第50話『魔王の使者、来る』
穏やかな春の日。
ラ・ステラでは今日もいつものようにピザを焼いていた――
その時、黒いマントの影が扉をくぐった。
それは、魔王からの不吉な招待状を携えた使者だった。
昼過ぎ、店内は観光客や常連で賑わっていた。
レンは生地を伸ばし、トマトソースを塗りながら笑っていたが、
ふと入口が静まり返ったのを感じた。
そこに立っていたのは、漆黒のマントを纏い、
顔の半分を鉄仮面で覆った長身の男。
腰には禍々しい剣が下がっている。
「……ここが、ラ・ステラか」
低く響く声。
客たちは一斉に息を呑み、視線をそらす。
男はゆっくりとカウンターに近づき、
懐から黒い封筒を取り出した。
「魔王陛下が、貴様のピザを所望されている」
レンは手を止めた。
「……魔王? 本当にあの魔王?」
「そうだ。陛下直々のご指名だ」
ガルドが眉をひそめる。
「魔王がピザなんて……罠じゃねえのか?」
リリィも声を潜めて囁く。
「行ったら帰ってこられないかもしれないよ……」
しかし、使者は淡々と言葉を続けた。
「陛下は三日後、魔王城で貴様を待つ。
拒否すれば、街を灰にすると仰せだ」
店内の空気が凍りつく。
レンは封筒を開き、中の羊皮紙を読んだ。
そこには、流麗でありながら威圧感のある筆跡でこう記されていた。
「噂の異邦人ピザ職人よ。
余は未だ、真に心を震わせる味を知らぬ。
我が望みを叶えよ。
さすれば、この世界に平穏をもたらすことを約束しよう。」
レンはしばし黙っていたが、やがて真剣な目で仲間たちを見た。
「……行くしかないな」
「正気か!?」とガルドが叫ぶ。
「魔王だぞ!?」とリリィも怒鳴る。
それでもレンは笑った。
「この世界に来て、たくさんの人に助けられた。
その世界が滅びるのを黙って見てられない。
それに……魔王がどんなピザを食べたいのか、ちょっと興味あるしな」
こうして、ラ・ステラのカウンターの奥で、
魔王城行きの旅支度が始まった。
穏やかな日常は、静かに幕を閉じようとしていた――。
魔王の招待は、世界の運命を懸けた一枚への挑戦状だった。
次回は、仲間たちと共に魔王城への旅に出発する。




