第28話『森の奥の大貴族、ピザ嫌いをうならせろ!』
王宮への納品で名を上げたラ・ステラに、王からの紹介で新たな注文が舞い込む。
だが依頼主は、**「ピザなんぞ下品な食べ物」**と言い切る森の大貴族!?
果たしてレンたちは、この“食わず嫌い”をどう攻略するのか――。
昼下がりのラ・ステラに、見慣れない使者が現れた。
白い礼服に深緑のマント、胸には銀の百合の紋章。
「ラ・ステラの店主、レン殿ですね。
我が主、ヴァルモンド侯爵が貴殿をお呼びです」
「……ヴァルモンド侯爵?」
エルザが目を細める。
彼の名はこの街でも有名だ。王都から北西の森に広大な領地を持つ名門で、
その気難しさと頑固さは貴族界でもトップクラスだと噂されている。
馬車に揺られること半日。
森の奥、湖畔にそびえる屋敷に到着。
屋敷の門前で、老執事が迎えた。
「主は、ピザというものをこれまで一度も口にされたことがございません」
「……え、じゃあ何で依頼を?」
「王からのご紹介です。“一度くらいは試せ”との仰せで……」
「これ、ほぼ押し付けじゃん……」
広間に通されると、豪奢な椅子に腰かけた男が待っていた。
銀髪をオールバックにした鋭い眼差し――ヴァルモンド侯爵だ。
「君がピザ屋の若造か。……まあ座りたまえ」
声は低く、しかし威圧感がある。
「侯爵様、ピザとはですね――」
「説明は結構。
私は食事を楽しむにあたり、脂っこい物や庶民的な味は好まん。
君がそれをどう覆すのか、見せてもらおう」
「(あーこれ、完全に挑戦状だな……)」
厨房を貸し出してもらい、レンは思案する。
ここはただのピザではダメだ。
侯爵が好むのは、香り高く、繊細で、見た目にも優雅な料理――。
「リリィ、野菜とハーブのストック全部持ってきて!」
「はいよー!」
「エルザ、湖魚と白ワイン、それと香草を頼む!」
「任せて」
30分後。
レンの前に置かれた生地は、薄く延ばされ、まるで絹のように滑らか。
その上に白いチーズ、香草バター、そして軽く燻製にした湖魚の切り身。
仕上げに白ワインを一滴垂らし、石窯へ――。
焼き上がったピザは、金色の縁と香草の緑、湖魚の銀が彩る上品な一枚に。
広間に戻り、侯爵の前へ。
銀のナイフで切り分け、ひと切れを口へ運ぶ侯爵。
「……」
沈黙。
やがて侯爵は、ゆっくりと目を閉じ、深く息を吐いた。
「……ふむ。これは……悪くない」
「えっ、今なんて?」
「“悪くない”と言ったのだ。私が料理を評してこれを言うのは、滅多にないことだ」
執事が驚きのあまり皿を落としそうになった。
「庶民の料理だと侮っていたが……これは芸術品だ。
香り、食感、塩気の加減、すべてが洗練されている。
君、王都の晩餐会に出す気はあるか?」
「そ、それは光栄ですが……」
「私はしばしば王都の客を招く。君のピザ、また頼もう」
屋敷を後にする馬車の中。
リリィがニヤニヤしながら肘でレンをつつく。
「ほら、ピザ嫌い、攻略完了♪」
「いや……まだ“悪くない”しか言ってないからな」
「それもう、最高級の褒め言葉だよ、この人にとっては」
こうしてレンたちは、森の大貴族という新たな“常連”を手に入れた。
しかし次回は、その侯爵からの紹介でさらに奇妙な依頼が――。