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異世界ピッツァ戦記〜魔王も並ぶ伝説の窯〜  作者: たむ


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110/242

第110話『空の街と、雲上のレストラン』

風の都ティナリスを後にしたレンたちは、南方の渓谷を越えて“空に近い街”を目指す。

そこには雲を見下ろす高台に、幻と呼ばれるレストランがあるという――。

 空の色が変わった。


 森を抜け、渓谷を越え、山道をひたすら登った先。

 広がっていたのは、空と雲しかない世界だった。


 街の名はソレリス。

 山岳地帯に築かれた、標高二千メートルの高所都市。

 青と白の石造りの家々が、まるで空と雲に溶け込むように建ち並んでいた。


「わあ……雲が下に見える」

 リリィが手すり越しに指を差す。眼下には、もくもくと流れる雲海。

 まるで空に浮かぶ船のような気分だった。


「空気、薄いわね……でも清々しい」

 ヴァレッタが深く息を吸い込む。


「ここが……空の味を探す場所か」

 レンはそう呟くと、ポケットにしまっていたメモを取り出した。


 そこには、ティナリスで聞いた言葉が書かれている。


“雲上のレストラン”――空に一番近い味を知る者がいる。


 ソレリスの案内所でその名を出すと、係の老婦人が笑って言った。


「おや、また“空の店”を探す旅人かい。あそこはね、雲が道を開いたときしか辿り着けないんだよ」


「雲が道を開く……?」


「ふふ、今日の午後、風が変わるよ。南の台地へ行ってごらん。もしかすると、見えるかもね」


 そして午後――。


 レンたちは南台地へと向かっていた。

 すると、厚い雲の一部がすっと開き、陽の光が山肌を照らす。


「あれを見て!」

 リリィが叫んだ。


 雲の切れ間の向こう、崖の先端に――浮かぶように建つ一軒のレストランがあった。


 まるで空に吊り下げられたような、ガラス張りの建物。

 外壁に書かれた看板にはこう記されていた。


AERIAアエリア――空の食卓へようこそ』


 アエリアの扉を開けた瞬間、心地よい風と共に、芳ばしい香りが舞い込んだ。


「いらっしゃいませ」

 そう声をかけてきたのは、白いコックコートに青いスカーフを巻いた青年――エリオと名乗る料理人だった。


「君がレンくんか。風の巫女から聞いてるよ。空の味を探してるって?」


「はい。風と火を合わせた料理を作ってきました。次は、空のような軽さと自由さを持った味を」


 エリオはうなずいた。


「じゃあ、まずはうちの名物を食べてもらおうか。空の上で、空の味を――ね」


 運ばれてきたのは、浮遊ピザと呼ばれる不思議な一品だった。


 丸い生地は、驚くほど薄く、軽い。

 空気をたっぷり含ませて発酵させた“雲酵母”で作られた特製生地に、空豆のペースト、ハーブの泡、レモンの香りを添えた軽やかなトッピング。


 食べた瞬間――

 口の中でほろりと溶け、爽やかな風が吹き抜けたような味わい。


「……軽い、でも、ちゃんと熱い」

 リリィが驚いたように目を丸くする。


「これが、空の味……」

 レンはピザの欠片を見つめながら、ゆっくりと頷いた。


「空ってね、何もないようで、すべてがあるんだよ」

 食後、エリオはガラス窓の向こうの空を指さした。


「軽さも、重さも、動きも、止まりも――空気って、料理にとっての“余白”なんだ」


「余白……」

 レンはその言葉を繰り返した。


「ピザって、熱と具材と香りの総合芸術だけど……“余白”って、もしかしたら、いちばん大事なものかもしれないですね」


「君のピザ、食べさせてよ」

 エリオが笑顔で言った。


「空の上に、新しい風を起こしてくれ」


 レンが空の厨房で焼き上げたのは――

 【雲上のピザ・白風仕立て】


 雲酵母の生地に、ヤギ乳のクリーム、薄く削ったナッツ、透明なハーブソース、そして蒸留塩。


 焼き上げたあと、軽く炙った草花の香りを風に乗せて提供する。


 空気の層と温度差、風の流れを利用して、焼き上がりの香りが自然に客席へと広がる構成だ。


「……まるで、ピザじゃないみたい」

 ヴァレッタが言った。


「でも、ちゃんとピザだよ。レンらしい、空の形をした料理だ」

 エリオが言ったあと、静かに拍手を送る。

空の街で見つけたのは、軽さ、余白、そして「風を生かす」という発想だった。

レンのピザはまた一歩、広がっていく。

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