第42話『山のチーズ職人と幻のモッツァレラ』
港町の祭りを成功させたラ・ステラに、山奥のチーズ職人から手紙が届く。
そこには「幻のモッツァレラを試す資格がある」と記されていた。
レンたちは山へと向かい、その味と向き合うことになる――。
ある朝、ラ・ステラに一通の手紙が届いた。
厚手の羊皮紙に丁寧な文字。
封を開けると、そこにはこう書かれていた。
「あなたのピザは素材を生かす心を持っている。
もしその腕が本物なら、山奥の“白き谷”を訪ねてきなさい。
幻のモッツァレラを分け与えることを考えます」
「……幻のモッツァレラ?」
リリィが目を丸くする。
「聞いたことある。山の湧き水と特別な乳牛から作られる、柔らかくて甘いチーズ……らしい」
ガルドがうなずいた。
数日後、レンたちは山道を進んでいた。
背負った荷物には最小限の道具と食材。
ガタガタとした山道を登ること数時間、ようやく小さな集落にたどり着く。
そこで待っていたのは、白髪の老人。
頑固そうな顔だが、瞳はどこか優しい。
「私がチーズ職人のマルヴィーノだ」
「レンです。ピザ屋をやっています」
「知っておる。だから呼んだのだ」
老人は納屋に案内し、大きな木桶を指差した。
木桶の中には、真っ白な塊がゆっくりと湯の中で揺れている。
「これが……幻のモッツァレラ?」
「そうだ。牛の餌から水まで全てにこだわっている。
だが、このチーズは“信頼した者”にしか渡さん」
マルヴィーノはレンに挑戦を出した。
「ここで手に入る食材を使い、私を唸らせるピザを作ってみろ」
レンは山の野菜、ハーブ、そしてその場で切ったばかりのモッツァレラを使った。
生地に山の湧き水を練り込み、ハーブを練り込む。
具材はシンプルにトマトとモッツァレラ、そして仕上げにタイムを一振り。
石窯で焼くと、チーズがとろけ、真珠のような艶を放つ。
一口食べたマルヴィーノは、しばらく黙り込んだ。
やがて小さく笑った。
「……悪くない。いや、実に良い」
その言葉と共に、老人はモッツァレラを塊ごと渡してくれた。
「この味を、街の人間にも届けてやれ」
「はい。必ず」
レンは深く頭を下げた。
山奥で手に入れた幻のモッツァレラは、ラ・ステラの看板食材のひとつになる。
次回は、そのチーズを使った特別メニュー発表の日に、予期せぬ客が現れる。