第85話『交易都市ベレンティア』
霧の島を後にした黒牙号は、大陸の玄関口と呼ばれる巨大港町ベレンティアへ向かう。
そこは商人、冒険者、貴族が入り交じる交易の中心――。
数日間の穏やかな航海を経て、水平線に巨大な影が見え始めた。
近づくにつれ、それが高くそびえる城壁と無数の帆船であることが分かる。
その規模は、レンの想像をはるかに超えていた。
「うわぁ……あれ全部、港に並んでる船?」
リリィが目を丸くする。
「ああ。ベレンティアは東西南北の海路が集まる中心地だ」
ヴァレッタが淡々と答えるが、その瞳には微かな高揚があった。
黒牙号は港へと滑り込み、無数の声と香りと色彩に包まれた。
市場のざわめき、波止場の怒鳴り声、焼き魚や香辛料の匂い。
リリィはすでに目を輝かせて走り出しそうだ。
「レン、早く降りよう!」
「いや、まずは許可をもらわないと……」
しかし言い終える前に、リリィは階段を駆け下りていた。
「おい!」
港役所で入港手続きを済ませたレンが市場に向かうと、
広場の真ん中でリリィが異国風の楽団と一緒に踊っていた。
その周りには観客が集まり、笑顔で拍手を送っている。
「お前はほんと……」
ガルドが呆れたように笑う。
「でも、こういうのが客寄せになるのかもな」
昼過ぎ、レンたちは広場の一角を借り、
石窯を組み立てて「星の麦ピザ」の試験販売を始めた。
香りが漂い始めると、通りすがりの人々が足を止め、
珍しい黄金色の生地に興味津々で覗き込む。
「お兄さん、それ何て料理?」
「ピザ。大陸のあちこちで人気が出てる新しい食べ物だ」
一枚、また一枚と焼き上げるごとに列は伸びていった。
港の労働者、旅の商人、豪華な衣装の貴婦人までが並び、
気がつけば広場はピザの香りで満たされていた。
「……やばい。粉がもう半分しかない」
リリィが焦った声を上げる。
その時、背後から落ち着いた女性の声が響いた。
「その粉……もしや、星の麦ではありませんか?」
振り向くと、青いローブをまとった女性が立っていた。
腰には銀の装飾が施された短剣、胸元には古代文字が刻まれたペンダント。
彼女は静かにレンを見つめ、微笑んだ。
「あなたに……依頼があります」
交易都市ベレンティアでの販売は大成功。
しかし、星の麦を知る謎の女性の登場が、新たな物語を呼び込む。




