルドの斧が馬の進路を断ち、ヴァレッタの剣が閃く。
リリィは木杓子で頭をはたき、
「熱々のピザ生地ぶつけるぞ!」と叫んで盗賊を混乱させる。
戦いは短く激しかったが、盗賊たちは撤退した。
赤い夕日が砂丘を染める中、静けさが戻る。
レイシアが深く息を吐き、荷車を確認する。
「……麦も無事ですね」
レンは汗をぬぐい、空を見上げた。
「これが……まだ入口にすら着いてないんだよな」
ヴァレッタが短く頷く。
「本番はここからだ」
盗賊の襲撃を退けたレンたち。
しかし、“緋砂の迷宮”はまだ遠く、その危険はこれから増す一方だ。




