第59話『草原の香りを求めて』
港町フェルナンドを後にしたレンたちは、
風と羊が暮らす草原の大地へ向かう。
香草と乳製品の宝庫――この地で出会うのは、
素朴で深い味と、自然と共に生きる人々の知恵だった。
馬車は港町を出て、緩やかな丘をいくつも越え、
広がる草原地帯に入っていた。
空はどこまでも高く、風が絶え間なく吹いている。
時おり、遠くに白い点々――羊の群れが見えた。
放牧の鈴の音が風に乗って聞こえてくる。
「うわー、ひつじがもふもふしてるー!」
リリィが顔を出して手を振ると、羊飼いの子供たちが笑顔で手を振り返した。
「ここが“エイラ平原”だ」
エルマーが地図を広げながら説明する。
「香草の栽培が盛んで、特にヤギ乳から作るチーズが有名だ。
ピザの新しい素材として、うってつけだと思う」
目的地の村に着くと、素朴な石造りの家々が点在し、
あちこちの屋根からは干草の香りが漂っていた。
迎えてくれたのは、小柄で日焼けした老婆――**“シラばあ”**だった。
「ようこそ、エイラへ。旅の料理人なんだってねぇ。
うちのチーズ、食べていきなさいよ」
シラばあの案内で向かったのは、小さなチーズ工房。
ヤギや羊の乳をしぼり、銅鍋でじっくりと温め、
布でくるんで押し、時間をかけて熟成させる。
「この草原の草で育った動物の乳は、香りが違うんだよ」
シラばあはそう言って、小さく切ったチーズを差し出した。
レンが口に入れると、ほのかな酸味とともに、
草原の空気そのもののような香りがふわっと広がった。
「……これは、絶対にピザに合う」
さらに村の少年が、香草の束を持ってきた。
「これは“ブルサ草”! 焼くとチーズと合うんだって!」
葉は細くて繊細だが、指でつぶすと鮮烈な香りが広がった。
その夜。
村の広場に石窯を仮設し、ピザ作りが始まった。
香草を練り込んだオリーブオイルベースのソース。
その上に地元産のチーズを厚めに敷き詰める。
具材はシンプルに、グリルした羊のソーセージとハーブ。
焼き上がると、辺りに広がるのは、香草とチーズの芳醇な香り。
村人たちは集まり、次々に口へ運び――
「……うまっ!!」
「まるで草原がそのままピザになったみたいだ!」
「この味、旅人にしか作れないねぇ」
歓声と笑い声が、草原の夜空に溶けていった。
エイラ平原の香草とチーズは、レンに新たな発見をもたらした。
次の旅路は、灼熱の大地――砂漠の交易都市へ。




