第108話『森の都ティナリスと“風の市”』
エルベ族の案内により、ついに“森の都ティナリス”へ足を踏み入れたレンたち。
そこで待っていたのは、月に一度だけ開催される幻の市場――“風の市”だった。
森の小道を抜けた先に広がっていたのは、まるで絵本から飛び出したかのような緑の都だった。
高くそびえる古木の幹を削って作られた家々、空中に張り巡らされた木の吊り橋、そこを行き交う人々は、皆どこか自然と調和した姿をしている。
リリィが思わず声をあげた。
「うわぁ……! 森の中に街があるなんて……!」
ヴァレッタも目を細めて頷く。
「これが“ティナリス”。エルベ族の知恵と自然の共存が生んだ街ね」
ザハルが低く付け加える。
「木と風と水、三つの要素を巡らせながら生活する彼らの文化は独特だ。都市とは言っても、我々の知る石と鉄の街とはまるで違う」
レンたちは、前回出会ったエルベ族の少女・ナミエに導かれながら街の奥へと進む。
目指すは、“風の広場”――月に一度、選ばれた職人たちのみが出店を許される特別な市場、“風の市”の開催地だ。
「特に今回は、“風の巡礼祭”と重なってるから、街中が浮き足立ってるよ」
ナミエは笑みを浮かべる。
「風の祭り?」
「うん。この森に吹く“精霊風”に感謝を捧げる祭り。風が運ぶ恵みと、出会いと、旅人への祝福を祈るんだって」
リリィが楽しそうに手を打つ。
「ぴったりだよレンくん! 風と一緒にピザを届ける旅なんて、もう運命じゃん!」
やがて広場へたどり着くと、既に準備が進んでいた。
風車を模した屋台や、木製のテントが立ち並び、森の香りと人の熱気が混ざり合う。
風に乗って、どこからともなく笛の音が聞こえてくる。
ナミエが紹介してくれた市場の管理者に許可をもらい、レンたちは早速屋台の設営を開始した。
「いつもより自然派に寄せたラインナップにしようか」
レンは野菜やキノコ、ハーブを確認しながら言う。
「ベースソースも、今日はトマト以外のものを多めにしてみる?」
ヴァレッタが提案する。
「じゃあ、森のバジルペーストベースに、炭火焼きの鶏肉と木の実、あとはこの香草オイルで……」
リリィが早速メモを取る。
そんなふうに、まるで森と会話するかのように、ピザ作りが始まった。
日が昇り、ついに“風の市”が始まった。
風鈴が鳴り、笛の音が高らかに響き、エルベ族の民たちが続々と屋台に足を運ぶ。
「これが……ピザ?」
「香りがすごい……焼き立て?」
「この“森の恵みピザ”、ください!」
始まってしまえば、あとはいつも通りだった。
レンは炎と語らいながら、ピザ生地をくるくると回し、窯に滑り込ませていく。
「いらっしゃいませ〜!」
「本日のおすすめは、森のキノコと三種のチーズのピザでーす!」
ピザの香りが広がるにつれて、人の輪もどんどん広がっていく。
やがて、ひとりの老樹職人がそっと屋台の前に立った。
「……この香り、若い頃に山の向こうで食べた“旅人の料理”に似ておる」
そう言って手を伸ばし、レンのピザをひとくち。
「……ほう。これは……風の味だな」
その一言が、レンたちの屋台にさらなる注目を集めるきっかけとなった。
その日の終わり、風の広場には心地よい疲労と満足が漂っていた。
ナミエが満面の笑顔でやってくる。
「すごいよ、レン! ピザの噂、もう街中に広がってる。次の風の市でも出店してほしいって、管理者が言ってた!」
リリィが大きく伸びをして笑う。
「森の風って、美味しい香りも運んじゃうんだね」
レンは空を見上げる。木々の間から、星がひとつ、またひとつと瞬き始めていた。
「よし、明日は森の外れにある“風の石”まで行ってみよう。……ピザの味に、もっと風を乗せるんだ」
森の都ティナリスでの出会いと、“風の市”での初舞台。
ピザがまた新たな文化と交わり、新たな風を呼ぶ。
旅はまだまだ続く。次なる風の行方は――。




