第80話『星の麦ピザ、完成』
月の泉で真の姿を取り戻した星の麦。
レンはそれを使って、この旅で最高のピザを焼き上げようとしていた――。
黒牙号の甲板。
夜の海を背景に、レンは石窯の前に立っていた。
袋から取り出した星の麦は、昼間よりもさらに輝きが強く、
手のひらで転がすとほんのり温かい。
「……不思議だな。ただの麦なのに、生きてるみたいだ」
リリィが隣で笑った。
「レン、それ、きっとあんたが触れてるから喜んでるんだよ」
麦を石臼で挽くと、粉は金色に淡く光を帯びた。
手でこねた生地は、まるで月の光を練り込んだように柔らかく伸びる。
生地からは甘い香りが立ち上り、皆が思わず鼻をくすぐられた。
「香りだけで腹が減るな」
ガルドが唾を飲み込む。
具材は港町で手に入れた最高級の食材を揃えた。
海の黄金、芳醇なチーズ、香り高いハーブ。
それらを丁寧に並べ、生地の上に彩る。
ヴァレッタが腕を組みながら見守る。
「レン、その顔……完全に戦士の顔だな」
「戦士っていうか、料理人だよ」
笑いながらも、レンの手は一切の迷いなく動いていた。
石窯の火を最高潮まで上げ、生地を滑り込ませる。
炎が舞い上がり、黄金の粉をまとった生地がゆっくりと膨らむ。
焦げ目がつく頃には、甲板全体が香りで包まれていた。
「できた……」
レンはピザを取り出し、仲間たちの前に差し出した。
ひと口食べた瞬間――。
リリィの目に涙が浮かび、ガルドは言葉を失い、ヴァレッタは黙って頷いた。
それはただ美味しいだけではなかった。
食べた者の心の奥に、懐かしい情景と温もりを呼び起こす味だった。
「……これが、星の麦の力か」
レンも驚きを隠せなかった。
その夜、港町の広場で振る舞われた星の麦ピザは、
港の人々の間に笑顔と涙を同時に広げた。
ギルド長すらも無言で何枚もおかわりし、
カミラは静かにレンの肩を叩いた。
「負けて悔しいはずなのに、不思議と嬉しいのよね。
あんたのピザ、みんなの心を温めるんだもの」
星空の下、レンは仲間たちと海を見つめた。
「この味を、もっと遠くまで届けたい」
その言葉に、皆が頷いた。
――こうして、次なる航海の計画が始まった。
星の麦ピザは、ただの料理ではなく、人の心をつなぐ奇跡の一枚だった。
レンの旅は終わらない。次の目的地へ――。




