第106話『海中洞窟の封印』
港町サリオスに現れた“味の喪失”の原因――それは海中に眠る黒霧の核だった。
灯台の記録を頼りに、レンたちは危険な海中洞窟へと足を踏み入れる。
「よし、準備はできた」
レンは潜水用の魔導具を腰に装着し、呼吸の呪符を確認する。
港町の漁師たちに協力を仰ぎ、洞窟の入口があるという海域まで小舟を出してもらっていた。
ヴァレッタが地図を広げて言う。
「灯台の記録では、このあたりの海底に古い洞窟の入り口があるって話よ」
「水中での活動は限られてる。慎重に行こう」ザハルが言い、足元のフィンを締め直した。
小舟が指定の地点に到着すると、ザハルが先に海へ飛び込む。
しばらくして、彼の声が魔導通信で響く。
『確認した。海底に亀裂がある。おそらくそこが入口だ』
「よし、順番に入ろう」
レン、ヴァレッタ、リリィも次々と海中へ。
冷たい海水が全身を包み込むが、呼吸の呪符のおかげで問題なく息ができる。
ザハルの指し示す亀裂へ向かって泳ぐと、岩の隙間から淡く光る青い苔が道を照らしていた。
洞窟の中に入ると、外の冷たい潮流とは異なり、ぬるりとした空気のような水の重さを感じた。
リリィが指さす。
『あれ、見て! あの壁、黒く染まってる!』
ヴァレッタが慎重に近づき、光を当てる。
そこには、うごめくような黒い苔がびっしりと張り付いていた。
『この腐敗の源ね。まちがいないわ』
洞窟の奥へ進むと、開けた空間に出た。そこには黒い水晶のような結晶が、台座の上に鎮座していた。
まるで心臓のように、脈打っているようにも見える。
『あれが核か……』レンが呟く。
『取り除けるの?』リリィが不安そうに言う。
ザハルが短剣を抜く。
『やるしかない』
彼が刃を結晶に向けて振り下ろした瞬間、海水がざわめいた。
黒霧が結晶から吹き出し、周囲の水を濁らせる。
巨大な影が霧の中から姿を現す。
――海魔、再来。
『戦うぞ! ここで終わらせなきゃ、ピザも作れやしない!』
レンが叫び、魔法で作った火の球を放つ。
海中での戦闘は不利だったが、レンたちは連携して動く。
ザハルは影の触手を切り払い、リリィは支援魔法でみんなの動きを早める。
ヴァレッタが叫ぶ。
『結晶の下に文字が刻まれてる! 魔法で封印できる!』
『頼んだ! 俺たちが時間を稼ぐ!』
霧の中心に浮かぶ核――その動きが鈍った瞬間、
ヴァレッタが呪文を唱え、青い魔法陣が発動した。
結晶が光に包まれ、そして――砕け散った。
霧が一瞬で消え、海は静けさを取り戻した。
海魔の影も、溶けるように消えていった。
レンたちは、静かに浮上し始めた。
夕方、港町に戻ると、潮風に混じって久々に魚の匂いが香った。
漁師たちが歓声を上げる。
「おい、なんか魚の味が戻ってきてねぇか!?」「塩の香りがするぞ!」
ヴァレッタがにっこりと微笑んだ。
「成功ね。これでサリオスも元通りになるわ」
レンは空を見上げ、深く息を吐いた。
この港町にも、またあたたかなピザの香りが戻るだろう――。
封じられていた黒霧の核を破壊し、港町サリオスを蝕んでいた腐敗が消えた。
レンたちの旅は、またひとつの困難を乗り越える。
けれど、大陸の旅はまだまだ続く――。




