第61話『雪と鉱山のチーズ物語』
灼熱の砂漠を越え、レンたちがたどり着いたのは、
雪と氷に覆われた北方の鉱山町。
この寒冷地でしか作れない、熟成チーズとの出会いが待っていた。
風が頬を切るように冷たい。
鉱山町ノルデンは標高が高く、雪が舞い続ける場所だった。
家々の屋根には分厚い雪が積もり、煙突からは白い煙がのぼっている。
馬車の車輪は雪道にきしみ、レンたちは肩をすくめながら進んだ。
「……さむ……」
リリィはマフラーに顔を埋め、足元の雪を踏みしめる。
「砂漠の後にこれはきついな……」
ガルドも厚着をしているのに震えていた。
そんな中、エルマーだけは笑顔だ。
「この寒さこそ、熟成チーズの国ノルデンの醍醐味だ」
町の広場に着くと、木組みの家々の間で小さな市が開かれていた。
野菜はほとんどなく、代わりに干し肉、燻製魚、そしてチーズが並んでいる。
中でも一際目立つのは、巨大な丸いチーズの塊だった。
「これは“グラフチーズ”だよ」
声をかけてきたのは、白髭をたくわえた大柄な老人。
彼は鉱山の職人でもあり、冬の間はチーズ熟成士でもあるという。
「山の洞窟の中で、半年以上熟成させる。
寒さと岩の湿気が、この香りと味を育てるんだ」
切り出されたチーズは濃い黄色をしており、
香りは強いが、口に入れると甘みとコクが広がった。
「……これは、温かい料理に合わせたら最強だな」
レンの目が輝く。
老人は笑い、手招きした。
「せっかくだ、鉱山の熟成庫を見せてやろう」
案内された洞窟は薄暗く、ひんやりとしていた。
棚には無数のチーズの塊が並び、熟成の香りが漂っている。
レンはその空気を胸いっぱいに吸い込み、
「この香りを、ピザに閉じ込めたい」と確信した。
その夜。
レンは雪の中に石窯を据え、試作を始めた。
ソースはシンプルにバターと少量のニンニク。
そこへ厚めにスライスしたグラフチーズを惜しげもなく乗せる。
トッピングは燻製ベーコンとジャガイモ。
焼き上がった瞬間、チーズの香りが広場いっぱいに広がった。
熱々のピザをかじったガルドは、思わず声を漏らす。
「……ああ、これは冬のピザだ……」
体の芯から温まり、寒さを忘れる味だった。
北方の鉱山町で出会った熟成チーズは、
雪の寒さをも楽しみに変える、濃厚な一枚を生み出した。
次は大陸中央の大都市――旅の集大成へ。




