第22話『とある山岳の魔導師、ピザと引きこもりと友情と』
異世界を旅するピザ屋「ラ・ステラ」が、次に向かったのは、
人里離れた霧深い山の上。そこに住むのは、“最古の魔導師”と呼ばれる隠遁者。
「人間なんて、くだらん……だが、ピザには少し興味がある」
これは、孤高の魔導師がほんの少し、笑うまでの物語。
「……ほんとにここ? なんも見えないんだけど」
「霧が濃すぎる。ていうか道が道じゃないよ、これ……獣道」
リリィがうんざりした顔で、山の斜面に立つ。
今回の依頼は、一通の風の手紙からだった。
『貴店の噂を聞いた。
わしのような老いぼれでも、まだ味わえるのか――ピザとやらを。
ただし、人の目のない場所で。わしは人嫌いだ。』
送り主は、山岳地帯に住む魔導師・アルベルト。
かつて王都で“賢者”と呼ばれた大人物らしいが、
人間社会から距離を取り、誰とも会わずに数十年、隠遁しているという。
「なんかさ、今回はちょっと緊張するかも……相手、すごい人らしいし」
「大丈夫。ピザって、人類共通のやさしさだから」
「すごい乱暴な理論きたな……」
二人が霧の中を抜け、やっとの思いで小屋にたどり着くと、
そこには白髪と長い髭をたくわえた、やせた老人が立っていた。
背筋はピンと伸び、金色の瞳はまるで獣のように鋭い――が。
「……ふん、思っていたより若いな。貴様らが“ピザ屋”か」
「はい、“ラ・ステラ”です。本日はお招きありがとうございます!」
「……堅苦しいのはやめろ。ここに人間はわししかおらん」
アルベルトは、手で黙って焚き火を起こす。
ピザ釜は簡易式の石釜を現地にて即席で組み立て、
風魔法で火を起こし、霧の中でも安定して焼ける環境を整えた。
「……手際がいいな。さすがは旅の者か」
「まあ、場数は踏んでますんで」
「……ふふっ。ピザのくせに、侮れん」
そして、最初の1枚が焼き上がる。
自家製スモークベーコンとキノコをたっぷり使った“山のピザ”。
アルベルトが静かに一口、噛んだ瞬間――
「…………」
目を閉じたまま、動かなくなる。
レンとリリィが顔を見合わせた、そのとき。
「……これは……人間の料理なのか」
ポロリと、そう漏らした彼の頬には、
なぜか、うっすらと涙のあとが。
「……あの頃を思い出しただけだ」
アルベルトは、火のゆらめきを見つめながら、静かに語った。
かつて王都で仲間と笑い合っていた日々。
魔法を学び、語り合い、くだらない話で夜を明かした友人たち。
――だが、年月は彼だけを置き去りにしていった。
「もう一度、あの味に……この歳で、出会うとはな」
その夜、アルベルトは特別に、彼の蔵書室を二人に開放した。
かつての研究成果、膨大な魔術理論、そして失われたレシピ帳まで。
「お前たちには、もう少し来てもらってもよい」
「それってつまり、常連……?」
「ふん。ピザ持参なら、まあ許す」
「ピザで懐柔された最古の賢者……」
帰り道、霧が少し晴れていた。
「ねえレン、今日の配達……ちょっと、よかったね」
「ああ。あれでまたひとり、笑ってくれたなら」
ピザは焼きたての輪――それは、人と人の心を繋ぐ円。
焼きたてのピザには、人の心をほぐす魔法がある。
ひとりで生きてきた魔導師も、その輪の中へ。
次回は、ちょっと変わった“食材ハンター”が登場します!