第29話『お忍び王女とピザピクニック!』
ヴァルモンド侯爵からの紹介で訪れた客人は、なぜか妙にそわそわしていて……
実はその正体、変装してお忍びで出歩く王女様だった!?
湖畔での“秘密のピザ会”が、思わぬ方向に転がっていく――。
ラ・ステラの昼営業が終わりかけた頃。
扉が開き、深緑のマントを被った小柄な女性が入ってきた。
顔の半分を隠す帽子の下から、きらりと光る金髪。
「……こちらが、レン様で?」
「え、ええ。そうですが……」
女性は周囲を確認すると、小声で言った。
「私、侯爵様の客人でして……ちょっと、人目を避けたい事情がありまして」
その時点で怪しさ満点だった。
彼女は席に腰を下ろし、注文票を差し出す。
「湖畔でのピクニック用に、ピザを数種類……できれば、人目につかず運べるように」
「……湖畔でピザ……? いいですけど」
レンが作業に取りかかると、彼女はちらりと帽子をずらす。
その一瞬――宝石のような蒼い瞳がのぞいた。
「(この顔、どこかで……)」
思い出す。
王宮での納品のとき、遠くの席に座っていた第一王女アリシア殿下――。
「……あの、もしかして――」
「しっ! 声が大きいです!」
指を唇に当て、いたずらっぽく笑う彼女。
「今日は“アリシア”ではなく、ただの“旅人リシア”です。
お忍びなので、よろしくお願いしますね?」
「(え、俺いきなり国家機密預かってない?)」
ピザが焼き上がると、レンはリリィと共に湖畔まで同行することに。
ヴァルモンド侯爵の案内で、馬車は森を抜け、静かな湖のほとりへ。
「わぁ……水が鏡みたい」
リリィが感嘆の声を上げる。
「こうして自然の中で食べると、どんな料理も美味しく感じられますわ」
リシア――いやアリシア殿下は、バスケットを広げる。
布を敷き、木皿に切り分けられたピザが並ぶ。
湖魚と香草のピザ、森の木の実と蜂蜜のデザートピザ……。
チーズがとろりと糸を引くたび、殿下の目が輝く。
「……おいしい。
王宮の食事はどれも豪華ですが、こういう温かくて素朴な味は……初めてです」
「そんなに喜んでもらえるなら、持ってきた甲斐があります」
食後、湖畔を散歩。
殿下は帽子を脱ぎ、風に金髪を揺らす。
「……実は私、少し息苦しかったんです。
礼儀や作法ばかりで、自由に町や森を歩いたことなんてほとんどなくて」
「……」
「でも今日は、風も香りも、全部が新鮮。
そして、レン様のピザが……とても幸せにしてくれました」
その笑顔は、まるで春の陽だまりのようだった。
夕暮れ、湖面が茜色に染まる。
殿下は再びマントを羽織り、深くフードを被る。
「今日はありがとうございました。……このことは、内緒ですよ?」
「もちろん」
「また、こっそりお願いするかもしれませんわ」
そう言って、馬車に乗り込む殿下。
蹄の音が森に消えていく。
帰り道、リリィがニヤリ。
「ねえレン、これもう“王族御用達ピザ屋”じゃん」
「……そう呼ばれる日は、案外近いのかもな」
こうしてレンたちは、王女様という“とびきり特別なお客様”を得た。
しかしこの縁が、後にとんでもない大事件を呼び込むことになる――。




