第35話『旅の楽師と音楽ピザナイト!』
野外マーケットの混乱の中で出会った放浪楽師が、ラ・ステラを訪れる。
流れる旋律と香ばしいピザが、不思議と人々を引き寄せ、店は即席ライブハウスに――。
音楽と食が紡ぐ、心温まる夜の物語。
野外マーケットの騒動から数日後。
夕方の仕込みをしていると、扉が軽やかに開いた。
「やあ、覚えてるかな?」
現れたのは、あのマーケットで飛ばされた帽子を必死に追っていた青年。
背中には古びたギターケースを背負っている。
「確か……帽子の人?」
「うん、あの時は助かったよ。俺はノア。旅をしながら音楽を奏でてる楽師さ」
「今日は、君たちにお礼をしたくてね」
そう言って、ノアはギターを取り出し、軽く弦を弾く。
柔らかな音色が、まだ開店前のラ・ステラに広がった。
「……いい音だな」
レンは思わず手を止めて聞き入る。
「もしよければ、今夜ここで小さな演奏会を開かせてもらえないかな?
ピザと音楽、きっと相性抜群だよ」
話はすぐに決まった。
リリィはチラシを手書きし、店先に貼り出す。
「本日限り! 音楽とピザの夜」――。
開店時間、想像以上に多くの人がやってきた。
常連客も、近所の住人も、通りすがりの旅人も。
店内は早くも賑やかだ。
ノアが一曲目を奏で始めると、空気が一変した。
軽やかなリズムに合わせ、ピザを頬張る笑顔があちこちに咲く。
ガルドまで肉を焼く手を止め、静かに耳を傾けていた。
「……この雰囲気、悪くないな」
「ピザが音楽のつまみになる日が来るとはね」
レンは苦笑する。
曲が進むにつれ、客たちは自然と手拍子を打ち始める。
子供たちはリズムに合わせて踊り、大人たちはワイン片手にくつろぐ。
リリィはピザを運びながら、鼻歌を口ずさんでいる。
途中、ノアがレンを呼び出した。
「せっかくだから、一緒に何かやらない?」
「俺は楽器弾けないぞ」
「じゃあ、窯のタイミングに合わせてタンバリン叩くだけでいい」
半信半疑で参加したレンだが、気づけばリズム隊の一員として会場を盛り上げていた。
最後の曲が終わると、拍手と歓声が店を包んだ。
ノアは深くお辞儀をし、笑顔で言った。
「ありがとう。今夜は、旅の中でも特別な一夜になったよ」
「こっちこそ。ピザ屋でこんな夜になるなんて思わなかった」
レンも笑う。
客たちが帰った後、静かな店内でノアはピザを頬張った。
「……この味、また旅の途中で思い出すだろうな」
「また来いよ。その時は新しい曲を持ってきてくれ」
ギターケースを背負ったノアは、夜の通りに消えていった。
食と音楽が出会った一夜。
ラ・ステラの記憶に、優しい旋律と笑顔が刻まれた。
次回は、再び日常へ――しかしそこにとんでもない依頼人がやってくる。




