第65話『星降りの蜜、伝説の一枚』
千年に一度しか手に入らない“星降りの蜜”。
その一滴を加えたピザが、ついに王宮で焼き上がる。
宴の席に集まった貴族も民も――誰もがその瞬間を見守っていた。
王宮の大広間は、朝から異様な熱気に包まれていた。
長いテーブルには豪華な料理が並び、
絹や金糸の衣装を纏った貴族たちが談笑しながら席に着いている。
舞台の中央には、特設された石窯と作業台。
そこに、レンが立っていた。
「やるぞ……」
深呼吸一つ。
レンは生地を高く持ち上げ、リズムよく回転させる。
空中でふわりと広がる生地に、見物人から小さなどよめきが起こる。
トマトソースは黄金トマトを使用し、甘味と酸味を絶妙に調整。
その上に港町フェルナンドの銀鱗マス、草原エイラの香草、
砂漠ザファルのスパイスミックス、雪国ノルデンの熟成チーズを丁寧に配置していく。
そして――
レンは小瓶を取り出した。
星のような粒子が輝く深紅の液体、“星降りの蜜”。
場が静まり返る。
「これが……最後の仕上げだ」
レンはわずか一滴、ソースの中心に垂らす。
その瞬間、甘く、そしてどこか涼やかな香りが立ち上り、
室内の空気までもが澄んだように感じられた。
石窯にピザが入る。
炎が蜜の香りを包み込み、チーズが泡立ち、
香草とスパイスが溶け合っていく。
焼き上がるまでのわずかな時間が、永遠に感じられた。
そして――完成。
切り分けられたピザは、まるで宝石を散りばめたように輝いていた。
一口食べた王の瞳が、ゆっくりと見開かれる。
「……これが……伝説の一枚……」
やがて王は朗らかに笑い出し、
「うまい! これほど心が満たされる味は、生涯で初めてだ!」
と声を上げた。
その声を合図に、貴族たちも次々と口に運び、
驚きと感動の声が広間に満ちた。
ガルドは黙々と食べながら、ぽつりと呟く。
「……不思議だな。腹も心も、同時に満たされる感じだ」
リリィは微笑む。
「これ、ただの料理じゃないよ。魔法だよ」
宴は深夜まで続き、王はレンの肩をたたいた。
「そなたの名は、大陸中に知れ渡るだろう。
そして……もし良ければ、我が専属料理人に――」
だがレンは、静かに首を振った。
「俺には、まだ届けたい味があるんです。旅は……続きます」
伝説の一枚は、王宮の宴を永遠の思い出に変えた。
しかし、レンの旅はまだ終わらない。
次は、さらなる未知の地へ――。




