第16話『騎士団長、ピザと出会う』
のどかな村に現れた一人の騎士。
彼女はかつて王都で名を馳せた、伝説の女騎士――アイリス・ヴァルティーナ。
その剣は幾多の魔獣を切り裂き、彼女の胃袋は幾多の晩餐を飲み込んできたという。
そんな彼女が目指したのは、異世界の小さなピザ屋だった――!
ラ・ステラの朝は静かに始まる。
生地をこね、具材を仕込み、薪をくべる音が響く。
レンがオーブンの火加減を調整していたそのとき――
「このあたりに“薪窯ピザ”を出す店があると聞いたのだが」
店の扉を開けたのは、長身の女性だった。
銀の鎧に身を包み、背には剣。堂々たる立ち姿に、リリィが思わず直立不動になる。
「な、なななっ……! 騎士!? しかも王都の紋章が――」
「……本物だ。あれは“白銀の戦乙女”、アイリス・ヴァルティーナ騎士団長……!」
ハルが小声で驚愕する中、本人は飄々と店内を見渡す。
「ふむ、なるほど……香りは上々だ。で、注文はどこで?」
「い、いらっしゃいませ……!」
レンがカウンターから慌てて出てくる。
「おすすめはマルゲリータ、クワトロフォルマッジ、それに日替わりで――」
「全部だ」
「はい!?」
「全種類、ひとつずつ頼もう。あと、炭酸水があればなおよし」
彼女は静かに椅子に腰を下ろし、剣を背から外して壁に立てかけた。
「戦の前に腹ごしらえは必須。今は、私の戦場はこのテーブルだ」
「なんだこのカッコいい食レポ台詞は……」
レンとリリィは急いでピザを焼き始めた。
ほどなくして、1枚目のマルゲリータが焼き上がる。
「お待たせしました。熱いのでお気をつけて……」
アイリスはフォークも使わず、がぶりと一口。
……その瞬間、彼女の瞳がきらりと輝いた。
「うまい」
たった一言。だが、それがすべてだった。
彼女は続けざまに2枚目、3枚目と平らげていく。
クワトロフォルマッジ、ジェノベーゼ、きのこピザ……すべてのピザを、驚異的な速さで完食。
「この生地の焼き加減……薪の香ばしさ……これは戦場帰りの胃にも染みるな……!」
食後、満腹そうに椅子の背に預けながら彼女は言った。
「この味……王都のどの食堂より上だ。なぜこの店が村にあるのか不思議なほどだ」
「ありがとうございます……。でも、こっちの世界に来たばかりで、まだ手探りなんです」
「ふむ? こっちの世界に“来たばかり”?」
アイリスはレンを見つめる。
その目は、どこか“同じ匂い”を感じ取ったように。
「……まあいい。次に来た時は、家族にも食べさせたい。妹が、焼きたてのパンに目がなくてな」
「妹さんがいるんですね」
「ああ。妹も……異世界から来た者なんだ。今は王都で文官として働いている」
さらりと放たれた事実に、レンとリリィは目を丸くする。
「それじゃあ、また来る。次は“チーズ多め”を頼むぞ」
「は、はい!」
「あと、これ。支払いとは別に――これは“贈り物”だ」
そう言ってアイリスが置いていったのは、銀細工のナイフ。
刃には“白銀の戦乙女”の紋章が刻まれている。
「王都で何かあったら、それを見せるといい。信用は得られるはずだ」
そう言い残し、彼女は背を向けて歩き去った。
剣を背に、姿勢を崩さず、堂々と村道を進んでいくその姿は――まさに伝説の戦乙女だった。
伝説の女騎士も、ピザの虜に。
異世界の食卓には、今日も思いがけない“縁”が訪れる。