第100話『海魔との対決』
黒い渦の中心から現れた海の魔王――その存在は、港を飲み込みかねない脅威。
レンたちは嵐と荒波の中、この怪物との決戦に挑む。
黒い海面を割って現れた海魔は、船よりも大きい影だった。
赤く光る目が、まっすぐアウロラ号を捉える。
海面が盛り上がり、船が大きく傾く。
「舵を右いっぱい!」
ザハルが叫び、操舵手が必死に舵を回す。
だが海魔は渦を起こし、船を引き寄せようとしていた。
ガルドが斧を振り下ろし、迫る触手を切断する。
切り口から黒い泡が吹き出し、触手はすぐに再生し始めた。
「ちっ、再生が早ぇ!」
ヴァレッタは剣を抜き、跳ねる波を飛び越えながら海魔の腕のような突起を斬りつける。
だが刃は硬い甲殻に阻まれ、火花を散らすだけだった。
「物理が通らない……やっぱり炎か!」
レンはポータブル窯に燃料を注ぎ込み、火力を限界まで上げる。
リリィは香草と柑橘を刻み、素早く生地に乗せて差し出した。
「ほら! 早く焼いて!」
「了解!」
轟音とともに炎が唸り、焼き立ての香りが嵐の中でもはっきりと広がる。
その香りに、海魔の瞳が細くなった。
レンは焼き上がったピザを金属板ごと掴み、渦へ向けて思い切り投げ込む。
ピザは熱を帯びたまま海魔の口元に直撃し、瞬間的に白い蒸気が立ち上った。
海魔が咆哮し、触手が痙攣する。
「効いたぞ!」
ガルドが声を上げた。
ヴァレッタがその隙を突き、甲殻の隙間に剣を突き立てる。
しかし海魔はなおも動きを止めず、巨大な尾で海を叩き、船を揺さぶった。
マストがきしみ、帆が裂ける。
レンは踏ん張りながら叫んだ。
「核を狙え! 胸のあたりに赤い光が見える!」
ザハルが短剣を構え、ガルドと同時に海魔の胸部へ飛び込む。
レンはその瞬間、二枚目のピザを焼き上げ、核の位置めがけて叩きつけた。
炎と香りが甲殻を焦がし、核が露わになる。
ヴァレッタが渾身の力で剣を突き立てると、赤い光が砕け、海魔の体が崩れ落ちていった。
黒い渦が次第に消え、海は静かさを取り戻す。
残ったのは、拳ほどの黒い結晶だけだった。
「……終わった、のか?」
リリィが息を切らしながら呟く。
レンは結晶を拾い上げ、胸に抱えた。
「終わらせたんだ。これで、港は守られた」
長き戦いの末、海魔を討ち果たしたレンたち。
だが、この黒い結晶が意味するものは、まだ謎に包まれている。




