第13話『王都からの使者、ピザは貴族の夢を見るか?』
《ラ・ステラ》の新窯“ルーチェ”が稼働し始めて数日――
村の静かな日常に、突然、豪華な馬車がやってきた。
「なんか、えらいの来たよ……」
リリィが眉をひそめた。
装飾の凝らされた黒い馬車は、村の道には明らかに浮いている。
馬車から降り立ったのは、金髪の少年と、その後ろに控えるメイド服の女性。
「我が名は、エリオット=フラム=レイノルズ。王都貴族・レイノルズ伯爵家の嫡男である」
「……長い」
「長い!」
レンとリリィの同時ツッコミが響く。
「君が噂の“異邦人のピザ職人”か。ふむ、もっと威厳のある者かと思ったが」
「いやあ、ピザ焼くのに威厳とか要ります?」
エリオットは鼻を鳴らしながら《ラ・ステラ》のカウンターに腰かけた。
「話を聞いた。王都の情報通が、最近“田舎村にうまい円形の料理がある”と騒いでいてね。
貴族として、庶民の娯楽に理解を示すのも義務だと思ったのだ」
「うわぁ、回りくどく“食べたい”って言ってる!」
「リリィ、声でかいって」
とはいえ、客には変わりない。レンは真面目に注文を取った。
「まずは、うちの定番“マルゲリータ”をどうぞ」
赤いトマトソース、白いモッツァレラ、緑のバジル。
王国の三色旗にも似た色合いに、貴族の彼も少しばかり興味を示した。
新窯“ルーチェ”で焼き上げたピザを出すと――
「ほう……香ばしい……。だが、庶民の料理など所詮……」
口に入れた瞬間。
「…………な、なんだ、これは……!」
エリオットの瞳が見開かれた。
モッツァレラが舌にとろけ、トマトの酸味とバジルの香りがふわりと抜ける。
絶妙な焦げ目の付いた生地は、外側はカリッと、中はもちもち。
「“火の魔法”も使っていないのに、なぜこれほどまでの焼き加減が……!」
「“火の魔法”より、うちの薪のがすごいんすよ」
レンの得意げな笑みに、リリィがこそっと囁く。
「その薪、昨日拾ってた古枝だよ」
「やめろ言うな」
一方、後ろに控えていたメイドの女性は、無言でピザを味わっていた。
すっと前に出て、深々と頭を下げる。
「ピザ職人殿、侮っておりました。これは、確かに一品の価値があります」
「ほらね、お嬢さんの方が話わかる!」
それを聞いたエリオットは、ふんと鼻を鳴らしつつも――
「……まあ、庶民にしてはよくやった。あと三枚、頼もうか」
「しっかりハマってるじゃん!」
午後、《ラ・ステラ》の裏庭にて。
リリィがふと思い出したように言った。
「さっきの人、王都の偉い家の息子なんでしょ?
こんな山奥に何しに来たのかな」
「……さあね。ピザ食いに来ただけならいいけど、妙に周囲を気にしてたな……」
そのとき、遠くの林で何かが煌めいた気がした。
誰かがこちらを見ているような、そんな感覚。
「……気のせい、だよな?」
ピザの力は、身分や国境さえも超える。
でも、それに惹かれる者は、良い人ばかりとは限らない――?