第45話『森の魔女と薬草ピザ』
旧友との再会から数日後、ラ・ステラに届いたのは森の奥に住む魔女からの手紙。
「特別な薬草を使ったピザを作ってほしい」という依頼は、ただの料理では終わらなかった――。
ある朝、レンは店の郵便受けから一通の封筒を取り出した。
紙は古び、封蝋には不思議な紋章が刻まれている。
中の便箋にはこう書かれていた。
「私は森に住むエルミラ。
あなたの作る料理は、魂を癒すと聞いた。
私のために“癒しの薬草ピザ”を焼いてほしい。
材料は森でお渡しします。」
ガルドが眉をひそめる。
「森の魔女エルミラ……噂では、怪我人や病人を治す一方、気に入らない奴はカエルに変えるらしいぞ」
「……できれば怒らせたくないな」
レンは苦笑いしながら、必要な道具を準備した。
森の中は、昼でも薄暗く、湿った土の匂いが立ちこめている。
小鳥の声と、遠くから響く不思議な鈴の音。
やがて、小さな小屋が見えてきた。
扉が軋む音を立てて開き、中から現れたのは長い銀髪の女性。
透き通るような緑の瞳が、レンを静かに見つめる。
「あなたがレン……ね。思っていたより普通の青年」
「まぁ、普通のピザ職人ですから」
「ふふ……それがいいわ。こちらへ」
室内には、棚いっぱいに乾燥した草花や瓶詰めが並び、
甘く、そしてほろ苦い香りが混じっていた。
エルミラは、小さな籠を差し出す。
「これは“月のミント”と“星のセージ”。
月夜にしか採れない、癒しの力を持つ薬草よ」
葉を摘むと、かすかな光が指先で瞬いた。
レンはその場で生地をこね、薪窯に火を入れた。
ベースはオリーブオイルとハチミツ、そこに刻んだ薬草を練り込む。
チーズは控えめにし、薬草の香りを引き立てるため、薄くスライスしたキノコを散らした。
焼き上がったピザは、金色の縁を持ち、立ちのぼる湯気がどこか神秘的だった。
一口食べたエルミラは目を閉じ、しばし動かない。
「……胸の奥が、静かになる。
これは、ただの食事ではないわね」
「ピザは……人を元気にする食べ物ですから」
「ふふ、気に入ったわ。あなたは友人よ」
そう言って、彼女は小瓶を差し出した。
「この粉を、必要な時に使いなさい。きっとあなたを守るわ」
瓶の中で、月明かりのような粉が淡く光っていた。
森の魔女との出会いは、ラ・ステラに新たな縁と、不思議な贈り物をもたらした。
次回は、そんな不思議な出来事の後にやってくる予想外の天候との戦い。