第60話『砂とスパイスの交易都市へ』
草原を後にしたレンたちが向かったのは、
灼熱の太陽と香り立つスパイスの街――交易都市ザファル。
異国情緒あふれる市場で、ピザの新たな可能性が芽吹く。
数日間の旅路を経て、馬車は乾いた大地へ入っていた。
草原の緑は消え、遠くには蜃気楼のように揺れる砂丘が広がる。
風は熱く、肌を刺すようだ。
「……あっつ……」
ガルドは額の汗をぬぐい、ぐったりと馬車の座席にもたれた。
「港町の潮風が恋しいわ……」
リリィは日よけ布の下から外を眺め、半ば溶けている。
やがて、砂漠の中に色鮮やかな建物が見えた。
屋根や壁には青や赤のタイルが敷き詰められ、
白い尖塔が陽光を反射して輝いている。
「ようこそ、交易都市ザファルへ」
エルマーが笑みを浮かべた。
街に入ると、香辛料の香りが鼻をくすぐる。
クミン、カルダモン、シナモン、そして唐辛子――
それらが混ざり合い、どこか異国の甘さと刺激を感じさせる。
「スパイスの香りだけでお腹が空いてくるな」
レンは露店を見回しながら呟く。
ある店先では、山のように盛られたスパイスの粉末が、
赤、黄、茶、緑と宝石のように輝いていた。
「お兄さん、料理人かい?」
声をかけてきたのは、色鮮やかな衣装を着たスパイス商人の女性だった。
彼女はレンの服装と腰の包丁を見て、目を輝かせる。
「なら、この“ザファル・ミックス”を試してみな。
辛味と香りの黄金比だよ」
袋を開けると、刺激的な香りがふわっと立ち上る。
ガルドは思わずくしゃみを連発し、
リリィは「……鼻が燃える」と顔をしかめた。
しかしレンは、その香りに確信を得る。
「このスパイス、ピザに使える」
その夜。
レンは宿の厨房を借り、試作を始めた。
オリーブオイルにスパイスを溶かし、香りを引き出す。
そこへ砂漠で保存される塩漬け羊肉を刻んでトッピング。
さらに刻んだ干しトマトで甘味と酸味を加える。
石窯で焼き上げると、スパイスの香りが爆発した。
辛味の中に、深い旨みと甘さがあり、
食べた瞬間、体が温まる。
「……これは、旅人が砂漠を渡るためのピザだ」
レンはひと口食べて、そう呟いた。
砂漠の街で生まれたスパイスピザは、
旅の疲れを癒やし、体を奮い立たせる一枚となった。
次は雪と氷の国――北方の鉱山町を目指す。




