第68話『霧の王』
幽海魚を仕留め、新たな絶品ピザを作り上げたレンたち。
だが霧の向こうには、さらに巨大で不気味な影が揺れていた。
船員たちが震える中――その“王”が姿を現す。
霧の海は静まり返っていた。
だが、その沈黙を破るように海面が盛り上がり、
やがて巨大な波紋が船へと迫ってくる。
「……来るぞ」
マルコが低く呟いた。
白い霧を割って現れたのは――漆黒の巨影。
それは、幽海魚の倍以上の大きさを誇る巨大魚だった。
鱗は黒曜石のように光を反射し、背びれは刃のように鋭い。
片方の眼は金色に輝き、霧を見通すような冷たい視線を向けてくる。
「“霧の王”だ……」
マルコが蒼白な顔で呟く。
「こいつは霧の海の支配者……この辺りの魚をすべて従えてる」
霧の王は低くうねりながら船の周囲を回り始めた。
時折、鋭い背びれが海面を裂き、船体を掠める。
船員たちは銛を握りしめるが、その圧倒的な威圧感に動けない。
ガルドがレンに目をやる。
「……さすがに、あれは無理だろ」
「いや……」
レンは霧の王を凝視したまま、ぼそりと呟く。
「もしかしたら、食えるかもしれない」
「お前、正気か!?」
リリィが叫ぶ。
「いや、もちろん正気じゃない。だけど……あの魚の脂と香りは、
きっとこの海でしか味わえない」
レンは厨房から特製の餌を持ち出した。
幽海魚の燻製に香草と塩、さらに星降りの蜜をほんのひと滴――
それを木箱に詰め、縄で船尾から垂らす。
しばらくして、海面に黒い影が近づいてきた。
霧の王が船尾に顔を寄せ、箱を引き上げた瞬間――
その巨体が一気に跳ね上がった!
「今だ!」
マルコが銛を投げ、ガルドと船員たちが網を張る。
甲板は大混乱、霧の王が暴れるたびに船が傾く。
激闘の末、ついに霧の王は動きを止めた。
船員たちは呆然としながら、その巨体を見つめる。
全長は二十メートルを超え、銀黒の鱗が美しく輝いていた。
「……これをピザに?」
リリィは半分呆れ、半分期待の顔をしていた。
レンは深呼吸し、巨大魚の肉を切り出す。
脂が透き通り、指先の熱でとろけそうになる。
それを軽く塩とハーブでマリネし、石窯に入れた。
焼き上がったピザを一口食べたガルドが、言葉を失う。
「……これ……今までの魚と、別次元だ……」
リリィも目を潤ませながら頷く。
「海の味が……甘い……」
しかし、マルコが険しい顔をした。
「……この魚を仕留めたことで、霧の海の均衡が崩れるかもしれねぇ。
潮が変わる前に、島へ急ぐぞ!」
霧の海を統べる王を倒し、その身から至高の味を引き出したレンたち。
だが、海は彼らを歓迎してはいない――。




