第53話『魔王とピザ対決』
魔王城の玉座の間。
漆黒の玉座に座る魔王は、ゆっくりとレンを見下ろしていた。
その瞳には、戦意ではなく――何かを渇望する光が宿っている。
最後の一枚が、世界の運命を決める。
巨大な扉が閉じる音が響く。
天井は高く、赤黒い絨毯が玉座までまっすぐ伸びている。
玉座に座るのは、漆黒の鎧を纏い、二本の角を持つ男。
その存在感だけで、空気が重くなる。
「……貴様が異世界から来たというピザ職人か」
低く響く声が広間を満たす。
「そうだ。魔王……アンタが俺を呼んだんだろ」
「そうだ。余は、この世界を制した。しかし……何を食しても心が満たされぬ」
魔王の声には、奇妙な虚しさが滲んでいた。
「だから呼んだ。貴様の噂は耳にしている。
もし、余の舌と心を満たす一枚を作れれば……この世界を滅ぼすのはやめよう」
その言葉にガルドが小声でつぶやく。
「……本当にピザで世界救えるのかよ」
「できる。俺たちなら」
レンは迷いなく答えた。
レンは深呼吸し、旅で手に入れた食材を並べた。
魔王領でしか採れない漆黒の小麦粉、甘みのある紅いトマト、
森で摘んだ香草、そして光を反射する銀色のチーズ。
「今日は、この世界すべての恵みを一枚に詰め込む」
レンは生地をこね、伸ばし、ソースを塗る。
香草とチーズの香りが広がり、魔族の兵たちが思わず唾を飲み込む。
石窯の中で生地が膨らみ、焦げ目がつき始めた。
焼き上がった瞬間、強烈な香りが広間を包み込む。
「……ふむ」
魔王の瞳がわずかに揺れた。
「さぁ、どうぞ」
レンは熱々のピザを切り分け、銀の皿に載せて差し出す。
魔王は一片を手に取り、ゆっくりと口へ運んだ。
一口――静寂。
二口――玉座の魔王が動きを止める。
三口――瞳が大きく見開かれる。
「……これは……温かい……」
魔王は小さく呟き、視線を落とす。
「余は……ずっと、孤独であった。
だが、この味は……皆と囲む炎のようだ……」
次の瞬間、魔王の口元に初めて微笑が浮かんだ。
「余は……滅びをやめよう。この世界を守る」
兵士たちがどよめき、ガルドは唖然とした顔をする。
「……本当に……ピザで世界救っちまったな」
リリィは安堵の息を吐いた。
「やっぱり、この人はバカだけど……すごいわね」
こうして、魔王との対決は終わった。
レンは最後に一言だけ残した。
「また食べたくなったら、ラ・ステラに来いよ。ちゃんと作ってやるから」
魔王は深く頷いた。
世界を滅ぼしかけた魔王を、一枚のピザが救った。
次回は――平和を取り戻したラ・ステラで、再び始まる日常。




