第14話『謎の食通と、パン職人の戦い』
貴族の訪問から数日。
少しずつ《ラ・ステラ》の評判が広がるなか、一人の旅人が村に現れる。
彼が求めるのは――“真の粉焼き”。
パンか、ピザか。こねた者たちのプライドがぶつかり合う!
その男は、朝早く《ラ・ステラ》の前に立っていた。
黒の帽子に薄いコート。背は高く、手には木製の長いヘラ。
目元には静かな炎が宿っている。
「お前が……“ピザ屋の異邦人”か」
「え、誰です?」
レンが顔を出すと、男は真っ直ぐに名乗った。
「私はイーゴ。パン焼きの職人だ。かつて王都にて、パンで三年連続金賞を取った者だ」
「すごっ!? 金賞て」
「そんな私が今、旅をしている理由は一つ――
“ピザという新興の粉焼き”が、果たしてパンを超えうるものか確かめるためだ」
「つまり……ピザとパン、どっちが上かを決めに来たってことですか」
「その通り。そして、その答えは“実食”で決まる」
男は自身のパンを取り出した。
見るからに密度の高い全粒粉のカンパーニュ。外は硬そうで、中はしっとり。
まずは彼の番だった。
リリィが一口かじり、目を見開いた。
「お、おいしい……! 酸味と香りが絶妙……!」
「焼きは薪火の直熱、寝かせは48時間。雑味を抜き、粉の旨味を最大限に引き出す。それが私の信条だ」
男は誇らしげに胸を張る。
そして――レンの番。
「わかりました。僕は、“うちのクラストピザ”で勝負します」
薄く伸ばした生地に、オリーブオイルとローズマリーをふりかけただけの、シンプルな一枚。
チーズもトマトも乗せない。ピザ生地の“素の旨さ”だけで挑む。
「ふむ……潔いな。だが、それゆえ誤魔化しは効かんぞ」
新窯“ルーチェ”の中に、シンプルなピザが吸い込まれていく。
短時間で一気に火が通り、香ばしい焦げ目と、もっちりとしたふくらみが生まれる。
食通のイーゴが、一口。
――静寂。
やがて彼の眉が、ぴくりと動いた。
「……粉の発酵香。薪のスモーク。外はパリッ、中はほのかに甘い……」
口数が減り、もう一口。そしてもう一口。
「……負けたとは言わん。だが……これは、確かに一つの完成形だ」
「僕はパンが嫌いなわけじゃないんです。ただ――」
レンは微笑んだ。
「“火の上で、目の前で焼き上がる”ってのが好きなんです。
この熱さ、この匂い、この一瞬の出来立てを、誰かと分け合いたくて」
イーゴは無言で自身のヘラを立てた。
「……ならば、お前のピザは“パンの進化形”だ。私とは道が違うが、敬意は払おう」
そして、くるりと背を向けて去っていく。
その背中は、どこか晴れやかだった。
「……なんだったんだろう、あの人」
「パン職人のプライド、ってやつじゃない?」
「でも……」
レンは空を見上げながら、にやりと笑った。
「結局、俺たち、**同じ“粉仲間”**なんだよな」
ピザとパン。どちらも粉をこね、火で焼く、同じ起源を持つ料理。
形が違えど、その根っこにあるのは、“誰かの笑顔”のための熱だった。