第67話『霧の海の怪魚』
海の果てを目指すレンたちは、ついに“霧の海”へと足を踏み入れた。
視界はわずか数メートル。静寂の中、何か巨大なものが水面下で動いている――。
船はゆっくりと霧の中を進む。
波の音すら吸い込むような静けさに、全員が無言になった。
甲板の手すりに寄りかかっていたリリィが、ふいに顔を上げる。
「……今、音がした」
次の瞬間――船底を“ゴンッ”と叩く鈍い衝撃。
揺れとともに、船員たちがざわめき始める。
マルコが眉をひそめた。
「おい、誰も網は降ろしてねぇよな……」
その時、船の右舷側の海面が盛り上がった。
白い霧の中から、長く黒い影がうねりながら現れる。
「……でけぇ……」
ガルドが息を呑む。
霧の切れ間に姿を現したのは、
銀色の鱗を持ち、長さ十メートルはある巨大な魚――いや、怪物だった。
「“幽海魚”だ!」
マルコの叫びに、船員たちが一斉に武器や銛を構える。
その魚は鋭い牙をむき、船の周りをゆっくりと旋回している。
「どうする!?」
リリィが叫ぶ。
「やるしかねぇだろ!」
ガルドが舵を握りしめた。
しかしレンは、一歩前に出た。
「ちょっと待て……あれ、魚だろ?」
「そりゃそうだ!」
「じゃあ……食えるんじゃないか?」
船員全員が一瞬固まった。
ガルドが信じられないものを見る目でレンを見た。
「お前……この状況で料理のこと考えてんのか……?」
レンは厨房へ駆け込み、大きな網と長柄の銛を持って戻ってきた。
「捕まえるぞ! あれはきっと、この海でしか手に入らない味だ!」
マルコも苦笑しながら加勢する。
「お前のバカさ、嫌いじゃねぇ!」
銛が海に突き刺さり、網が絡み、
船員たち総出で巨大魚を引き上げる。
怪魚は甲板の上で暴れ回ったが、やがて力尽きた。
その体からは、深海魚特有の甘い香りが漂ってくる。
「こいつの身……トロみたいに脂が乗ってるぞ」
レンは刃を入れながら、思わず笑みを漏らした。
「これで、新しいピザが作れる」
怪魚の肉を切り分け、塩とハーブで軽く漬け、
燻製にして船上の小さな石窯で焼き上げる。
霧の中、漂う香りに船員たちの腹が一斉に鳴った。
熱々のピザを頬張ったガルドが、目を丸くする。
「……うまっ……! 脂がとろけるのに、全然くどくない……!」
リリィも笑顔でかぶりつく。
「こんな魚、初めて食べた!」
だが、食事の最中。
遠くの霧の向こうで、同じような巨大な影がいくつも揺れていた――。
霧の海で出会った幽海魚は、絶品の食材だった。
しかし、まだこの海の支配者は別にいるらしい……。




