第66話『海の果てを目指して』
王宮の宴で伝説の一枚を作り上げ、大陸中に名を知られることとなったレン。
しかし彼は専属料理人の誘いを断り、新たな地を目指す決意を固めた。
次なる目的地――地図にも載らぬ、海の果ての島。
王都を出発する朝、港町フェルナンド行きの馬車に揺られながら、
レンは空を見上げていた。
旅の相棒、ガルドとリリィも同じ景色を眺めている。
「……やっぱり行くのか、海の果て」
ガルドが腕を組む。
「怖じ気づいたか?」
「いや、ワクワクしてるだけだ」
レンは笑った。
港町フェルナンドに到着すると、潮の香りとカモメの声が迎えてくれる。
街は以前訪れた時よりも賑わっており、広場では大きな帆船の積み込みが行われていた。
古馴染みの漁師マルコが、網を肩にかけながら声をかけてくる。
「おいレン! 王宮で大仕事したって聞いたぞ! で、今度は何だ?」
「海の果ての島に行きたい」
マルコは目を丸くした。
「おいおい、あそこは船乗りたちが“霧の海”って呼んでる危険地帯だぞ」
霧の海――
一年のうち数日だけ航路が開けるが、濃い霧と強い潮流で多くの船が戻れなくなる。
だが、その島には“海の黄金”と呼ばれる幻の海藻や魚介が眠っていると伝えられていた。
「その食材が欲しい」
レンの声は迷いがなかった。
「また無茶を……」
ガルドは頭をかいたが、結局止めることはしなかった。
「じゃあ、俺の船を出そう」
マルコはにやりと笑い、港に停泊する頑丈そうな帆船を指差した。
「“白鷹号”なら、霧の海も抜けられるかもしれねぇ」
翌朝、船は出港した。
甲板ではガルドがロープを引き、リリィが海鳥を追い払う。
レンは厨房を確保し、早速、航海用のピザを試作していた。
日持ちするように干し魚とオリーブ、燻製肉を具材にし、
塩分を効かせた生地を香ばしく焼き上げる。
「……これなら長旅でも食える」
焼きたてを頬張ったガルドが、親指を立てた。
しかし、三日目の夜。
海の地平線の向こうから、濃い霧が押し寄せてきた。
月も星も隠れ、世界が白一色に染まっていく。
船員たちが慌ただしく動く中、マルコが叫んだ。
「来やがったな……霧の海だ!」
ついに踏み入れた霧の海。
その先に、海の果ての島と幻の食材は本当に存在するのか――。




