第74話『古地図の誘い』
黒市でピザを大成功させたレンの前に現れた黒衣の商人。
彼が差し出したのは、古びた羊皮紙の地図――
そこには、海を越えた先に広がる未知の大陸が描かれていた。
黒衣の商人は、ゆっくりと地図を広げた。
その紙はところどころ破れ、海水で染みが広がっている。
しかし、描かれた線は明らかに今の海図とは違っていた。
「これは……どこの地図だ?」
レンが尋ねると、男は低く笑った。
「公式には存在しない大陸だ。
航路は嵐と魔物に覆われ、誰もたどり着けなかった。
だが……あんたなら、辿り着けるかもしれない」
ヴァレッタが眉をひそめた。
「その話、裏で何人も命を落としてる航路だろう。
お宝目当ての愚か者の末路は見飽きた」
「宝なんかじゃない」
商人は首を振る。
「その大陸には、海の黄金を凌ぐ“星の麦”がある。
それで作ったパンや生地は、この世のどんな料理も超える」
レンの瞳がわずかに光った。
「……星の麦?」
「ああ。夜になると金色に輝く麦だ。
古文書によれば、かつて神の宴に供されていた食材だという」
リリィが不安げにレンを見た。
「また危ない話に首を突っ込むつもり?」
「危ないかどうかは……食べてみてからだ」
レンは口元を緩めた。
商人は地図をレンの前に押し出した。
「これを持って行け。ただし……この航路を知った時点で、あんたはもう引き返せない」
沈黙の中、レンは地図を手に取った。
紙の手触りはざらつき、海の塩気を帯びている。
遠くで黒市の喧噪が聞こえるが、この瞬間だけは妙に静かだった。
「……行こう」
レンの一言で、ガルドが深いため息をつく。
「お前ってやつは……」
ヴァレッタは口角を上げた。
「面白い。あたしの黒牙号で行ってやる。
ただし、途中で飽きたら置いていく」
その夜、レンたちは黒市の外れにある小さな宿に泊まった。
窓からは港の灯りが揺れ、遠くで波の音が響いている。
机の上には、開かれた古地図。
地図の端には、赤いインクで小さな文字が記されていた。
“星の麦は、海を渡る者の心を試す”
翌朝、黒牙号は再び港を離れた。
風は追い風、空は晴れ。
だが、遠くの水平線の向こうには、嵐のような雲がじっと待ち構えていた。
レンは舵輪のそばで深呼吸をする。
「星の麦……待ってろよ。絶対に食ってやる」
古地図に記された“星の麦”を求め、レンたちは再び危険な航海へ。
次の目的地は――海の果てを越えた未知の大陸。




