第112話『塩の都と、涙のパスタ職人』
海辺の香草の町・アクアレッタを後にしたレンたち。
次に訪れたのは、内陸の塩湖に面した都市セーリオ。
その町には「塩」を巡る歴史と、ある“涙の職人”の物語が眠っていた。
「うわっ……空気がしょっぱい!」
町の入り口に差しかかると、リリィが鼻をひくつかせながら声を上げた。
「塩湖って本当にこういう匂いがするのね……」
ヴァレッタも、帽子を深くかぶり直す。
セーリオは、かつて“塩の都”と呼ばれた交易都市。
巨大な塩湖と塩鉱を抱え、塩の精製と交易で栄えたが、今ではその賑わいも落ち着き、静かな町並みが広がっていた。
そんなセーリオで、レンたちは一人の青年職人と出会う。
「……ようこそ。ピザ屋さんだって?」
塩倉庫の裏手、簡素な屋台の脇に座っていた彼の名はニーノ。
小麦粉にまみれたエプロン、手には木製のパスタマシン。
肩をすくめながら、どこか人見知りな様子だ。
「俺はパスタ職人なんだ。でも、味に迷っててね……今は屋台だけで細々とやってる」
レンたちは、その場でニーノの塩パスタを試食させてもらうことにした。
「……しょっぱい。でも、なんかやさしい味」
「うん、噛めば噛むほど、甘さが戻ってくる感じ」
リリィとヴァレッタが口を揃えて褒めると、ニーノの目が潤んだ。
「……や、やめてくれよ。褒められると、すぐ泣くんだ……」
「……泣いてる?」
「泣いてるね」
それが彼のあだ名の由来だった――“涙のニーノ”。
話を聞くと、ニーノは父親も祖父も代々パスタ職人。
だが伝統の味を継ぐことにこだわりすぎて、最近では地元でも顧客が離れてしまっていた。
「……でも、味を変えるのが怖くて。父さんに怒られるような気がしてさ」
レンは、静かに頷いた。
「じゃあ一緒にやってみよう。『伝統』を残しつつ、『進化』する味を」
レンが提案したのは、「塩」をテーマにした新作ピザとニーノの塩パスタを組み合わせたコース。
名づけて――
『しょっぱい涙セット』
・前菜:塩麹でマリネした野菜の冷製
・主菜:塩窯焼きのチーズピザ ~湖の風仕立て~
・締め:ニーノの自家製塩パスタ ~涙のトマトソース~
特に主役となったのが、セーリオの岩塩で焼き上げる「塩窯ピザ」。
生地を塩のドームで覆い、じっくり火入れすることで、外はカリッと、中はふんわり香ばしい。
「……すごい、塩なのに、しょっぱすぎない」
「塩が“味”じゃなくて、“香り”になってる」
訪れた町の人々も、その新しい味に驚いた様子だった。
「ニーノ、このパスタ……あなたらしさが出てるわ」
ヴァレッタが微笑むと、案の定ニーノは涙目に。
「……もう、泣くのもいいことなのかなって、思えてきたよ」
その夜、倉庫の裏にぽつんと立っていたニーノの屋台には、灯りがともっていた。
塩風が吹く町で、少しずつ、新しい物語が始まっていた。
「変えないこと」と「変わること」。
そのはざまで揺れる青年の心を、料理でそっと包み込む――
そんな“涙の味”が生まれた回でした。




