第82話『鐘が止まる時』
霧に包まれた島で出会った謎の少年。
彼は「鐘が鳴っているうちは間に合う」と警告した――。
霧の中に響く低く重い鐘の音は、一定の間隔で鳴り続けていた。
レンは少年の肩を掴み、真剣な眼差しを向ける。
「間に合うって……何が起きるんだ?」
少年は唇を震わせながら答えた。
「鐘が止まったら……“あれ”が来るんだ」
港の入り江に停泊させた黒牙号の方を振り返ると、
リリィとガルドが急ぎ足でこちらへやってくる。
「レン! 街の奥から妙な音がする!」
「妙な音?」
「何か……鎖を引きずるような音だ」
ヴァレッタが路地の奥を鋭く睨んだ。
「潮風の匂いがしない……あれは、生き物じゃない」
鐘の音が、次第にゆっくりになっていく。
少年が小さく叫んだ。
「もうすぐだ! 早く船に戻れ!」
しかしレンは首を振った。
「いや、このままじゃ島の人間が危ないかもしれない」
「人なんて……もう、ほとんど残ってない!」
少年の瞳には、諦めと恐怖が混ざっていた。
その瞬間――鐘の音が止んだ。
霧がざわめくように揺れ、街の奥から重々しい足音が響き始める。
レンたちは思わず身構えた。
ゆらりと現れたのは、人の背丈の三倍はある影。
甲冑のような黒い殻に覆われ、顔は影に隠れ見えない。
しかし、その手には巨大な鉄鎖が巻き付けられ、
鎖の先には錆びた鉄の鈴がぶら下がっていた。
ガルドが低く唸る。
「……魔物か?」
少年は後ずさりし、声を震わせた。
「あれは“番人”……鐘の音が止まると、外から来た者を必ず狩るんだ」
番人は鈴を揺らし、澄んだが不気味な音色を響かせた。
その瞬間、霧が一層濃くなり、周囲の景色が歪む。
リリィが小声で囁く。
「レン……これ、逃げられる?」
「分からない。でも……やるしかない」
ヴァレッタが腰の剣に手をかけた。
「私が時間を稼ぐ。お前は船まで走れ」
「いや……あれをどうにかしない限り、船も出せない」
レンはふと鼻をひくつかせた。
――かすかに漂う香ばしい匂い。
それは、さっき街の奥で感じた匂いと同じだった。
「……この島、まだ誰かが料理をしてる」
「は?」とガルドが目を丸くする。
「もしそれが鍵なら……この番人も、もしかしたら……」
レンは番人の足音を避けながら、匂いの源を探しに街の奥へ駆けだした。
背後で番人の鈴が再び鳴り、鉄鎖が石畳を叩く音が響く。
――鐘の代わりに、今度は鈴の音が島を支配していた。
鐘が止まった瞬間、現れた謎の番人。
そして、街の奥に漂う料理の匂い――。
この島の秘密は、まだ霧の中に隠されている。




