第55話『新しい旅立ち』
魔王との一件からしばらくが経った。
平穏な日々の中、ラ・ステラに訪れた一人の旅人が、
レンを新たな旅へと誘う――。
昼下がりのラ・ステラ。
店の奥ではガルドが粉まみれになりながら生地をこね、
リリィはカウンターで常連客と談笑していた。
レンは窯の温度を確かめながら、穏やかな午後を楽しんでいた。
そんなとき、扉の鈴が軽やかに鳴った。
入ってきたのは、長い外套を羽織った中年の男。
背中には古びた革製の地図筒を背負っている。
「ここが……噂のラ・ステラか」
低く落ち着いた声。
レンは笑顔で迎えた。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
男はカウンターに腰を下ろし、メニューも見ずに言った。
「まずは一番自信のあるピザを頼む」
レンは少し考え、旅人に合わせて香草とチーズを効かせた一枚を作った。
焼き上がったピザを前に、男は目を細め、ひと口、またひと口……
そして低く唸った。
「……噂以上だな」
「ありがとう。でも、そんなに噂になってるのか?」
レンが聞くと、男は地図筒を開き、古びた羊皮紙を広げた。
そこには大陸全土の地図が描かれ、各地に小さな赤い印が記されていた。
「これは、私が旅してきた街と村の印だ」
男はゆっくりと指を滑らせる。
「この大陸には、まだ君のピザを知らない人々が山ほどいる」
「……だから?」
「一緒に来ないか。私が案内する。大陸を横断して、君のピザを広めるんだ」
ガルドとリリィが顔を見合わせる。
「おいおい、また旅かよ……」
「でも、ちょっとワクワクするわね」
レンはしばし黙って考え、やがて笑みを浮かべた。
「面白そうだな。……やるか」
こうして、魔王をも唸らせたピザ職人の次なる旅が、静かに始まった――。
魔王編を終えたレンは、新たな挑戦へと踏み出す。
次回は、大陸横断ピザ行商の第一歩。
最初の目的地は、港町フェルナンド。




