第48話『春風のバジルピザ』
冬が終わり、街には春の風が吹き始めた。
ラ・ステラにも、新しい季節を祝う特別なピザを求める声が届く。
レンは春の香りを閉じ込めた一枚を焼き上げる――。
雪解けの水が石畳を濡らし、通りには早咲きの花が彩りを添える。
市場に行くと、青々としたバジルの束が山積みにされ、
農家の女性が笑顔で声をかけてきた。
「今年のバジルは香りがいいよ。春風を閉じ込めたみたいさ」
レンは迷わず数束を買い、店へ戻った。
「春ピザ、いよいよ始動か?」
ガルドがニヤリと笑う。
「そう。軽くて爽やかで、一口で春を感じられるやつ」
レンはさっそく試作を始めた。
生地は軽く薄く伸ばし、トマトソースは使わない。
代わりにオリーブオイルと刻みニンニクを薄く塗り、
バジルペーストをたっぷり乗せる。
そこにモッツァレラとミニトマトを散らし、焼き上がりに生バジルをのせて仕上げる。
石窯から出た瞬間、
鮮やかな緑と赤のコントラスト、立ち上るバジルの香りが店内を包んだ。
「……これは、もう春そのものだな」
リリィが思わず深呼吸をする。
開店と同時に、常連客が駆け込んできた。
「春の新作、あるって聞いたよ!」
「もちろん。できたてをどうぞ」
一口食べた客の表情がふわっと緩む。
「ん~……口の中まで春風が吹き抜けるみたいだ」
その日、店の前は花見帰りの客や旅人で賑わった。
外のベンチでピザを頬張る人々の笑い声が、春の空に溶けていく。
閉店後、レンは余ったバジルでジェノベーゼソースを仕込みながら呟く。
「次の季節も、この街の人たちに喜んでもらえるピザを作ろう」
春風が窓を揺らし、厨房に香りを運んできた。
春風のバジルピザは、ラ・ステラの春の定番となった。
次回は、そんな穏やかな日々の中で訪れる一つの旅立ち。