第102話『南への誘い』
港町フェルナンドを救い、盛大な宴を開いたレンたち。
その夜、謎めいた旅人が南の地への依頼を持ちかけてきた――。
宴の熱気はまだ続いていた。
港の広場には人々の笑い声と、焼き立てピザの香りが満ちている。
だがレンは、広場の隅に腰掛けたフード姿の旅人に視線を向けていた。
「南の……依頼?」
レンが問い返すと、旅人は低い声で続けた。
「大陸南端に“サリオス”という古い港町がある。そこが今、ある問題を抱えている」
リリィが興味津々で身を乗り出す。
「どんな問題?」
「食料が尽きかけている」
旅人の言葉に、場の空気が少しだけ重くなる。
ザハルが眉をひそめた。
「南端は交易の要だろ。なぜ食料が?」
「理由は不明だ。だが……“黒い病”という言葉を聞いた」
“黒い病”――その響きに、ヴァレッタがわずかに目を細める。
「それ、港を襲った黒い渦と関係があるかもしれないな」
「そう思って、あんたらを探してた」
旅人は懐から金貨の袋を取り出し、テーブルに置いた。
「これが前金だ。できれば、サリオスまで来てほしい」
レンは金貨を見もせずに、仲間たちを見渡した。
ガルドが肩をすくめる。
「ま、次の行き先は決まったな」
リリィは笑顔で頷く。
「食料危機なら、ピザ屋の出番じゃん!」
ザハルも渋い顔をしながらも同意する。
「調べる価値はある」
レンはゆっくりと旅人に向き直った。
「わかった。引き受けよう。ただし……現地でピザも売らせてもらう」
「……好きにしな」
翌朝――
レンたちは港町フェルナンドの埠頭に立っていた。
アウロラ号は既に補給を終え、南の海へ旅立つ準備を整えている。
「南の海は穏やかだといいけどな」
ガルドがつぶやく。
「穏やかじゃなかったら、またピザで黙らせればいい」
リリィが笑い、ヴァレッタも小さく笑った。
船が港を離れ、再び水平線の彼方へと進み出す。
潮風が頬を撫で、甲板に積まれた小麦粉と香草の匂いが混じる。
レンは心の中でつぶやいた。
――黒い病とやらが、ただの病気ならいい。
でも……もしあの海魔と同じ“何か”なら、きっとまた戦うことになる。
南への航路は、まだ静かだった。
だが、その先で待つのは、港の黒い渦を超える未知の試練かもしれない。




