第86話『蒼衣の依頼人』
交易都市ベレンティアでの販売が大成功を収めたその日、
レンは星の麦を知るという蒼衣の女性から声をかけられた――。
女性は広場の喧騒を離れ、港近くの静かな路地へレンを誘った。
夕暮れの光が石畳を赤く染め、遠くから市場の音がかすかに響いてくる。
「まず、名乗らせていただきます。私はレイシア。考古学者です」
彼女は胸元のペンダントを軽く押さえた。
「あなたが使っている粉……星の麦は、古代王国の遺産。
そして私は、それを守るために動いている者です」
レンは驚きつつも問い返した。
「守る……って?」
「星の麦は、育つ土地が限られています。
しかも、一度乱獲されれば二度と同じ場所に実らない」
レイシアの表情は険しかった。
「今、その麦を独占しようとする商会があります。
彼らが動けば、あなたのように正しく使おうとする人間は排除される」
話を聞くうちに、リリィとガルドも合流した。
「つまり……その商会と戦えってこと?」
ガルドが腕を組む。
「直接戦う必要はありません」
レイシアは首を横に振った。
「私が求めるのは、あなたたちの協力。
古代王国の遺跡に眠る“星の麦の守護の証”を探し出してほしい」
「守護の証?」
「簡単に言えば、星の麦の正統な所持者を示すもの。
それがあれば、どの商会も手出しできません」
レンは少し考え込む。
「……その遺跡はどこに?」
「大陸南部の内陸にある“緋砂の迷宮”です」
その名を聞いた瞬間、ヴァレッタがわずかに目を細めた。
「……あそこは危険だ。
盗賊、魔物、そして地形……行く者の半分は戻らないと言われている」
だがレイシアは静かに頷いた。
「分かっています。ですが、時間がない。
商会の手が遺跡に入れば、証は壊されるか持ち去られるでしょう」
沈黙が落ちた。
遠くで港の鐘が鳴り、夕闇が街を包み始める。
レンは深く息を吐き、仲間を見回した。
「……分かった。行こう」
リリィがすぐさま笑顔を見せる。
「やっぱりそう言うと思った!」
ガルドも肩をすくめながら笑った。
「どうせ断れねぇんだろ、お前は」
レイシアは小さく微笑み、手を差し出した。
「ありがとう。あなたたちに託します」
レンはその手を握り返す。
――こうして、星の麦を守る新たな旅が始まった。
古代王国の遺産・星の麦を巡る新たな陰謀。
レンたちは、危険な“緋砂の迷宮”への旅立ちを決意する。




