第43話『チーズ祭りと謎の批評家』
山奥で手に入れた幻のモッツァレラを使った新メニューを披露する日。
街の人々が集まり、店は祭りのような賑わいを見せる。
しかし、その中に正体不明の美食批評家が紛れ込んでいた――。
昼前から、ラ・ステラの前は行列になっていた。
張り紙にはこうある。
「本日限定! 幻のモッツァレラを使った特製マルゲリータ」
「……予想以上に来てるな」
レンは汗を拭きながら笑った。
「そりゃあ、山奥でしか手に入らないチーズって聞いたら、みんな気になるでしょ」
リリィがにやりと笑う。
開店と同時に、チーズの甘い香りが通りまで漂う。
生地は軽く、モッツァレラは舌の上でとろけ、トマトの酸味と絶妙に絡み合う。
その時、カウンター席に一人の男が座った。
黒い帽子を深くかぶり、分厚い手帳を開いて何やら書き込んでいる。
無駄のない仕草と落ち着いた視線――常連ではない。
リリィが小声で囁く。
「ねぇレン、あれ……例の“舌の悪魔”じゃない?」
「……美食批評家のカーティス?」
「そう、その人。書かれたら一流にも地獄にも落ちるって噂」
レンは深呼吸して、特製マルゲリータを焼き上げる。
いつも通りの工程、いつも通りの火加減。
派手なことはせず、素材の力と技だけで勝負する。
カーティスは無言で一切れを口に運び、目を閉じた。
そして、もう一切れ、さらに一切れ……
やがて小さくため息をつき、手帳に数行書き込む。
帰り際、彼はレンにだけ聞こえる声で言った。
「――驕らず、素材に耳を傾けている。そういう料理は、記憶に残る」
そして、何事もなかったかのように去っていった。
数日後、街の食通たちが愛読する雑誌に記事が載った。
タイトルはこうだ。
「職人の誠実さが生み出す、やさしい革命の味」
ラ・ステラのピザは、食べる者を笑顔にする。
それが料理人の本懐だろう――。
批評家の評価は、店の名をさらに広めることになった。
次回は、その評判を聞きつけた旧友との再会が待っている。