第52話『魔王城の門前にて』
長い旅路を経て、ついに魔王領の境界へ辿り着いたレンたち。
重苦しい空気と不気味な静けさの中、城門の前に立ちはだかったのは――
まさかの“ピザ好き”だった。
深い森を抜けた瞬間、空の色が変わった。
夕暮れではない。
魔王領特有の、紫がかった不穏な空。
遠くに見える魔王城は、黒い鋼鉄のようにそびえ立ち、
その周囲を雷光が覆っている。
街道の先に、巨大な黒い門が現れた。
門の前には鎧を纏った魔族の兵士たちが並び、
その中央に、一際目立つ人物が立っていた。
赤毛をポニーテールにまとめ、鋭い目つきの魔族の女性。
腰には二本の短剣。背中には――なぜか大きな木製のピザ皿。
「お前たちが……異世界のピザ職人か」
「そうだけど……その背中のは?」
レンが指さすと、彼女はにやりと笑った。
「これは我が家の宝だ。かつて人間界で食べたピザが忘れられなくてな……
まさか魔王陛下が貴様を呼び寄せるとは。運命を感じるぞ」
そう言って彼女は自己紹介をした。
「私はセラフィナ。魔王直属近衛隊長にして――自称ピザ愛好家だ」
ガルドが半眼になる。
「なんだその肩書き……」
「本気だぞ。私は何よりもピザを愛する」
セラフィナは真剣そのものの目をしていた。
「だが、魔王城に入る前にひとつだけ試させてもらう」
「試す?」
「そうだ。陛下に会う者は、必ず“味の門”を通らねばならん。
ここで私を唸らせるピザを焼け。さもなくば、城門は開かない」
レンは一瞬考え、旅の途中で手に入れた食材を思い出した。
魔王領の森で摘んだ香草、村で買った燻製肉、そして持参したモッツァレラ。
「よし……行くか」
携帯石窯をセットし、生地を広げる。
香草を刻みオリーブオイルと混ぜてソースにし、燻製肉を薄く乗せる。
焼き上がる頃には、門前に芳しい香りが広がっていた。
「……食わせろ」
セラフィナは迷わずかぶりつく。
一口、二口……そして目を見開いた。
「……悪くない。いや、非常に良い!」
その声に門番たちもざわめく。
「貴様、魔王陛下を唸らせられるかもしれん……通れ」
重厚な城門が、ゆっくりと開いた。
その先に広がるのは、暗黒の回廊と、遠くに輝く玉座の影だった――。
こうしてレンたちは魔王城の中へ足を踏み入れた。
次回、ついに魔王との対面。そして、最後のピザ対決が始まる。




